第十五話:力の暴走
第十五話:力の暴走
「リョーコ!素晴らしいサポートですわ!今の体勢、わたくしの腹斜筋に、ものすごく効きましたわよ!」
わたくしとリョーコが、東方の国に伝わるという、その、あまりに合理的で、効果的なトレーニングに没頭していた、その時でした。
わたくしの脳内に、一つの、天啓が閃きました。
そうですわ。肉体と、魂核から生み出される魔力は、密接に連動している。
ならば、この、完璧な体幹を維持したまま、魔力を解放すれば、その威力と精度は、飛躍的に向上するのではございませんこと?
「素晴らしい…!この調子なら、わたくしの魔力も、さらに高みへと到達できますわ!」
わたくしは、この世紀の大発見を、早速、実践に移すことにいたしました。
「ブリギッテ!リョーコ!ご覧なさいな。これから、この体勢を維持したまま、魔力を練り上げるという、高等技術に挑戦いたします!」
「まあ、お嬢様!なんと素晴らしい探求心でしょう!」とブリギッテは目を輝かせます。
しかし、リョーコは、わたくしの言葉に、初めて、少しだけ、眉をひそめました。彼女は、わたくしの肩を、ポン、と叩くと、静かに首を横に振ります。おそらく、「イザベラ、その力は、危ない」とでも言いたいのでしょう。
ふん、心配には及びませんわ。このわたくしが、自らの魔力を制御できずに、どうするというのです。
「お黙りなさい、リョーコ。わたくしの限界は、わたくし自身が決めますわ!」
わたくしは、再び、リョーコの補助を受けながら、体幹に絶大な負荷のかかるポーズをとります。そして、意識を集中させ、体内の魂核から、マナを練り上げ始めました。
わたくしの手のひらに、灼閃‐レッドの魔力が、小さな太陽のように、収束していく。
完璧ですわ。このまま、出力を安定させれば…
そう、わたくしが、自信を深めた、その、刹那。
ほんの僅かに、足元の小石で、体勢が、ぐらつきました。
その一瞬の隙を、待っていたかのように。わたくしの手のひらにあった魔力の太陽が、制御を失い、牙を剥きました。
「なっ…!?」
ゴオオオッ!
わたくしの手から放たれた灼熱の閃光は、もはや、ただの魔法ではございません。それは、純粋な、破壊の奔流。
狙いも定めず、暴れ狂う魔力は、訓練場の石畳を、まるで飴細工のように融解させ、10メートスほど先にあった、休憩用の石のベンチを、一瞬で、蒸発させました。
熱波が吹き荒れ、クレメンティーナとダフネの美しい髪の毛先が、チリチリと焦げる匂いがいたします。
「きゃああああ!」
「お嬢様!」
嵐は、ほんの数秒で、過ぎ去りました。
後に残ったのは、焼け爛れ、ひび割れた大地と、凍りついたような静寂。
わたくしは、片膝をつき、ぜえ、ぜえ、と激しく肩で息をしておりました。全身から、滝のような汗が流れ落ちます。
魔力を使った疲労感とは違う。まるで、猛獣に振り回された後のような、魂の消耗。
「(今の、は…?わたくしの魔力が…?)」
わたくしは、自らの、震える手のひらを見つめました。
「(違う、これは…わたくしの意志に、逆らって…?そんな、馬鹿な…力が、足りないというのですか…?いいえ、逆…?力が、ありすぎる、と…?)」
リョーコが、駆け寄ってきます。その瞳には、いつもの敬意ではなく、明らかな、心配の色が浮かんでいた。彼女は、わたくしの肩に、そっと手を置くと、もう一度、静かに、しかし、強く、首を横に振りました。その瞳は、「だから、言ったのに」と、そう、語っておりました。
わたくしは、初めて、自らの力の底に潜む、暗い淵を、垣間見たような気がいたしました。
筋肉だけでは、解決できない、問題。
その、不吉な予感に、わたくしの背筋を、冷たい汗が、つう、と流れていったのでございます。
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