第三十八話:絆という名の攻略法
己の魔力が封じられ、ただの人間へと引きずり下ろされた絶望的な窮地。
わたくしがその場で片膝をついたのを見たヴァレリウスは、心底楽しそうに、しかしどこか深い哀れみを込めた瞳でわたくしを見下ろしました。
「どうした、赤き戦姫。血統という名の『ギフト』を失った今のお前に何ができる?」
彼は勝ち誇ったように宣言いたします。
「この結界はただ魔力を封じるだけではない。この会議場そのものを崩壊させ、お前たち血統と伝統という古きくだらない偶像を一人残らずここで葬り去るための、美しい棺桶なのだよ!」
その言葉を合図に、ゴゴゴゴゴ…!と、天井から巨大なシャンデリアが火花を散して落下する!
床に亀裂が走り、柱が悲鳴のような軋みを上げる。
パニックに陥った貴族たちの絶叫が、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出しておりました。
(…くっ…!このままでは全滅ですわ…!)
わたくしは歯を食いしばりました。今のわたくしには、仲間を守るための絶対的な力がない。
その絶望がわたくしの心を苛んだ、その刹那。
わたくしの目の前で巨大な天井の梁が、避難しようと押し寄せる貴族たちの頭上へと無慈悲に崩れ落ちようとしておりました。
わたくしは考えるより先に大地を蹴っておりました。
その落下地点へと滑り込むと、天に向かって両腕を突き上げる。
「おおおおおおおっ!」
凄まじい衝撃と重圧。腕の骨が軋み、足が砕けた床にめり込んでいく。
ですがわたくしは「盾」となり、確かにこの絶望的な崩落を食い止めてみせたのです。
「わたくしが時間を稼ぎますわ!その間にあなた方が為すべきことを為しなさい!」
わたくしが作り出したそのほんの数秒の猶予。それが奇跡の連鎖の始まりでした。
「うろたえるなッ!」
兄ヴォルフ様の力強い声が混沌を切り裂きます。彼はわたくしが作ったその安全な空間を起点に、即座に指揮を執り始めたのです。
「騎士は私に続け!殿下とエリアーナ嬢の周囲を固め、彼らを瓦礫から守るのだ!」
兄の命令で数人の騎士がエドワード殿下とエリアーナの周りに人の盾を築く。
その守られた僅かな時間の中で、エリアーナが叫びました。
「あの紫の光…!全ての元凶は、あの祭壇の古代遺物ですわ…!」
彼女のその聡明な瞳が、この絶望のただ一つの活路を見つけ出した。
その情報を受け、エドワード殿下が即座に決断を下します。
「父より預かりし王家の権限において命ずる!リューンの衛兵ギルドはただちにこの建物の東壁を外から破壊せよ!陽動を仕掛けるのだ!」
殿下の王族としての威厳が、外部のギルドを動かし、次なる布石を打つ。
直後、凄まじい破壊音が東の壁から響き渡りました。
祭壇を守っていたヴァレリウスの兵士たちが、その音に一瞬気を取られる。
そのほんの一瞬の隙。
兄ヴォルフ様はそれを見逃しませんでした。
「今だ!私に続けッ!」
エリアーナが指し示した一点。エドワード殿下が作り出した一瞬の隙。そしてわたくしが命懸けで稼いだ数秒の時間。
その全てが、兄ヴォルフの最後の突撃へと繋がっていく。
見事な連携でした。
それはもはやただの役割分担ではない。
仲間を信じ、その仲間が繋いだ僅かな可能性に全てを懸ける。
わたくしたちはこの絶望的な状況を、ただ一つの絆という名の攻略法で打ち破ろうとしておりました。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等を更新しています。
作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/
Xアカウント:@tukimatirefrain