第十九話:父からの贈り物
ラザルス様が、その氷のような捨て台詞と共に、温室を去っていきました。
後に残されたのは、彼の放った強烈な威圧感と、気まずい沈黙。クレメンティーナとダフネは、小鳥のように震え、完全に戦意を喪失しております。
しかし、わたくしの心は、驚くほど、晴れやかでございました。
「ふふ…ふふふふ。あはははははは!」
わたくしは、思わず、声を上げて笑ってしまいました。
「イ、イザベラ様…?お気を確かに…」
シルヴィア様が、心配そうにわたくしの顔を覗き込みます。
「心配には及びませんわ、シルヴィア様。むしろ、わたくし、今、最高に気分が高揚しておりますの!」
そうですわ!敵!排除!なんと、シンプルで、分かりやすい!
回りくどい言葉の応酬や、腹の探り合いなど、性に合いません。ええ、やはり、こうでなくては。
「魔獣討伐演習、ですって?上等ではございませんか!」
わたくしは、ガタリ、と音を立てて椅子から立ち上がりました。
「ラザルス様が、その自慢の『知略』とやらで、魔獣の群れを指揮なさるというのなら、わたくしは、この『暴力』で、魔獣ごと、彼の計画を粉砕してさしあげるまでですわ!」
その、あまりに物騒な宣言に、クレメンティーナとダフネの顔から、さらに血の気が引いていきます。
「あなたたち、聞いておりますの?」
わたくしが、弟子たちに視線を向けると、二人は「は、はいぃ!」と、裏返った声を上げました。
「この演習は、ただの演習ではございません。わたくしたちツェルバルク派閥の、いえ、わたくしの破滅フラグ回避計画の、雌雄を決する、決戦ですのよ!あなたたちにも、わたくしのチームの一員として、死ぬ気で戦っていただきますわ!」
「「し、死ぬ気で!?」」
「当然ですわ。わたくしの弟子を名乗るからには、巨大な魔獣の一匹や二匹、10メートス先まで殴り飛ばせるくらいでなくては、話になりません」
わたくしが、今後の過酷なトレーニング計画を思い描き、にやりと笑った、その時でした。
温室の入り口に、一人の使用人が、息を切らして立っておりました。
「イザベラお嬢様!お屋敷から、お届け物でございます!」
彼が差し出したのは、ツェルバルク家の紋章が刻まれた、巨大な木箱。大きさは、縦1メートス、横2メートスはございましょうか。
「父上からですの?」
わたくしが、その木箱の蓋を、素手で、バキリと破壊して開けると、中から現れたのは――
鈍い、黒光りする、巨大な鉄の塊。
わたくしの背丈ほどもある、両刃の、巨大な戦斧でございました。
「おお…!」
わたくしは、思わず、感嘆の声を漏らしました。
添えられていた手紙には、父ゴードリィの、力強い文字で、こう記されておりました。
『イザベラへ。
近々、魔獣討伐演習があると聞いた。お前が、学園の備品ばかりを破壊していると、ヴォルフから泣きつかれてな。
これを使え。お前が赤子の頃から、枕元に置いてやった、愛用の戦斧(訓練用)だ。
ツェルバルクの名を、その一振りで、学園に刻みつけてこい。
追伸:最近、プロテインの量を増やしたか?筋肉は裏切らんぞ。
父より』
「父上…!わたくしのことを、分かってくださっているのは、やはり、あなただけですわ…!」
わたくしは、その手紙を胸に抱き、感涙いたしました。
そして、重さ80キロ グアはあろうかという、その愛用の戦斧を、片手で、軽々と持ち上げます。
手に、しっくりと馴染む、この重み。ええ、これこそが、わたくしの魂。
「ご覧なさいな、シルヴィア様。これこそが、わたくしの『論文』。わたくしの『知性』の、結晶ですのよ」
わたくしが、戦斧を、ブン、と一振りすると、風を切る音と共に、近くにあった観葉植物の鉢が、綺麗に真っ二つになりました。
その、あまりに、説得力のある光景に。
シルヴィア様は、ただ、にこにこと、しかし、少しだけ引きつった笑みを浮かべて、こう、おっしゃるのでした。
「まあ…とても、説得力のある、『論文』ですこと…」
ええ、そうですわ。
これで、役者は、揃いました。
待っていなさいな、ラザルス様。
あなたのその、ひ弱な戦略、この一振りで、塵も残さず、粉砕してさしあげますわ!
 




