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カエ  作者: 上代朝哉
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からだとり

 登校して荷物を置いてトイレに行く。その帰りに溝間と出くわす。溝間もオバケかもしれない。でも、だとしたら誰が中学校に地蔵を持ち込んだんだろう?って話になる。地蔵は一メートルくらいあったし、あんなの女子じゃ運べない。力があり、かつ非常識で罰当たりな溝間くらいしか持ってこられないと思われる。


「おう」と溝間が軽く手を挙げる。「昨日、あのあとなんともなかったか?」


「なんも。溝間はなんかあったあ?」


「なかった。でも気持ちは悪ぃわな」


「うん」


 溝間が廊下の壁に背中を預ける。「誰が増えたんやと思う?」


 ストレートな質問だな。「わからん。みんな疑わしいけど、誰も疑えん」


「ほやな。俺も、始める前に全員の顔見とる。わけわからん」


 憂美と考察した内容は誰にも伝えないでおこう。悪意のあるオバケがいたとして、そいつにまで伝わったらまずい。「溝間は誰が怪しいと思うん?」


「お前か藤葉」と溝間は容赦ない。「俺と久保岡はいっしょに三階まで地蔵運んださけな。塩生は藤葉を連れてきたけど、塩生がそうせんかったら藤葉はおらんかったってことやからな。藤葉がおって塩生がおらんなんてこともありえんし」


「俺も、溝間に誘われて来た以外は手伝いとかもなんにもしとらんさけか?」


「そうやな。あと、俺と久保岡と塩生は部活を最初から最後までサボっとったのが確認できたけど、お前と藤葉の確認がまだ済んどらん」


「俺と藤葉も部活には出とらんかったよ。確認した。なんなら陸上部の奴に訊いてみてや」

 でも、そんな確認はすべて無意味なのだ。憂美に気付かせてもらった俺が偉そうに言うのもアレだが、あらゆる記憶が弄られている可能性がある。溝間も溝間なりに考えたようだけど、今回は論理とかそういうのはない。ただし、悪意のあるオバケがいるなら、そこだけが唯一の隙だ。整合性の取れた記憶の中で、悪意を隠そうとする演技だけがノイズになりえる。それを見破れたなら五人目を特定できるかもしれない。


「わからん」と溝間は締める。「まあ誰でもいいっちゃ誰でもいいんやけどな。実際に四人から五人に増えたことと、誰が増えたかわからんことが不気味なわけやし。この不気味さはもうどうやっても晴れん」


「うん」


「俺的には、地蔵がどうなったんかも気になるんやって。誰かと入れ替わったんならそっちに落ちとらんかなとも思って探したんやけど……」


「ああ……」そうだな。もともと存在する人物と入れ替わったなら、地蔵は運動場とか体育館に移動しなければならない。とするなら、やはり地蔵はオバケの国へ行ってしまったのか。「……あの地蔵ってどこから持ってきたん?」


「町の墓場んとこに地蔵が六体あるやろ?」


「あるやろ?って俺は溝間とは町違うさけわからん」


「まああるんや。そこから一体もらってきて、えっちらおっちら学校まで運んだんじゃ」


「よお運んできたなあ」


「面白ぇかと思ってな。でもマジで『カエ』が成功するとは思わんかったな。地蔵ならなんでもいいんかな?」


「その墓場の地蔵は特別なものなんか?」


「知らん。普通の地蔵やろ」


「ふうん」まあ見た目も、どこにでもありそうなよくある地蔵だったしなあ。


「なんで地蔵を使って儀式するんやろうな」


「地蔵は子供と関係が深いから? わからん。そうやとしたら大人は呼べんことになるけど」でも子供しか呼べないというルールはなかった。「最初に『カエ』の話を始めたのって溝間やったっけ?」


「ほうや。ウチのジジイから聞いたんや。ほんで塩生の家にあった変な本でやり方を詳しく調べたんやろ?」


「うん」

 俺は直接その本は見ていない。本の内容を要約した『やり方メモ』を見せてもらっただけだ。塩生家の本を溝間と久保岡が抜粋したのだ。だからその作業に微塵も加わっていない俺と藤葉が怪しくなるのは一般的な考え方においては間違っていない。ただし、例えば、塩生家にあったと記憶されている本が実際は久保岡家の所蔵で抜粋作業に関しても溝間と久保岡の二人でしかやっていないとか、そういうこともありえる。その場合、塩生家と久保岡家を調べれば所蔵の有無で塩生を五人目だと指摘することができるはずだが、憂美いわく、記憶だけでなく物体にも処理が施されているおそれがあるので、そうだとしたら、たぶん久保岡家の本は塩生家に移ってしまっているはずだ。記憶に合わせて物体すらもが弄られる。どうしようもない。


