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カエ  作者: 上代朝哉
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カエ

 ちゃんと四隅(よすみ)があり、天井から俯瞰したときにできるだけ正方形に近い部屋がいいらしい。その部屋の中央に地蔵を置き、人を一人ずつ隅に立たせ、そこから一斉に中央へ向けて走ってもらう。中央には地蔵がいるが、これにぶつからないように、もちろん他人ともぶつからないように上手く走り抜けてそれぞれが対角線上の隅まで移動する。そこからUターンし、もう一度中央に集まり、今度は地蔵も含めてやんわりで構わないからみんなでぶつかり合い、揉みくちゃになり、おしくらまんじゅうのようにしているといつの間にか地蔵が消えて人間が一人増えているらしい。これを『カエ』と呼ぶ。よくある怖い話の、降霊術の類いだ。俺は『おしくらまんじゅう』という言葉の意味の方がわからなかったが、要するにそれぞれの身体で互いに押し合ってわちゃわちゃするみたいな昔の遊びの名称とのことだった。


 こんな話を誰から聞いたのか、溝間波〆(みぞまはじめ)が町内からわざわざここまで運んできた地蔵で試してみようと言うので、中学校の空き教室は条件的にもぴったりだったし、面白そうだし、参加してやった。四人それぞれが誰にもぶつからないように隅から隅へまっすぐ綺麗に走り抜けるなんて無理だろうと思っていたし、ぐだぐだになりそうだなと予想しながらも、でもその場の楽しさ重視だった。


 しかし、やり始めてゾッとした。最初の一回目で俺達四人はすんなりと地蔵の脇を通り、誰とも接触することなく部屋の隅へ到着できてしまったのだ。走りながらスピードを調整したわけでもなく、まずは雰囲気を確かめるために適当に走ってみるかー、と走った結果がこれだった。統率された行進のように、プログラムされたドローンショーのように、気持ち悪いくらいヌルリと交差できた。上手くいきすぎているから四隅に戻った時点で誰かが茶化したりして一時中断になるんじゃないかと俺は思っていたし、期待したんだが、誰も何も言わずに続行となり、俺は再度地蔵のいる中央を目視した瞬間にもう嫌になった。記憶違いでなければ、既に地蔵がいなかった。じゃあその地蔵はどこへ行ったのかとか他の三人はそれに気付いた様子だったかなどまでは確認する間もなく、そのままの流れで、惰性みたいに、吸い込まれるように俺は中央へUターンした。他の三人も同じだった。そうして中央で再会した俺達は、聞いていた通りの方法で身体をぶつけ合って入り乱れて、なんとなくわーわーと騒いだ。


 五人になっている。


 自然すぎて何も反応できなかった。いきなり五人目が出現するとかではなく、いつの間にか俺達は五人だ。そして気味の悪いことに、誰が増えたのかがわからないのだ。俺は全員を順番に眺める。溝間波〆、久保岡力闘(くぼおかまいと)塩生(しおう)きろり、藤葉運(ふじはうん)……それから俺。間違いなく五人いて、五人いたら四隅だけを使って遊べるはずがないなのに、走っていても何の違和感もなかった。


「え、おお!?」と溝間も声を上げる。「増えとるやん。いきなり成功か? っつーか増えたの誰? 全員最初からおらんかったっけ?」


 マジでそうなのだ。全員が最初からいた。『カエ』を開始する前、俺は四人全員と喋った記憶があるし、四人全員が参加者だと認識している。でもそんなわけないのだ。開始時にはいなかった奴がいる。いないとおかしい。


「増えるってこういうことなん?」と久保岡は苦笑している。「俺は、知らん人がいきなり現れるんかと思っとったんやけど」


 俺も同じくだ。降霊術だと聞いていたので、幽霊が出てくるみたいな認識だった。顔見知りが一人増えて、しかも最初からいましたみたいな話になるとは予想もしていなかった。おまけに、俺達の記憶にまで手が加えられている。五人いたら四隅から走れないのに、こいつは絶対にいなかった!と断定できる奴が誰もいないのだ。全員いた。だがいるはずない。それは俺達の頭がおかしくなっているからこそ発生する矛盾だ。気持ち悪い。


