第四十話:決戦!富は筋肉に勝るか
後に残されたのは、最強の切り札がまさかの専門外を理由に自主的に撤退してしまったヴァレリウスの呆然とした顔。
最強の精神攻撃をその脳筋すぎる精神構造によって無自覚に無効化してしまったわたくしのきょとんとした顔。
そして何が起こったのか全く理解できない兄様たちの、あんぐりと開いた口だけでした。
そのあまりにシュールな静寂を破ったのは、ヴァレリウスの喉の奥から絞り出されたような獣の唸り声でした。
「…なぜだ…」
彼の冷静沈着だった仮面が音を立てて崩れ落ちていく。
「なぜ砕けん!わたしの絶望が、わたしの知略が、わたしの完璧な計画が!お前のような脳みそまで筋肉でできた、ただの野蛮な女にッ!」
彼はもはや冷静ではいられませんでした。
「いいだろう…!血統も伝統も人の心すらも虚構だというのなら!この世で唯一絶対の真実の力を見せてやる!」
彼はその場で指輪に嵌め込まれた巨大な魔石を砕きました。
「『富』の力だッ!」
その自棄になった叫びを合図に、戦いは第二ラウンドへと突入いたしました。
「クロウリー商会が総力を挙げて作り上げた最高級の魔法障壁発生器だ!一つ、小国が買える値段だぞ!」
ヴァレリウスが叫ぶと、彼の前に七色に輝く幾何学模様の光の壁が出現する。それはただの壁ではございません。触れるもの全てを分解するという、古代の防衛術式を再現した、最高級の芸術品でした。
ですがわたくしはそのあまりに美しい光の壁を、その術式が完成するよりも速く、ただ、真っ直ぐに、拳の一撃で、ガラスのように粉砕しながら言い放ちました。
「わたくしの筋肉は、プライスレスですわ!」
「ならば、これだ!」
ヴァレリウスは懐から、宝石を散りばめた、数十個の小さな球体を、周囲の瓦礫へと、ばら撒きました。
「軍団を召喚できぬと侮ったか!ならば、この場の、絶望そのものを、わたしの兵士としてくれるわ!」
球体が、瓦礫に触れた瞬間、禍々しい光を放つ!崩れ落ちた天井の梁が、砕けた大理石の床が、まるで、意志を持ったかのように、蠢き、そして、立ち上がっていく!
一体、また一体と、瓦礫の巨人たちが、その、不気味な姿を、現しました。
ですが、わたくしは、その光景に、満面の笑みを浮かべると、後ろに控える我が筋肉信者たちに、叫びました。
「最高のトレーニング器具の差し入れですわよ!遠慮なく、全身の筋肉を、いじめ抜きなさい!」
「「「ハイル・マッスル!!」」」
兵士たちは歓喜の雄叫びを上げ、ご馳走にありつくかのように瓦礫のゴーレムの群れへと突撃していく。
一人の兵士が、ゴーレムの腕を、その、鍛え上げられた上腕二頭筋で、受け止め、へし折る!
別の兵士は、巨大な大理石の塊を、逆に、武器として、振り回し、他のゴーレムを、薙ぎ払う!
それはもはや戦いではございませんでした。筋肉と、瓦礫と、そして、王侯貴族の悲鳴が、入り乱れる、狂乱の、トレーニング祭り。
「――終わりですわ」
ついに全ての高価な玩具を失い、その場にへたり込むヴァレリウス。
わたくしは、その空っぽの心臓へと、静かに、しかし確実に、制御された灼熱の鉄拳を、叩き込んだのでございます。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等を更新しています。
作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/
Xアカウント:@tukimatirefrain