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「リリアーヌ様、ごめんなさい! リリアーヌ様の婚約者様に馴れ馴れしくしてしまって……! 王子殿下をおそばで見て、ついはしゃいでしまったんです!」
ステラはそう言いながら、おそるおそると言った様子で顔を上げる。
その顔には、先ほどの冷たい表情の面影は一切なかった。か弱い少女そのものの顔をしている。
「いえ、気にすることありませんわ。せっかく同じ学園の生徒なのですし、どうぞジェラール様と仲良くなさって」
私は本心からそう言った。
このままステラとジェラール様の距離が近づこうが、そのうち恋仲になろうがどうでもいい。むしろ原作漫画通りの流れで自然なんじゃないかと思える。
私は決して二人を邪魔しないので、私の生家であるシャリエ家だけはどうか取り潰さないでくれるとありがたい。
鷹揚にそう言ってあげたと言うのに、ステラは明らかに気に入らなそうな顔をした。
(え? なんでつまらなそうな顔をしますの? この子やっぱり怖いですわ……!)
私は戸惑いながらステラを見る。
すると、横からアベル様が言った。
「リリアーヌはこう言っている通り気にしてないみたいだから、君も気にしなくて大丈夫だよ」
「あなたは……」
「僕? リリアーヌの幼馴染みたいな感じかな! 昔からリリアーヌとは縁が深くてね」
アベル様は自分の紹介をすっ飛ばして私との関係を説明する。さすがに初対面のステラに将来婚約者になるどうこう言わない常識はあったらしいけれど。
私は仕方なく付け加えてあげた。
「アベル様はこの国の第二王子でジェラール様の弟君ですわ」
「えっ、す、すみません! 第二王子殿下のお姿を存じ上げないなんて……!」
「最近貴族になったばかりなのですから仕方ありませんわ。平民の場合、式典で遠目に見るくらいしか姿を見る機会はありませんものね」
私がそう言うと、ステラは申し訳なさそうな顔でもう一度アベル様に謝った。
アベル様は特に気にする様子もない。
「リリアーヌ様はジェラール様とだけでなく、アベル様とも仲がよろしいのですね」
ステラは微笑みを浮かべながらそう言ってきた。
仲がいいと言えるかは微妙だったけれど、一応「そうですわね」と答えておく。
「王子殿下お二人と仲がよろしいなんて、さすが公爵家のご令嬢ですね! リリアーヌ様がジェラール様のことで寛大なのは、もしかしてアベル様が本命だからだったりしますか?」
ステラの言葉に困惑してしまった。そんな邪推を本人にぶつけてくるとは。
原作漫画のステラはこんな子だっただろうか。
すると、ジェラール様が少々不愉快そうに口を挟んだ。
「ステラ嬢。私とリリアーヌは国王陛下とシャリエ公爵によって決められた正式な婚約者だ。軽率な発言は控えていただきたい」
「あ……っ! ごめんなさい、私、平民時代の思ったことを口に出してしまうくせがまだ抜けなくて!」
ステラは口を押えて申し訳なさそうな顔をする。
「リリアーヌ様たち、失礼なことを言ってごめんなさい。私、もう行きますね」
ステラはそう言うと、逃げるように私たちに背を向けた。
ジェラール様はなんだったんだあの子はと怪訝な顔をし、アベル様はやっぱり僕が本命に見えるんだと馬鹿なことを言ってる。
しかし、私ははっきり見てしまった。
申し訳なさそうに去っていったステラが、アベル様に一瞬だけ鋭い視線を向けたのを。
私はそんなステラの態度に、少々うすら寒いものを感じてしまった。