 俺は一人一人を確認する。溝間は町の地蔵を中学校まで持ってきた今回の立役者とも言えるヤンキーだ。ヤンキーは好きじゃないから普段は絡まないけれど、『カエ』は興味があったから、直接誘われたのもあって参加した。久保岡は溝間に協力して生徒玄関からここまで地蔵を運んできていた。そしてそのまま『カエ』に参加したのだ。運動神経のいい生徒で、ヤンキーじゃない。俺と同じく誘われての参加。塩生は女子のヤンキー。胸もお尻もでかくて『おしくらまんじゅう』するときに触れないかな?と思ったらからこそ俺は溝間の誘いに乗ったわけで、塩生がいなかったら参加したかどうかは五分五分だ。藤葉は小柄でおとなしい女子。仲間内が『カエ』を怖がって参加しないから、このままだと企画倒れになるということで、塩生が無理矢理連れてきたメンバーでちょっと可哀想。


 うん。全員が最初からいた。参加することになった経緯も含めて俺は把握している。でも、この考え方自体がもう間違っているのかもしれない。だって俺達は記憶を弄られていて、いるはずのない五人目を最初からいたと思い込んでいる。だったら、そいつが参加するに至った背景からして既に偽りの記憶なんじゃないのか? 五人目が現れた瞬間から俺達に埋め込まれた後出しの記憶で、最初からそうだったように認識しているけれど、実際はそうじゃないのだ。たぶん。なんか頭がこんがらがってきた。


 一応訊いてみる。「この中で、自分こそがあとから現れた『五人目』やよって奴おる?」


「はーい」と塩生が挙手するが、すぐ「嘘~」と笑って手を下げる。「マジで誰が増えたん? 超怖いんやけど。藤パン、お前じゃねえの?増えたの」


 おどおどする藤葉。「わ、わたしは塩生さんに連れてこられて……」


「はいはい。冗談やん。お前も最初からおったもんな。じゃあ誰なん? 倉曽利(くらそり)か?」


 いきなり俺に振られ「はあ?」と返すしかない。「俺はおったわ」


 溝間も「倉曽利は俺が誘った。間違いない」と証明してくれる。が、俺は既にその証明自体に価値がないことに気付いている。倉曽利(あん)を誘ったのだ、という記憶を溝間があとから埋め込まれている可能性は排除できない。そしてそれは全員のあらゆる記憶に対して言える。


「い、いきなり『五人目』として現れたんなら……」藤葉がおずおずと口を開く。「現れる前までは、その人、どこか別の場所で部活とか、しとったんかな? そしたら、他の部員から見たら、その人が消えたように見える、よね……?」


 今は放課後で、大半の生徒は部活動に勤しんでいるはずの時間だ。たしかに。俺達の弄られた記憶ではもうそれが誰なのかは判断できないが、俺達の中の誰かが五人目なのは間違いないし、だとしたらそいつが出現する直前はどこかで例えば部活でもやっていたかもしれないし、その姿は誰かに視認されていた可能性が高い。


 俺と藤葉は男女合同の陸上部、溝間と久保岡は野球部、塩生はバレー部。俺達は今日、部活をサボって遊んでいるが、普段なら間違いなく出席しているだろうから、消えてこちらに現れたなら誰かがそれに気付かないわけがない。明日になれば五人目も判明するということか。


「つーか成功すると思わんかった。地蔵どうしよ。町内会にバレたらぶっ殺されっかもしれん」


 溝間の絶望は知らない。俺は人数合わせに協力してやっただけだ。なんだかんだで塩生のお尻も触れなかったし薄気味悪いしでやっぱりヤンキーなんかと遊ばなければよかったという後悔が強い。


『カエ』は完了し地蔵が消失してしまったのでこれ以上ここにいてもどうしようもないということで解散になり、部活へ遅刻して行くこともできたが今日はもうかったるいし、帰ることにする。いったん二年二組の教室へ戻ると、餝旗憂美(かざきうみ)が待っていてくれて「よ。大丈夫だった? 悪魔降臨しなかった?」などと囃してくる。


「いやー、やばかったわ」

 俺は起こったことを話す。一発目から不自然なほどスムーズに進む『カエ』。消える地蔵。いつの間にかいるけれど誰なのか特定できない五人目。弄られている記憶。


 俺を迎えるなりからずっとニヤニヤしていた憂美だったが、話を進めていくとさすがに表情を変える。硬くする。憂美は小学生の頃に最乃宮から越してきた子で、意地悪そうな高級猫を彷彿とさせる目付きや口元などがちょっと他人を遠ざけているが、近寄りがたいだけで実は陰でモテまくっているのを俺は知っている。顔立ちが明確に綺麗なのだ。俺は中学校に来てから憂美と出会ったんだけど、白い肌とか色素の薄い髪に惹かれて恥ずかしげもなく寄っていったらなんか仲良くなれた。


