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「よし、じゃあ早速勉強を再開しようかしら」
「えっ、帰ってきたばかりなのにですか? 少し休んだらどうです?」
「いいえ。私には時間がないの! テストまであと二週間しかないんだから。シルヴィ、鞄を貸して」
私はシルヴィに持ってもらっていた鞄を受け取る。そして、中から教科書を取り出した。
再び頭をぐるぐるさせながら読み進める。
そんな私を、シルヴィは呆気に取られた顔で見ていた。
「本当にお嬢様、変わられましたね……」
「ええ、私は今までのリリアーヌじゃないのよ」
私は教科書に視線を落としたまま言った。
その後、シルヴィは「お茶を持ってまいります」と言って部屋を出て行った。
静かな部屋で、私は淡々と教科書に書いてある文章を眺める。
今読んでいるのは、市場についての章だ。
需要曲線だとか価格弾力性だとか、動的価格設定だとか、聞いたことのない単語がいっぱいに並んでいる。
「どれも意味がわからないわ……」
私はソファにもたれかかりながら、げんなりして言った。
すると、ノックの音がして、ティーセットを載せたワゴンを押したシルヴィが入ってきた。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
シルヴィはポットから紅茶を注ぎ、私の座っているソファの前のテーブルに置いてくれる。
その間も私は、動的価格設定のページを読んで頭を悩ませていた。
「お嬢様、眉間に皺が寄っていますよ」
「え? そう? この辺りがちっともわからなくて」
「わー、難しそうな単語がたくさん書かれてますね……」
シルヴィは教科書を眺めると、顔を顰めた。
「でしょう? こんなの理解しろなんて無理よね!」
同意されたので勢いづいてそう言うと、シルヴィはしかめ面のままうなずいた。しかし、難しい顔で教科書を眺めていた彼女は、ふいに「あ」と声を上げる。
「こういうの、お店に出ていたときにあったかもしれません」
「え? どういうこと?」
「この、動的価格設定ってやつの話です。この単語は知りませんでしたけれど、こういうことあったなーって」
シルヴィは私の手から教科書を抜き取ると、売り子時代の経験を話し出した。
シルヴィの実家の宝石店は、貴族向けに高級ジュエリーを扱う店舗と、平民向けに比較的安価なジュエリーを扱う店舗に分かれていて、シルヴィは平民向けの店舗の方で売り子をしていた。
シルヴィのいた店舗では、毎年王都で行われる祭典の日になると、イミテーションジュエリーのついたネックレスがよく売れたらしい。
なんでも、平民の女の子たちの間で祭典の日にイミテーションジュエリーをつけて回るのが流行っていたみたいだ。
なので、その日はどこのアクセサリー店でも飛ぶようにそれが売れたのだそうだ。
シルヴィのいた店舗では普段からイミテーションジュエリーを売っていたが、本物の宝石に押されそれほど人気がなかった。なので、普段は安めの値段で売られていた。
しかし、祭典の日だけは値段が1.5倍ほどになったのだそうだ。それでもばんばん売れていたらしい。
ちなみに、祭典の日ではなく事前に買っておくという人は少ないらしい。
前世でいう、テーマパークの耳飾りみたいな感じだろうか。当日お店で買うこと自体が楽しいのだそうだ。
私はシルヴィが何の気なしにそう話すのを聞いて、ぽかんとしてしまった。




