第十八話:駒の造反
「そうですわ、シルヴィア様。この、フォークを持つ指の角度。これが、有事の際に、相手の急所を、深さ3センチスまで正確に貫くための、黄金比率ですのよ」
「まあ!なんて、人間工学に基づいた、合理的な作法なのでしょう!」
わたくしとシルヴィア様が、熱心に、茶器の戦術的活用法について議論していた、その時でした。
温室の入り口から、温度のない、しかし、明確な苛立ちを含んだ声が、響きました。
「――ずいぶんと、楽しそうではないか、イザベラ」
そこに立っていたのは、ラザルス・フォン・ライネスティア。
彼は、柱に寄りかかることもなく、ただ、まっすぐに、わたくしを射抜くように見つめております。その表情は、普段の嘲るような笑みではなく、言うことを聞かない駒を、叱責するような、冷たい怒りに満ちておりました。
「君には、もう少し…慎重に行動するよう、伝えておいたはずだが?」
その言葉には、わたくしと彼が、ただのライバルではない、過去の繋がりがあったことを、明確に示しておりました。
ええ、そうですわ。
わたくしは、記憶を取り戻す前、反セレスティーナという、ただ一つの目的のために、この男と、協力関係にありました。彼の知略と、わたくしの(当時は未熟でしたが)行動力。それは、あの氷の令嬢を追い詰めるための、完璧な連携のはずでした。
しかし、今のわたくしには、もはや、彼の計画など、どうでもよいこと。
わたくしの目的は、ただ一つ。破滅フラグの完全粉砕、それだけですわ。
「慎重?何のことですの?わたくしは、わたくしのやり方で、破滅フラグを回避しているだけですわ」
「その、行き当たりばったりの『脳筋』な行動が、我々の計画全体を、どれだけ危険に晒しているか、理解しているのか?」
ラザルスの声に、苛立ちの色が、さらに濃くなります。
「君が訓練場を半壊させたせいで、クロイツェル教授が余計な興味を示した。君があの平民に絡んだせいで、エドワード王子の注意が不必要に散漫になっている。そして今度は、中立派のドルヴァーン嬢と無意味な接触…。君は、駒としての自分の役割を、忘れたのか?」
駒、ですって?
わたくしが、誰の駒だと、おっしゃるのですか。
「我々の計画?知りませんわね。わたくしには、わたくしの計画がございますの。あなたの、回りくどいやり方では、破滅は避けられませんわ!」
「…そうか」
ラザルスは、ふっ、と息を吐くと、その表情から、全ての感情を消し去りました。まるで、壊れた道具を見るような、無機質な瞳。
「ならば、もう、君には何も期待しない。君は、もはや、制御不能だ。だが、これだけは、言っておく」
彼は、わたくしたちのテーブルへと、一歩、近づきました。
その場の空気が、一気に、凍てつきます。
「近々、学園対抗の『魔獣討伐演習』が開催される。これは、各家の力が試される、重要な場だ。これ以上、私の計算を狂わせるような、愚かな真似だけはするな」
彼の声は、静かでしたが、その一言一句に、刃のような鋭さが込められておりました。
「もし、この演習で、君が、我々の邪魔をするようなことがあれば――その時は、君を、正式に『敵』と見なし、排除する」
それは、かつての協力者からの、明確な、決別の言葉。そして、宣戦布告。
彼は、それだけを言い残すと、わたくしたちに背を向け、静かに、去っていきました。
後に残されたのは、重い、沈黙。
クレメンティーナとダフネは、ラザルスの圧倒的な威圧感に、完全に、怯えております。
シルヴィア様だけが、心配そうな顔で、わたくしのことを見つめておりました。
しかし、わたくしの心は、恐怖とは、全く、無縁でございました。
むしろ、逆ですわ。
「(敵…?上等ですわ!)」
わたくしは、思わず、笑みを浮かべておりました。
そうですわ、それでこそ、悪役令嬢!敵は、多ければ多いほど、燃えるというものです!
「あなたごと、その計画とやらも、このわたくしの筋肉で、粉砕してさしあげますわ!」
わたくしの、新たな決意。
それは、この学園に、さらなる、混沌の嵐を呼び込む、序曲となったのでございます。
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