 顔をこわばらせていても憂美は様になる。「たぶんさ、部活の出欠なんかを確認しても五人目の正体はわかんないままだと思うよ」


「えっ、なんでよ」俺は疑問だ。「部活しとって、誰も見とらんところに一人でおるのなんて稀やぞ? 絶対に誰かの視界に入っとるって。おらんくなったらわかる。それに、消える瞬間を目撃せんくてもいいやん? 部活中におらんくなった生徒がおれば、そいつが五人目で決まりや」


「そんな簡単にいかないよ。杏さ、なんで君達だけしか記憶を弄られてないと思うの? そんなの普通、全員の記憶を弄るに決まってんじゃん」


「全員って、婿鵜(むこう)中学校の人間全員の?」


「矛盾が起きなくなるように、必要な生き物すべての」


「ま……」

 マジかあ。でもそれもそうだな。俺達五人だけを完璧に騙しているのに他がガバガバだったら全然意味ないもんな。そんな、あとから五人目があっさり発覚する程度のカラクリだったら、当事者四人だけをスッポリ術中にハメる必要性なんてない。それなら、知らない五人目が現れました!誰!?わー怖い!ぐらいの方がまだ有意義かもしれない。


「……杏さ、ピンと来てる? あたしの言いたいことの意味、察した?」


「察しとらん。わからん。なんかまだ言いたいことあるん? 杏くん格好いいとか?」


「バカ。真面目な話だよ」


「なんや」


 なんか憂美は緊迫しているふうだが、俺はただ憂美と話していて楽しいくらいの感情しかない。憂美は見ていて美しいし、言葉のキャッチボールも個人的にしやすいし、いっしょにいて心地いい。『杏さ』が砕けた『あのさ』みたいに聞こえるのも面白い。憂美も俺の名前は発音しづらいらしく、ときどき『君』などと呼んでくるが俺は許可している。


「わかんないか。その五人目の生徒って入学当初からいた同級生だと思ってるでしょ? たぶん違うよ。正真正銘、儀式で新しく生まれてきたオバケだよ」


「は? 意味わからん。だって俺、あいつら四人のこと前から知っとるし……あ」違う。もはやそういう段階じゃないのだ。記憶を弄ることができるなら、さらにもっと高度な展開もありえる。五人目を以前から在籍していた同級生であるかのように配置し、俺達の記憶を自然なふうに整えることだって不可能じゃない。「え、怖っ。ほしたら俺が前々から顔見知りやと思っとる誰かが実は初対面なんやけど俺が気付けとらんて可能性があるんやな?」


「……可能性っていうか、そうなんじゃない?」


「でもそんな、いきなり誕生したんやとしたら家とかどうするん? 住むとこなくない?」


「なんでだよ。適当な家の子供にしてしまえばいいじゃん」


「は? あ、そっか……」無関係な大人の記憶だって弄れるのか。


「記憶だけだと難しいから、その家の構造とか家具とか、諸々が創り変えられたりしてるかもね。誰も気付かない内に」


「も、物まで変わるん!?」


「だって、ベッドとか食器とか教科書とかないと、その子も困るじゃん?」


「困るけど……」

 そんな、人間の記憶どころじゃなくて物体まで消したり足したりされているんだとしたら、やばくない? いくらなんでも、俺達子供のイタズラでそこまで世界に影響が出るか?


