7-5
「よかったらまた王宮に遊びに来てくれ。勉強に必要な本があれば貸そう」
「そ、それはありがとうございます……?」
「いつでも来てくれて構わない。アベルも喜ぶと思うから」
ジェラール様はそれだけ言うと、またすたすた歩いていってしまった。
突然なんなのだろう。記憶を取り戻す以前は、私が王宮に押しかけると不快そうな顔をしていたのに、遊びに来いだなんて。
周りの人たちは時が止まったように動かなかった。
しばらくの静寂の後、ニノンがはしゃいだ声を上げる。
「さすがリリアーヌ様ですわ! いつも王宮に行かれているのですわね! やはりジェラール殿下は婚約者のリリアーヌ様を大切になさっているのですわ!」
「いや……、いつもというわけでは」
曖昧に答えると、今度はオデットが言う。
「ジェラール殿下に直接お声をかけられるなんて、やはり婚約者であるリリアーヌ様は特別ですのね。遠くから見ていることしか出来ない下々の者達とは違いますわ!」
オデットはそう言いながら、あからさまな視線をステラに向ける。
それでニノンとオデットがやたらとはしゃいでいるのは、ステラに当てつけたかったからなのだと気づいた。
二人とも先ほどステラ達が話していた内容によほど苛立っていたのだろう。
私は内心冷や汗をかきながらオデットをたしなめる。
「まぁ、オデットさん。下々の者なんて言い方がよくないですわ。私たち、みんな同じ学園で学ぶ仲間ではありませんの」
「あら、本当のことを言ったまでですわ。平民上がりや下位貴族たちとは違い、リリアーヌ様は特別な方です」
きっぱりと言うオデットに、ニノンもうんうんうなずいている。
私は慌てて二人をなだめながら、再び歩き出した。
二人とも何てことを言ってくれるのだ。
私が二人にそう言わせているのだと思われて、お家取り潰しの未来が近づいたら困るじゃないか。
私は歩きながら、おそるおそるステラ達を横目で見る。
ステラのそばにいる子たちは、みんなニノンとオデットに嫌そうな視線を向けていた。
肝心のステラを見てはっとする。
ステラは、今までの明るく元気な表情からは考えられないほど冷たい目でこちらを見ていた。
その姿が、以前シャリルの市場で見た険しい顔つきの彼女と重なる。
(怖いですわ……! ヒロインのする顔じゃありませんわ!)
今のステラの表情は、ヒロインというよりまるで悪役だ。
私はどきどきしながら、逃げるように彼女の前から早足で歩き去った。