「なんかそわそわするけど、普段通りに過ごそうさ」と言い置き、溝間は教室に戻っていく。


 お前の普段通りは少し騒がしすぎるからこれを機に落ち着いてほしいよと思いつつ俺も二組へ帰る。


 興味本位で参加した遊びが一気にキナ臭くなり、それによってヤンキーとこんなに距離が近くなるとは思いもしなかった。仲良くなれたわけじゃないが、絆が深まったというか、結束が強まった。妙な一体感が生まれた。


 陸上部の二年生の部室は体育館下のピロティにあるんだけど、そこへ行くためには運動場の脇を通り抜けるか、いったん正面玄関へ出て中庭を横断しなければならない。要するに一度屋外を歩かなくちゃならないのだが、その途中で知らない女子に話しかけられる。長い黒髪が綺麗な子だった。前髪が真ん中だけ長く、眉間に垂れている。憂美と同じような体格で、目が大きく、鼻がちっちゃい。可愛い。ただ、いきなり指を差されて「誰。誰。誰。誰」と問われるから驚いてしまう。見覚えがないお前こそが五人目のオバケだな?と指摘されたんじゃないかと反射的に思ってしまい、ドキリとする。でも俺も目の前の女子は見かけたことがないためお互い様だ。たぶん三年生か一年生かのどちらかだ。二年生にこんな可愛らしい子はいない。俺は「倉曽利杏です」と名乗り「あなたは誰ですか?」と尋ねる。するとその子は「あう、あう、あう……」と口ごもりながら横滑りするみたいにして立ち去ってしまう。え、変わった歩き方……。歩き方だけでなく、ちょっと変わった子なのかな?と思い、それを部室でみんなに話したら「マジけ!? そいつ『からだとり』やぞ」と慌てふためきながら教えられる。


 婿鵜中学校内で有名な妖怪らしい。名前を訊き、答えないでいる人間の身体を奪い成り代わってしまうんだとか。誰?という問いかけに対して誰でもないのだという態度でいると、誰でもないなら入ります、という具合に侵略してくる。反対に、名乗ってしまえば絶対に手出ししてこず、また、こちらから名前を尋ねるのも非常に有効みたいだ。『からだとり』は名前を持たないからこそ他人の中に入り込むことができるわけで、でも自分に名前がないことを恥じてもいるようだ。


「ほしたら俺の対応、百点満点ってこと?」名乗ったし、名前も訊いてやった。「ていうか、そんな妖怪おるの知らんかったし。怖ぇな。無視せんくてよかったわ」


「お前、平和すぎや」


「でもなんで、名乗らんかったら乗っ取られるってわかるんや? 誰か乗っ取られたことあるん?」


「知らんわ。そういう言い伝えなんや。でも実際におったんやろ? たしかに怖ぇ。俺もう一人で外うろうろできんわ」


「でも顔はメチャクチャ可愛かったわ」


 俺が感想を伝えると、ため息をつかれる。「お前には餝旗さんがおるやろ。あんな美少女捕まえて、他の子に目移りしとんなや。罰当たり」


 なんじゃそりゃ。可愛かったんだから可愛かったって教えてあげたかったんだよ。でもたしかに俺は憂美といっしょにいすぎていろいろと麻痺しているのかもしれない。憂美も超可愛い。だけど見慣れすぎると少しタイプの違う美少女がびっくりするほど可愛く映ったりするのだ。あと、憂美にはなかなか触れられないので、塩生のお尻とかをチャンスがあるならタッチしたくなるのだ。


 それにしても妖怪か。憂美は『からだとり』について知っているんだろうか? 知らなかったらまずいし対処法も伝えておきたいので、俺は部活帰りに憂美の家へ寄る。スマホで事前に連絡すると『わざわざ来なくていいよ』と言われてしまったが、行く!と返したらあきらめたようだった。妖怪に出会った高揚感もあり、今日はなんだか憂美ともっと話したい。


 餝旗家を訪ねると、憂美が長袖シャツとコットンパンツ姿で出迎えてくれる。憂美は何を着ていてもミニチュアのモデルみたいで映える。やや表情が険しいのは、来るなと言ったのに俺が言うことを聞かなかったからだろうか?