 俺の顔色を見て取り、憂美が言う。「もともと地蔵と引き換えに霊を降ろす儀式なんでしょ? だったら知り合いがどこからかワープしてくるって考えるより、新たな存在がこの世に出現するって考えた方が自然だよね?」


「…………」

 そうだ。久保岡も不思議がっていたが、そもそも『知らん人がいきなり現れる』はずの降霊術なのだ。だから憂美の読みは正しい。知っている人を呼び寄せる術では決してない。


「『カエ』だっけ? だからあんな儀式やめときなって、あたし言ったじゃん」


「なあ、その五人目って、もとからいました~みたいな素知らぬ顔して、ひっそりと俺らを殺しに来るとかじゃないやろうな?」


「知らないよ」


「知らないよって、ひでえ……」


「あたしはやめなって言ったよね? なんで参加したの?」


「いや……」塩生の柔らかいところを触りたかったなんて言えない……。


「まあ参加したから必ず殺されるわけではないと思うけど。『カエ』の実際の概要ってどんなの?」


「俺が聞いとったのは、その儀式をおこなうと人が一人増える……ってことだけ」


「あたしも調べたけど、たしかにそれだけなんだよね。増えた人が何者なのか、参加した人達がどうなるのかはわかんなかった」


「調べてくれたん!?」


 憂美がジト目になる。「調べたよー。あたしの可愛いおバカさんが止めても聞かないから、危険性だけでも念のためにと思ってね」


「憂美ちゃん……しゅき」


「バーカ。まさか儀式が成功するなんて思ってもみなかったけど。でもこういう田舎の儀式って、本物だったりすることもあるから怖いんだよね。実際本物だったわけだし」


「ホントにな……」


「しかも一発目から成功したんでしょ? 誘い込まれてるよね。成功するべくして成功してるって感じ。気味悪い」


「マジでそんな感じやった。あ、なんか成功しそう、あ、あ、これ絶対成功するわ、やばい、あ、あ……みたいな。やめたいのにやめれんくなるんやって」


「怖ーい」と憂美は気がなさそうに口ずさむ。「もうひとつ、君なら察してくれるかと思ったんだけど、ダメか。まあ察したくない防衛本能もあるのかもしれないけど」


「もう察したくない。なんや?」


「君が五人目かもしれないよね?」


「うーわっ……」エグ。ズバッと言うなあ。でもそれもたしかにだ。十四年間生きてきましたって自負はあるけど、これも作為的なものかもしれないわけだ。俺はさっき生まれたばかりで、世界は俺のために少し整備されて、二年二組に座席が設けられて自宅を用意してもらって、友達も……。「ほしたら憂美ももしかしたら記憶を弄られて俺のこと恋人やと思っとるってことになるんやな」


「恋人じゃない」


「はは」


「君があたしの記憶を弄ろうとしないでよ。ただの友達だから」


「うん」ただじゃない。大切な友達。


「……あんまり動揺しないね」


「まあ。そういう可能性もあるんやろうけど、俺は俺がまともやってわかっとるさけ。や、その記憶も創られたもんやって言いたいんやろ? わかっとるよ? でも、それも含めて俺は大丈夫かなって思っとる。だって俺、自分がみんなを呪い殺してやろうと思っとらんの、知っとるし」


「そっか」と憂美も少し安心したふうに息をつく。


「怖かったら俺から離れてもいいよ」


「全然怖くない」憂美は自分の席にいて、俺はその手前の座席を拝借して話していたのだが、憂美が不意に上半身を傾け、顔を近づけてきて俺にキスする。驚愕した。俺と憂美は一年の頃からずっと仲がよかったけれど、お互いにあんまり触れ合ったことがなく、当然唇と唇の接触だってありえなくて、嬉しいとか美味しいとかよりもどうしたの!?と思ってしまう。「あたしは杏を信じてる」


「え、てか、チュウせんかった?」


「してない」


「したし」遅ればせながらに感触が浮かび上がる。憂美は比較的小柄で、小顔で、だから唇も小さいのか、なんか、鳥に優しくつつかれているみたいなキスだった。「ね、もう一回せん?」


「だから一回もしてないし」憂美は俺の額をバシッとはたくようにし、その手でそのまま俺を撫でる。「それよりも考えなくちゃいけないことがあるんじゃない?」


「憂美との将来?」


「バカだね。五人目が安全なオバケなのかどうかだよ」


「俺達を殺しに来ないかどうかってことか?」『カエ』を終えて五人になった空き教室で、不審な奴は一人もいなかった。みんながみんな、増えた五人目が誰なのか、不思議で不気味でいられないといった雰囲気だった。あの中に悪意を持ったオバケがいるんだとしたら、記憶に準じて空気を読みながらとぼけているってことなんだろう? そんな如何にも怪しげに映る奴は不在だった。悪意のないただの一人の中学生として生まれてそれ以上どうするつもりもないのか、あるいは邪悪さを隠す演技がメチャクチャ上手くて俺達をまんまと欺いたのか、どちらだ? 「確かめる方法がないよなあ。なんとも言えん」


