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ジェラール様と結婚したかった理由も、彼が綺麗だったからという、至極浅い理由だ。
ジェラール様はとても美しい外見をしている。
銀色の髪にエメラルドグリーンの綺麗な目。
所作の隅々まで洗練されて、外見だけでなく立居振る舞いまで完璧だ。
それなら彼を見習って自分も美しい所作を身につける方向にいけばいいいものを、私の思考はジェラール様を所有したいという方向へ傾いた。
お父様とお母様にせがんで用もないのに何度も王宮へ会いに行き、学園でも隙あらば話しかけて周りを牽制した。
そんな努力の甲斐あって、私はジェラール様の婚約者に選ばれた。
正確には努力というか、私のゴリ押しに負けたお父様が国王陛下に頼み込んで婚約を結びつけてくれただけなのだけれど。
そんな経緯で結ばれた婚約なものだから、ジェラール様の態度はいつも冷たかった。
誰にでも優しい彼は、私にだけはいつも軽蔑するような目を向ける。
週に一度のお茶会の際はかろうじて会ってくれるけれど、その時もうわの空という感じ。
誕生日にくれるプレゼントも、いつからか手渡しでなく、公爵家に送られてくるようになった。
もちろん、もらったプレゼントは大事に開封してケースに入れて保管していたけれど。
私はジェラール様に冷たくされても諦めず、学園では毎日彼の元へ行き話しかけ、用事を作っては王宮を訪ね、休日には劇場やら百貨店やらへ誘った。
しかし、ジェラール様の態度は冷えていくばかり。
そんな日々が続くと、図太い私もさすがに悲しくなってきた。
それで一週間ほど前に、私は気持ちを切り替えようと侍女のシルヴィを連れて公園を散策しに行ったのだ。
公園でも私が考えるのはジェラール様のことばかりだった。
美しい庭園や、池で泳ぐ鳥を眺めながら、どうして殿下は私を見てくれないのだろうと目に涙を滲ませる。
しかし、考え事をしながら歩いていたせいで、私は後ろにあった段差に気づかず、飛んできた鳥を避けようとした瞬間に思いきり後ろに転んでしまった。
「お嬢様!? しっかりしてください、お嬢様!!」
悲痛な声で私を呼ぶシルヴィの声が聞こえる。
それに答えようにも口が動かず、私はそのまま意識を手放してしまった。
***
その日から、私は一週間もベッドで寝込むことになった。
やたらと意識がぐるぐる回って、起き上がりたいのに全く体が動かない。
シルヴィがベッドの横で「私のせいです」と泣いているのが、朦朧とした頭に聞こえてきた。
寝込んでいる間、何度も繰り返しおかしな夢を見た。
それは私が今の自分とは別の人間になっている夢だった。
その世界で私は、スマートフォンとかいうおかしな道具で絵物語を読んでいるのだ。
その絵物語には、なぜか今私がいるこの世界の生活が詳細に描かれていた。
不愉快なのは、それが私が主役の物語ではなく、別人が主人公の物語であるということだ。
主人公は孤児院で暮らす少女。
その子はある日突然伯爵に引き取られ、貴族たちの通う学園へ入学することが決まる。
そこで銀髪緑目の美しい王子殿下に出会って仲良くなり、それから金髪の意地悪な令嬢に邪魔されるようになるのだ。
なんなんだろう、この夢。
その王子殿下と意地悪な令嬢が、やけにジェラール様と私に似ているように思えるのは気のせいだろうか……。
真夜中、目を覚ました私は、うつらうつらしながら夢の内容を反芻する。
そうしてようやく理解した。
あれはただの夢じゃない。
私の前世だ。
そしてこの世界は、前世で読んでいたWeb漫画の世界なのだ。