「お邪魔します」


 俺が玄関で靴を脱ぎかけると「上がるの?」と言われる。


「え、ダメなん?」


「そんなに長話すんの?」


「や、落ち着いて話したいなと思っただけなんやけど」


「いま誰もいないからなあ、ウチ」


「え」ドッキリ。「……ホントや。なんか静かやね、家の中。親は仕事?」


「うん。もう少ししたら帰ってくると思うんだけど」


「ふうん……で、上がったら嫌? なんか憂美、今日変じゃない? 大丈夫?」


「いや……ごめん。変じゃないよ。上がりたいなら上がれば?」


「うん……」憂美が謝るのも珍しい。すごく変だ。


 でも上がらせてもらう。玄関のすぐ傍にある階段で二階へ行き、廊下を右奥まで進むと憂美の部屋がある。


 何度か入っているので物珍しくもない。いつもの憂美の部屋だ。シンプルで物が少ない。大きな本棚だけがやたらと存在感を放っている。


「で、どうしたの?」となんか事務的に訊かれる。


「今日、妖怪に会ったんや。『からだとり』やって。憂美、知っとった?」


「え、ああ……知ってるよ。名前を訊いてくる妖怪でしょ?」


「なんや、知っとるんか。ほしたら対処法も知っとるん?」


「『自分の名前をちゃんと名乗る』か『名前を訊き返す』」


「なんじゃー。知っとったんやね」


「婿鵜中学校では常識なんじゃないの? でもホントにいたんだね。どんな見た目だったの?」


「普通の女子生徒みたいやったよ」可愛いとかは言わないでおく。「まあ歩き方とかは変やったからたぶん妖怪なんやと思うけど」


「妖怪のフリしてる変な生徒かもね」


「まあなあ。わからん」けれど、実際に出くわしてみて、あれは妖怪だったんだよと言われると、まあ間違いなく妖怪だったんだろうなとは思える。普通の見た目だったけどやっぱり異様だった。「もしかして、あれも『カエ』で生まれた妖怪……オバケなんじゃないやろうな」


「あたしもそれを考えてる」と憂美はすぐ言う。「でも、それよりもよかったなって思えることがあって、オバケはオバケを狙わないと思うんだよね」


「うん? 同士討ちを避けるってこと?」


「そう。何の話をしてるかわかる? 『からだとり』に狙われたんだったら、君はオバケじゃなくってホントに人間なんじゃない?ってこと」


「ああ、まあな。たしかに」『からだとり』みたいな妖怪なら一目見れば俺が人間かオバケかわかるだろうし、オバケ相手だったなら身体を乗っ取ろうとはしないはずだってことね。そもそも『からだとり』はオバケの身体に入り込めそうにないというか、オバケには『からだとり』が入り込むための『人間の身体』がないんじゃないだろうか。「よかったわ。その理屈が絶対に正しいかはわからんけど、また俺の容疑が少し晴れたな」


「容疑とかじゃないけど」


「でも憂美に疑われとるんやったら俺イヤやし」


「ごめんね」


「いや、謝らんくていい」ひょっとして、なんだかんだ言って、やっぱり憂美は俺を警戒していたのかもしれない。俺の来訪も、家に憂美一人しかいない状況だったから難色を示されたのかも。まあ憂美の立場で考えると怖いだろうなと納得できる。俺が悪意のあるオバケだったなら、今がチャンスだと何か企てる危険性があるわけだし。「ねえ、憂美。俺が万が一オバケやったとしても、憂美には絶対何もせんよ。憂美には怖い思いさせんし、傷つけん。マジで」


 憂美が俺の頭に手の平をポンと置き、撫でてくる。「疑ってないから」


「別にいいんや。憂美は賢いさけ、疑って、警戒するのが当たり前やと思う。俺は憂美のそういうところも好きやし」


「疑ってない。あたしの君に対する信頼をそんなふうに貶されると逆に凹んじゃう」


 憂美は賢いし強いし、すごいなあと思う。「憂美、大好きなんやけど」


「知ってる」と憂美は俺を撫でながら微笑んでいる。「あたしも好きだよ」


「付き合いたい」


「んー? これって付き合ってるみたいなもんじゃないの?」


「でも付き合っとらんやろ?」


「付き合ってはないけど。このままじゃダメなの? あたしは君が好きだし、どこにも行かないよ」


「付き合ったらキスできるやん」


「付き合わなくてもできるよ。昨日してあげたじゃん」


「俺からもしたいし、いつでも自由にできる関係がいい」


「……ダメだよって言ったら怒る?」


「怒らんけど」そういえば憂美にイラッとしたりムカついたことって一回もない。憂美は可愛いし心地いいし、いっしょにいるだけで大満足だ。付き合うことにして付き合うのと、付き合わないことにして付き合うのと、何が違うんだろう?


