10-7
「リリアーヌ、またここにいたんだ。ようやくテスト終わったね!」
「またアベル様ですの。大体予想はつきましたけれど」
私はどこにでも現れるアベル様に呆れて言う。
アベル様は勝手にベンチの私の隣に腰掛けると、楽しそうな顔で言った。
「ステラ嬢、全然僕の元に来なくなったよ。逃げなくて済むようになって安心したよ」
「あんな内容を録音されていたら近づけませんわよね」
「うん、本当によかった。……でも、孤児院や伯爵家で苦労してたみたいなことを聞くと、ちょっと気の毒になっちゃうよね。きっと僕たちには想像できないような大変なこともあったんだろうな……」
アベル様はしんみりした顔で言った。
確かに私には孤児院での生活も、血の繋がらない家族の家に引き取られて生活する苦労もわからない。そう考えると、あのステラの悲壮な叫びが少しだけ気の毒になってくる。
けれど、そんな考えを強引に頭から振り払った。
「……苦労なさったとしても、それで無関係な私をやっかんで危害を加えてくるのは困りますわ」
「うん。それはその通りだ。リリアーヌは怒っていいよ」
アベル様はきっぱり言う。それから、首を傾げて尋ねてきた。
「でも、よかったの? リリアーヌ、この間の王立図書館で、ステラ嬢に文句を言ったこと後悔して呻いてたのに。公爵令嬢としての評判を落とさないか心配しているのかと思った」
「いいんですの。私、もう気にしないことにしました」
「気にしないって何を? 評判を落とすこと?」
「悪役令嬢になることをです! たとえこの世界がヒロインの味方であろうと、物語に敵認定されようと、抗ってやりますわ!」
「悪役令嬢令嬢って何? リリィは悪役になるの? よくわからないけど、世界に抗うってなんかかっこいいね!」
アベル様は呑気な顔で言う。
私は堂々と胸を張った。今まで漫画の中のリリアーヌのようになることに怯えていたけれど、気にするのはやめてしまおう。
だって少なくとも今の私は間違ったことをしていないのだから。
この世界がどんな場所なのかはわからないけれど、私なりに自由にやっていこう。
「リリアーヌ、言ってる意味はよくわからないけれど、世界が敵になっても僕だけはリリィの味方でいるからね!」
「まぁ、J-POPの歌詞みたいでかっこいいお言葉ですこと」
「じぇーぽっぷ?」
アベル様は不思議そうにしている。
それからアベル様はJ-POPとは何か、そして悪役令嬢とは何かと、しつこく尋ねてきた。
私はそれを受け流しながら、もうこれからは過剰に未来に怯えたりしないぞと決意を固めるのだった。




