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「今の私では無理なことくらいわかっていますわ! だから基礎からやり直しているんですの! 時間がないので邪魔しないでくださいまし!」
私はジェラール様から顔を背けて、再び教科書に向かい合った。
そう、私には余計なことをしている時間はないのだ。
次のテストまでに少しでも勉強を進めなければならない。
しかし、ジェラール様はなかなか立ち去る気配がなかった。怪訝に思って彼を見る。
ジェラール様は、困惑しきった顔で額に手を当て、何かぶつぶつ呟いていた。
「本当にリリアーヌはどうしてしまったんだ……? 私が話しかけているというのに、自分から会話を打ち切るなんて……。絶対におかしい。まさか別人と入れ替わってしまったんじゃ……」
彼の言葉に少々ぎくりとした。
別に入れ替わったわけではない。前世を思い出しただけだ。
リリアーヌの記憶と前世の自分の記憶が混じり合った結果、目の前のジェラール様に魅力を感じなくなってしまったのだ。
私は立ち上がってジェラール様に向き直った。
「ジェラール様、あなたに付きまとって迷惑をおかけしたことは申し訳なかったと思っておりますわ。けれど、いつまでも私が変わらないままでいるとは思わないでくださいませ」
「……どういう意味だ?」
「いくら好きでも冷めることはあるのですわ。もう私はあなたに夢中だった以前のリリアーヌではありません」
にっこり笑ってそう言うと、ジェラール様の顔がわずかに紅潮した。眉間には苛立たしげに皺が寄っている。
怒るだろうかと思って見ていたけれど、彼は怒りを露わにすることはなかった。
ジェラール様は一呼吸おいて、静かな声で言う。
「……そうだな。私も態度を改めると約束したのだった。君をこれまでと同じように扱ってすまなかった」
「……え」
謝られたのが意外過ぎてぽかんとしてしまった。
約束とは、以前王宮にひっぱって行かれたときに言われた言葉のことだろうか。
私は別にジェラール様に態度を改めて欲しいなんて思ってないのに。
「邪魔して悪かった。私はもう行くよ」
ジェラール様はそう言うと、私に背中を向けて去って行った。
私は少々戸惑いながら彼の背中を見送る。
すると彼はぴたりと足を止め、こちらを振り返った。それからしばらく迷うように視線を泳がせた後で口を開く。
「その……、勉強頑張れよ」
「え? はぁ、ありがとうございます」
「公爵家を継ぐ云々はともかくとして、学ぶことはいいことだ。王妃になる上でも学問は助けになるに違いない。その調子で励むといい」
「王妃??」
私がぽかんとしているうちに、ジェラール様は再び背を向けて今度こそ去って行ってしまった。
私は腑に落ちない気持ちで、彼が出て行った扉の方を見つめる。
「……王妃になる上での助けなんて、別にいらないんだけど……」
私はただ困惑するしかなかった。
私はもうジェラール様と結婚することも王妃になることもまるで望んでいないのに、ジェラール様には伝わっていないのだろうか。




