第十七話:テーブルマナーは格闘術ですの
シルヴィア様からのお茶会への招待。それは、わたくしにとって、戦いのゴングに他なりません。
当日の午後3時。わたくしは、専属侍女ブリギッテの「お嬢様、ご武運を!」という力強い声援を背に、戦場へと向かいました。
戦場の名は、ドルヴァーン家の温室。ガラス張りのその建物は、陽光を浴びて輝き、中には色とりどりの花々が咲き乱れております。
ふん。見事なカモフラージュですわね。この、平和な光景の裏で、どれほど熾烈な情報戦が繰り広げられることか。
「ごきげんよう、イザベラ様。お待ちしておりましたわ」
シルヴィア様が、穏やかな笑みでわたくしを迎えます。その後ろには、わたくしの弟子であるクレメンティーナとダフネも、緊張した面持ちで控えておりました。
わたくしは、まず、温室全体を見渡し、敵が潜んでいそうな死角や、脱出経路の確認を怠りません。完璧ですわ。いつでも、戦闘に移行できます。
「さあ、どうぞ、お座りになって」
シルヴィア様に促され、わたくしは、テーブルに着きました。
すぐに、メイドが、美しいティーセットを運んできます。カップに注がれる、琥珀色の紅茶。立ち上る、甘い花の香り。
(第一の関門、『毒味』ですわね)
わたくしは、カップを手に取ると、まず、その香りを慎重に嗅ぎ分け、ごく少量を口に含み、舌の上で転がして、成分を分析いたします。ええ、毒の類は入っておりませんわね。一級品の茶葉です。
「まあ、イザベラ様は、紅茶の味わい方が、とても、お詳しいのですね」
シルヴィア様の言葉に、わたくしは、ふん、と鼻を鳴らしました。
「嗜みですわ。戦場で、敵から差し出された飲み物を、無警戒に飲む愚か者がどこにおりますか」
「まあ」
シルヴィア様は、にこにこと笑っておりますが、その瞳の奥は、全く笑っておりません。やはり、このお方、ただ者ではございませんわ。
次に、運ばれてきたのは、三段重ねのティースタンド。サンドイッチ、スコーン、そして、美しいケーキ。
これこそが、本番ですわ。
わたくしは、銀のナイフとフォークを手に取りました。その握りは、もちろん、有事の際に、即座に投擲できるよう、重心を完璧に計算した、ツェルバルク流暗器術の構え。
まずは、スコーン。わたくしは、ナイフで、それを、寸分の狂いもなく、真二つに切断いたしました。
「(断面に異常なし。クリームの層は、厚さ2センチスで均一。爆発物や毒針などが仕掛けられている様子は、ございませんわね)」
次に、ケーキ。わたくしは、フォークの先で、スポンジの弾力と、クリームの粘度を、慎重に、確認いたします。
「(構造的にも、問題なし。一撃で崩れるような、脆弱な作りにはなっておりませんわ)」
わたくしが、完璧なテーブルマナー(という名の安全確認)を実践しておりますと、向かいの席で、シルヴィア様が、感心したように、手を合わせました。
「まあ、イザベラ様。あなたの、その、カトラリーの扱いは、とても…個性的で、いらっしゃいますのね。何か、特別な作法でも、おありなのですか?」
(!来ましたわ!わたくしの流儀を探る、探り水ですわね!)
わたくしは、ナイフの切っ先を、シルヴィア様に、悟られぬよう、微かに向けながら、答えてさしあげました。
「お目が高いですわね、シルヴィア様。これは、我がツェルバルク家に伝わる、実戦的テーブルマナー術。有事の際、ナイフ一本で敵の喉を掻き切り、フォークを目に突き立て、スプーンで脳を抉り出すための、護身の作法ですのよ」
わたくしが、にこり、と微笑んでさしあげると、クレメンティーナとダフネが、わたくしの意図を汲んで、「「わ、わたくしたちも!」」と、ナイフとフォークを構えましたが、力の加減が分かっていないため、スコーンが、あらぬ方向へと、1メートスほど、飛んでいきました。
全く、未熟ですわね。
しかし、シルヴィア様の反応は、わたくしの予想を、完全に、裏切るものでした。
彼女は、恐怖に顔を引きつらせるどころか、その穏やかな瞳を、きらきらと、輝かせたのです。
「まあ、素晴らしいですわ!なんて、合理的で、力強い作法なのでしょう!わたくし、感動いたしました!ぜひ、わたくしにも、その、護身の術を、教えていただけませんこと?」
「…………なっ!?」
わたくしは、思わず、言葉を失いました。
い、今、このお方、何と?わたくしの、完璧な威圧が、全く、通じていない…!?
それどころか、感心しているですって…!?
(こ、この女…ただのおっとりした令嬢ではございませんわね…!わたくしの力が通用しない、全く新しいタイプの強敵…!底が知れませんわ…!)
わたくしは、初めて、目の前の、この、森色の髪の令嬢に、ある種の、畏敬の念を、抱いたのでございます。
わたくしの、静かなる戦場は、わたくしが想像もしなかった、奇妙な、友情の始まりの場へと、姿を変えようとしておりました。
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