第十話:これがツェルバルク流の決闘ですわ
翌日、正午。王立天媒院の第一訓練場は、異様な熱気に包まれておりました。
シュタイン侯爵家の嫡子エーベルハルトと、ツェルバルク公爵家の令嬢である、このわたくしの決闘。それは、事実上の「知性」対「暴力」の代理戦争として、ほぼ全校生徒の注目を集めていたのです。
観客席の一角では、銀縁眼鏡をかけた理知的な生徒たちが「エーベルハルト様なら、あの蛮族令嬢を華麗にいなしてくださるだろう」と静かに期待を寄せております。
対するわたくしの応援席では、クレメンティーナとダフネが「いっけー!イザベラ様ー!そのお邪魔な眼鏡を叩き割ってやりますのよー!」と、およそ令嬢らしからぬ野太い声援を送っておりました。…ええ、少しは鍛えられてきたようですわね。
わたくしは、訓練場の中央で、軽く首の骨をコキリと鳴らしながら、対峙する男を見据えます。
エーベルハルトは、塵一つない制服のまま、完璧な姿勢で立っておりました。その手には、魔法の触媒となる、細い銀の指揮棒が握られております。
「イザベラ嬢。今からでも遅くはありません。降参すれば、これ以上、あなたが衆目の前で恥をかくことはないでしょう」
「ふん。寝言は、寝てからおっしゃいな」
審判役の教官が、開始の合図を告げた、その瞬間。
エーベルハルトが、動きました。
しかし、彼はわたくしに向かってくるのではなく、まるで舞うように、後方へと下がりながら、指揮棒を振るいます。
彼の足元から、魔力の線が走り、訓練場の石畳に、いくつもの幾何学模様が、青白い光で描かれていく。
(…なるほど。わたくしのパワーを警戒し、直接的な戦闘を避け、フィールド全体に罠を張り巡らせる作戦ですのね)
彼は、わたくしの足を止め、魔力を消耗させ、完璧に準備された必殺の一撃を叩き込むつもりのようです。実に、回りくどく、そして、実に彼らしい、姑息な戦術ですわ。
案の定、観客席の知性派たちからは「おお、見事な布陣だ」「あの令嬢は、もう詰んでいる」などと、感嘆の声が漏れております。
わたくしは、そんな彼らの嘲笑を、鼻で笑ってやりました。
「あなた、何か、致命的な勘違いをなさっているようですわね」
「…何のことですかな?」
「わたくしたちツェルバルク家の人間が、相手の作った盤上で、律儀に駒を進めるとでも、お思いで?」
エーベルハルトの眉が、ピクリと動きます。
ええ、そうですわ。罠を一つ一つ解除するなど、時間の無駄。
ツェルバルク流の戦い方とは、いつだって、ただ一つ。
「――盤ごと、ひっくり返せば、よろしいのですわッ!」
わたくしは、愛用の訓練用戦斧(父ゴードリィからの贈り物、重さ80キログア)を、どこからともなく取り出すと、それを、天高く、掲げました。
そして、有り余る魔力を、その一点に集中させ――
狙うは、エーベルハルトではございません。
この、訓練場そのものですわ!
「奥義!ツェルバルク式・大地粉砕撃!!」
わたくしは、雄叫びと共に、戦斧を、訓練場の石畳へと、力任せに叩きつけました。
ゴオオオオオオオオオンッ!!
凄まじい衝撃音と、地響き。
わたくしの一撃は、エーベルハルトが数十秒かけて張り巡らせた、全ての魔法陣を、その土台ごと、無慈悲に粉砕。直径30メートスに及ぶ巨大なクレーターが、訓練場の中央に出現いたしました。
砂埃が晴れた後、そこに広がっていたのは、静寂でした。
生徒たちは、皆、開いた口が塞がらない、という顔で、変わり果てた訓練場を見つめております。
そして、当のエーベルハルトは、と申しますと。
クレーターの中央に、ぽつんと、孤島のように取り残された、僅かな足場で、膝から崩れ落ちておりました。その知的な眼鏡には、美しいヒビが入り、完璧に整えられていた髪は、爆風でボサボサです。
審判役の教官が、しばらく呆然とした後、我に返って、震える声で宣言いたしました。
「しょ、勝者!イザベラ・フォン・ツェルバルク!」
わたくしは、戦斧を肩に担ぎ、満足げに頷きました。
「ご覧なさいな。これこそが、ツェルバルク流の『戦略』。小細工は、パワーの前には、無力なのですわ」
その、あまりに規格外の決着に。
エドワード殿下は、「…彼女、決闘で、地形を、変えたぞ…」と呟き、ヒロインのエリアーナは、わたくしへの恐怖で、再び、腰を抜かしておりました。
ふふふ。これで、わたくしに、迂闊に絡んでくる輩もいなくなりますでしょう。
また一つ、破滅フラグを、見事に粉砕してさしあげましたわ!
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