 憂美が俺の頬を両手で押さえ、ゆっくり顔を近づけてくる。憂美が近づいてきてくれるだけでうっとりしてスローモーションになる。それから小さな唇で俺は鼻とか目蓋をついばまれ、さんざんつつかれたあとにようやく唇を合わせてもらえる。柔らかい憂美の唇が、うにゅりと形を変え、俺の上唇と下唇の隙間に埋もれるみたいになる。俺の全感覚が口周りに集結する。俺は微動だにせず憂美が舌を出してくるのを待ち、端から端までを舐めなぞってもらってからほんの少しだけ口を開くことで憂美をさらに奥まで受け入れる。待機していた俺の舌先が憂美に触れ、電撃が走る。舌から股間までが背骨で一直線に繋がったかのように、そのラインで痺れが突き抜ける。俺は最初、憂美の腰辺りに手をやっていたはずだが、いつの間にか憂美の薄いお尻を揉んでいる。無理だ。脱がしたい。


 憂美が顔を離す。「…………」


 あ、終わっちゃった……と無念だが、まずは「ありがとう」とお礼を言う。


「ごちそうさまです」と憂美も頭を下げる。「変じゃなかった?」


「俺は初心者やから知らんし」


「あたしもおんなじだから。予習はしてるけど」


「誰と!?」


「バカなの? ネットでやり方調べただけ」


「そっか……」なんかぼんやりしてしまう。「他の予習も済ませとるん?」


「んー? 予習はだいたいなんでも済ませてるよ」


「ほしたら俺、憂美とやりたいんやけど」


 笑われてしまう。「直球すぎじゃない? 他の子にそういう言い方しちゃダメだよ? 最低だから」


「憂美にしか言わんわ、こんなこと」


「はあ……やっぱ男子ってホントにバカだし、初めてはあたし的にも大変なんだよ? 杏さ、ちゃんと受け止めてくれる?あたしのこと」


「うんうん。もちろん」


「もーやりたくて鼻息荒くなってるだけじゃん」


「いや、初めては痛いし怖いんやろ? わかっとるよ。俺自身も普通に不安やけど、憂美は迎える側やしそりゃ怖いやろな。もちろんゆっくり優しくするし、嫌やったら途中でやめればいいし」


 憂美はぽかんとしてからまた笑う。「わかったわかった。君がやりたいのはよくわかったよ。でも今日はそろそろ母親が帰ってくるから絶対危険。また今度ね」


「うん。ほやね」と俺は残念に思いながらもなんだか安堵していて複雑だ。


 俺の手を握り、憂美が隣にくっついて座ってくる。「もう少しだけ時間があるから、なんか話そっか」


「うん。憂美、好きや」


「ふふ……バカみたい。なんかそういうのも嫌いじゃないけど、愛を囁き合って時間を潰すつもり?」


「うーん……憂美と話しとって何か閃いたんやけどな、さっき……あ、そうや! 『からだとり』に見てもらえば、誰が五人目のオバケなんか判明するってことなんやよな? 『からだとり』が名前を訊こうとしない奴がオバケ。そうやろ?」


「たぶん。そうかも」


「ただ問題は、『からだとり』にいつでも出会えるわけじゃないってことなんやよな」


「あと、『からだとり』ってあたし達が連れ回したりできるの? 出会ったらまず杏に名前を尋ねてきて、それで杏が答えたら退散しちゃうんでしょ? かといって答えなかったら身体を奪われちゃうし。難しくない?」


