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「え、あの、お嬢様、本気ですか? あのジェラール様狂信者のお嬢様が?」
「何よ、狂信者って失礼ね。私、公園で倒れてから長い間寝込んでいるうちに、ジェラール様のことがどうでもよくなってしまったみたいなの。ジェラール様が認めてくれたら婚約解消するつもりよ」
「まぁ……」
シルヴィは口に手をあて、ぽかんとしている。
しかし、固まっていたシルヴィは、ふいに笑顔になった。
「びっくりしましたけれど、その方がいいかもしれませんね! あの王子、お嬢様があんなに健気に愛情表現をしてらっしゃるのにつれない態度で、正直腹が立っておりましたもの。シルヴィは安心いたしました!」
シルヴィはあけすけにそんなことを言う。
リリアーヌが見た目重視で選んだこの侍女は、正直侍女としてはあまり適切な人物と言えない。
リリアーヌが勉強を放って遊んでいても一応一言二言注意するだけで咎めたりせず、王宮で開かれる夜会に場違いな派手なドレスを着ていこうとした際もお似合いですと拍手していた。
つまり、リリアーヌと同レベルの侍女なのだ。
だからこそ、わがままなリリアーヌに大変気に入られていた。
「シルヴィ、外で王子殿下のことをそんな風に言ってはいけないわよ」
「ですが……」
「ジェラール様は確かに冷淡だったと思うけれど、私も嫌われるだけのことはしてきたと思うわ。私、これからは公爵令嬢としてちゃんとしようと思うの」
「お嬢様、どうしちゃったんですか?」
「ついでにあなたも公爵家の侍女として足りてないから学んでちょうだいね」
「えー……?」
シルヴィは目をぱちくりさせて困惑した顔をしている。
それから私はシルヴィを連れて両親の元へ行き、婚約解消の件を話した。
私がジェラール様との婚約を解消したいと話すと、二人とも目を剥いて驚いていた。
「リリアーヌ、そんなのもったいないわ! せっかく王妃様になれるのよ?」
「お母様、けれど私には王妃になれるような器はないと思うのです」
「心配しなくてもいいのよ。リリアーヌはとっても美人だもの。リリアーヌが王妃になったら、きっとみんな称賛してくれるわ」
お母様は美しい顔に困惑の表情を浮かべ、頬に手を当てて残念そうにする。
三十代後半になっても良く言えば若々しく、悪く言えば幼稚なこのお母様の物事を測る基準は、美しいか美しくないかだ。
リリアーヌの美しい物好きは、間違いなく母親の遺伝だろう。
考え直すよう説得してくるお母様を、お父様がまあまあと宥める。
「リリアーヌ、本当にいいのか? お前はあんなにジェラール殿下と結婚したがっていただろう」
「はい。冷静になって自分を見ると、とても王子殿下の伴侶が務まるような人間ではないと思ったんです。ジェラール様にはもっとふさわしい方をお選びいただきたいです」
「そうか。よく考えたのだな。お前がそう言うのなら、検討してみよう」
お父様はどこかほっとしたような顔で言う。
やっぱり、お父様はリリアーヌと王子との婚約を不安視していたみたいだ。