第十六話:恐怖のお茶会への招待状
あの、魔力の暴走事件から数時間。夜の帳が、王立天媒院を静かに包み込んでおりました。
わたくしは、自室の窓辺に立ち、己の、その手のひらを、じっと見つめておりました。この手が、ほんの数時間前、あの破壊の奔流を生み出した。わたくしの意志とは裏腹に。
「…わたくしの力が、暴走…?」
いいえ、そんなはずはございません。
きっと、そうですわ。昨日のプロテインの調合が悪かったのです。ええ、タンパク質とビタミンの配合比率が、ほんの少し、黄金律からずれていたに違いありませんわ。あるいは、睡眠時間が10分ほど足りなかったか。
そうよ、原因は、コンディションの調整不足。わたくしの力が、未熟なわけでは、決して…。
わたくしは、そう、自分に言い聞かせました。
ですが、一度、心の奥底に芽生えた、小さな不安の種は、そう簡単には、消えてはくれません。まるで、トレーニング後の筋肉痛のように、じくじくと、わたくしの自信を蝕むのでございます。
わたくしが、そんならしくない感傷に浸っておりますと、コンコン、と扉がノックされました。
「お嬢様、お手紙が届いております」
侍女ブリギッテの声でした。彼女が、銀の盆に載せて差し出したのは、一枚の、優雅な封筒。封蝋には、ドルヴァーン公爵家の紋章である、世界樹の枝が刻まれております 。
「シルヴィア様から、ですの…?」
わたくしは、その手紙を開封いたしました。
使われている羊皮紙は、1枚あたり20グラムアはありそうな、極上の品。そこに、流れるような美しい文字で、こう、綴られておりました。
『親愛なるイザベラ様へ
秋風の心地よい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
つきましては、ささやかではございますが、お茶会を催したく存じます。
イザベラ様の、勇壮なるお話も、ぜひ、お聞かせくださいませ。
ささやかな友情を育む、良い機会となりますことを願って。
シルヴィア・フォン・ドルヴァーン』
「…………」
わたくしは、その手紙を、三度、読み返しました。
そして、先程までの感傷に満ちたわたくしの顔が、瞬時に、戦場に立つ将軍のそれへと、切り替わります。
「(お茶会…! 来ましたわね、中盤の最重要イベント、『淑女の腹の探り合い』が!)」
そうですわ、これこそが、乙女ゲームにおける、中盤の山場!
言葉と視線、そして、テーブルマナーを武器に戦う、高度な情報戦!ここで失敗すれば、わたくしの学園内での社会的地位は失墜し、破滅フラグが、雨後の筍のように乱立することになる!
シルヴィア様は、中立派の筆頭 。彼女を味方につけるか、あるいは、敵に回すかで、今後の展開は、大きく変わってまいります。
これは、ただのお茶会ではございません。わたくしの生存を賭けた、静かなる、戦場なのです!
「お嬢様…?その、鬼のような形相は…」
「ブリギッテ!感傷に浸っている場合ではございませんでしたわ!」
わたくしは、ベッドから、勢いよく立ち上がりました。
「お茶会ですわ!戦の準備をいたします!」
「はっ!かしこまりました!」
ブリギッテは、さすがですわね。わたくしの意図を、瞬時に理解しております。
「まずは、わたくしの戦闘用ドレス(一番動きやすいもの)を用意なさい!それから、護身用に、ティーカップに偽装したナックルダスターと、長さ10センチスの、フォークに見せかけた投擲用のダーツも忘れずに!」
「承知いたしました!すぐに、武器庫へ!」
「待ちなさい、ブリギッテ。武器庫にはございません。わたくしの、裁縫箱に入っておりますわ」
「まあ!さすがはお嬢様!社交の場すらも戦場と捉える、その慧眼!感服いたしました!」
そうですわ。わたくしとしたことが、少し、感傷的になりすぎておりました。
悩んでいる暇があるなら、筋肉を動かせ。それが、ツェルバルク家の教え。
不安があるなら、その原因を、物理的に、粉砕すればよいのです。
ふふふ。シルヴィア様、あなたのお茶会、謹んで、お受けいたしますわ。
このイザベラ・フォン・ツェルバルクが、ツェルバルク流のテーブルマナー(物理)で、あなたを、完膚なきまでに、もてなしてさしあげますことよ!!