「そうやなあ……」名前を訊かれた時点でロックオンされているわけだから、もう長時間の無視はできなくなるんだよな。仮にその場にオバケ容疑者を連れてきて『からだとり』と引き合わせても、既にロックオンが完了しているから別の対象に改めて名前を訊いたりしないはずだ。そもそも『からだとり』と『対象者』以外が現場に居合わせられるのかも定かじゃない。オバケって第三者が来ると逃げていく印象がある。唯一できそうなのが、こちらから先に『からだとり』を捕捉して、『からだとり』がこちらをロックオンするより早く、容疑者を向かわせて対峙させることくらいか。でも妖怪が常に校内を歩き回っていてくれないとこの作戦は実行不可だ。俺に迫ってきたときの『からだとり』って、徘徊していたというよりはいきなり現れたみたいな雰囲気があったからな。あと、オバケ容疑者が素直に『からだとり』に向かっていってくれるかも疑問だ。「考え損かなあ……」


「考え方自体はいいんだけどね。オバケは人間のに対するときと、オバケに対するときで、たぶん挙動が違う」


「うん……」でもやっぱり無茶そうだ。『からだとり』とコミュニケーションが図れれば最高なんだけれど。そんなことができたら妖怪じゃない。


「ちょっと違う話ししてもいい?」と憂美がスマホを取り出しながら言う。ディスプレイを眺める。「ここ……宇羽県って、六体の地蔵の霊力で創られた土地だって知ってる?」


「え、え、なに?」俺は少し笑う。「なんや?それ。マジで言っとる?」


「昔話だよ。各地の霊力を地蔵に込めて、そういう地蔵を六体集めて宇羽県を創ったんだって。地蔵はその際に粉々になり、霊力が宇羽県に降り注いだ……だってさ」


「初めて聞いたわ」


「宇羽県民なのに?」


「そんなのマイナー昔話やろ」


「でも地蔵が出てくると、なんか気にならない? 『カエ』も地蔵を使う儀式だし、無関係じゃない気がする」


「つってもなあ……」分析することに意味はあるのか?


「あたし思ってたんだけどさ、『カエ』って地蔵と引き換えにオバケを呼ぶ術だって話だけど、実際はもっといろんなところに影響を与えてるよね?」


「人の記憶とか、憂美が言うには道具とか家具とか家とか……物体にまで。整合性を取るためにやろ?」


「そう。でもそこまで行くと、それってもう降霊術どころじゃないよね。世界自体に影響がある」


「ほやね。それは俺も思っとった。オバケを呼ぶためにいろんな人の記憶を弄らないかんくなる」


「だから『カエ』ってさ、どっちかというと世界をちょっとだけ変容させる儀式なんだなと思って。そして、そう考えると昔話と繋がりそうじゃない? 昔話の六地蔵は、その力で宇羽県を……言い換えるなら小さな世界を創ったわけだから」


「まあな。なんで地蔵が世界を変えたり創ったりできるのかはわからんけど」


「昔話だと、世界を創ったのは神様だし、地蔵は道具に過ぎないんだけどね」


「まあ、『カエ』でも地蔵は道具やけど。やってるのは人間……」


「だね!」憂美は楽しそうに俺を指差す。こういう話が好きなのだ、憂美は。俺はこういう話を楽しそうにしている憂美が好きだ。「この土地は、もともと地蔵を用いていろんなことをやってたんじゃない? 地蔵に力が宿りやすい土地……そう信じられてきたんじゃないかな。そもそもで地蔵から生まれてきたようなもんだしね」


「地蔵のおかげでできた土地だから、地蔵の見方も他県と異なるってか」


「ありえるんじゃない? 『カエ』みたいな儀式に地蔵をピンポイントで利用するとか、珍しくない? 人形とかならわかるよ? でも地蔵は普通地蔵だよ。儀式とかに使ったりしない」


「うん」

 まあ本筋からはだいぶ逸れた。『カエ』は地蔵を用いた儀式で、それは降霊術というよりは世界改変術で、でもそう考えたら宇羽県の昔話と共通項があって面白いねみたいな流れ。面白いけど、『カエ』によって生み出されたオバケを特定するヒントにはならなさそうだ。


 ちょうど憂美のお母さんも帰宅したみたいだ。俺も帰るか。せっかくなので挨拶をしてから退出しようと思うんだが、憂美に「気付かれないようにそっと帰ってよ」と言われる。


「なんで」


「なんか恥ずかしいじゃん」照れ臭そうにする憂美は珍しくて可愛い。


 俺が「どうせ靴でバレバレやよ」と指摘すると、これまた珍しく思い至っていなかったのか、憂美がうつむいてバシバシ叩いてくる。賢くない憂美も可愛い。


 最後にキスがしたい……と思うけれど、たぶん叩かれるだけなのでやめておく。憂美みたいに落ち着いたキスができる自信もない。

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