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そんな風にして市場を興味深く観察しながら歩いていると、通りの向こうにやたらと目立つ人影が見えた。
肩より少し下くらいの長さの紺色の髪に、薄茶色のシンプルなワンピース。ちっとも派手な恰好ではないのに、その姿はやたらと目を引く。
私はその少女を無意識のうちに目で追っていた。
少女が体の方向を変え、顔がはっきり見えると、私は衝撃で固まってしまった。
(あの子、ステラ……!?)
そのやたらと目を引く少女は、前世で読んだウェブ漫画の主人公、ステラにそっくりだったのだ。
夜空のように美しい、緩くうねった紺色の髪。星のように輝く金色の瞳。
『星姫のミラージュ』というタイトルにふさわしく、主人公のステラはまるで夜空の輝きを集めたような可憐な姿をしている。
ステラらしき少女は、漫画で読んだときと違って随分と地味な恰好をしていた。
着ているワンピースは遠目からでも安物とわかる簡素なものだし、髪色は美しいもののきちんと手入れしていないのかパサパサしている。
何より表情自体が険しく、疲れて見えた。
ウェブ漫画にこういう場面はあったっけ、と首を傾げる。
漫画はステラが学園に入学するところから始まるので、このような姿は見たことが無かった。
確か、ステラは伯爵家に引き取られる前は孤児院にいたはずだから、それで飾り気のない恰好をしているとか?
いや、ステラが伯爵家に引き取られるのは学園入学の半年前だから、この時期はすでに伯爵令嬢のはずじゃ……。
「リリアーヌ、固まっちゃってどうしたの?」
後ろからアベル様が不思議そうに尋ねてくる。
「アベル様……ええと……」
私は返答に困った。
アベル様にはステラのことを話してもわからないだろう。まさか私は前世の記憶を思い出して、この世界はウェブ漫画の世界だと理解したなんて言うわけにはいかない。
「……なんでもないですわ! アベル様、それよりも次は洋服店に行きましょう! シャリルの市場で売ってる洋服はどんなものか見てみたいですわ!」
「本当になんでもないの? まぁ、リリィがそう言うならいいけど。洋服店行ってみようか」
アベル様は少し不思議そうな顔をしていたけれど、私が笑顔で押し切るとうなずいていた。
ステラらしき少女のことは気になる。
けれど、彼女を追いかけたところでどうにもならないだろう。ひとまずは放っておくことにした。
その後、私はアベル様と再び市場を歩いた。
市場を回るのはとても楽しかったけれど、ステラらしき少女を見かけて以降、ずっと彼女の姿が頭から離れなかった。