「藤葉さんと塩生さんと、溝間と久保岡くんだっけ?」


「そう。それと俺」


「五人いるよねー。儀式を始める前に聞いたときは絶対四人だったはずなのに。誰かが増えてるんだよね……不思議」


「全員最初からおった気がするやろ?」


「うん。誰を省いてもおかしくなる」


「そうなんやって。でも……なあ」


「うん?」


「なんでここまで完璧に記憶を弄ってくるのに、四人が五人に増えたっていうミステリーポイントだけはそのまんまなんやろ。これって不自然じゃねえ? もっと執拗に記憶を弄って、誰も不審点に気付かんくしてまえばいいのに。そう思わん?」


「四隅を使っておこなう儀式だから、隠せないんじゃない?」


「いや、無理矢理隠そうと思えば隠せるやん。例えば、五人目は儀式を見守っとった人でした、とか。もしそれをやられとったら、俺らはまったく気付かんまま、儀式も失敗したと思い込んだまま、五人目を迎えることになったんやぞ?」


「それだとダメだよ」憂美は首を振る。「『カエ』は必ず四人でやらなくちゃいけなくて、見学者がいたら成功しない。だよね?」


「そうや。あー……なんとなく憂美の言いたいことがわかるようなわからんような」


「五人目が見守ってたら儀式は絶対に失敗するんだから、そもそもそんな五人目を部屋に入れるわけないじゃん。記憶を弄ったって、その五人目を部屋に入れた経緯がおかしくなっちゃうよ」


「儀式中やと知らずに途中で部屋に入ってもうたことにするとか……厳しいか」


「でもそういう『見守ってる』とか『途中で入ってきちゃった』みたいな人を五人目にすると、向こう側にもリスクがあるよね。あたしみたいに勘付く人がもしもいたら、その人がオバケで確定しちゃうじゃん?」


「まあ。まあなー」

 本来、誰もこんなふうに疑わないのかもしれない。四人で儀式をしたらたしかに一人増えたけど、誰が増えたんだろう?くらいで終わる話なのかもしれない。


「あと、単純にオバケは地蔵と入れ替わるわけだから、地蔵の位置からしか出てこれないんじゃない? そうだとしたら『見学』とか『途中入室』みたいなシチュエーションにはできないよね」


 それもあるか。俺達四人がわちゃわちゃしている騒ぎに紛れて出現するんだから一人だけ部外者みたいな顔をしてもいられないよな。


「つっても、どうしても隠匿したいんやったら、こんなふうに強引にやることもできるぞ。俺達五人は『カエ』とは全然違う遊びをしてました……っていう記憶にしてまえばいいんや」


「『カエ』のあとに『カエ』をなかったことにする仕組みだったら、誰も『カエ』ができないじゃん。『カエ』がなかったことにされるんだとしたら、誰も『カエ』を知り得ないことになっちゃう」


「卵が先か鶏が先かみたいな話やな」話かな? だんだんわけがわからなくなってくる。脳天の少し奥が痒くなる。


「誰が広めたのかは知らないけど、『カエ』はやってもらわなくちゃ意味ないから、存在そのものを隠してたら本末転倒なんだよ。廃れちゃうでしょ?」


「あー……オバケ側としたら、それがこっちに来るための手段やもんな。ほどほどにわからんようにするくらいでちょうどいいんか」

 四人が五人に増える(くだり)……は意図的に隠していないのかもしれない。なるほど。オバケも考えている。


 憂美が伸びをして立ち上がる。「じゃ、そんな感じで、帰る? 部活行く?」


「帰る」俺も倣って席を立つ。


『カエ』の話で盛り上がっていたけれど、俺の思考は別のところにあって、キスキスキスだ。憂美の唇。憂美はファーストキスだったんだろうか? 小学校の頃は誰ともつるんでいなくて中学校では俺とべったりっぽいから誰かとキスをするタイミングなんてなさそう。引っ越して来る前だとさすがに幼すぎるし、たぶん誰ともしていない。していたとしても幼児のキスなんてノーカンだろう。


 俺は憂美の手を取り、お返しのチュウをしようとするが、手に触れた時点で払われて追撃のビンタを食らう。もちろん手加減してもらえるけれど、それはそうとさっきのキスはなんだったんだろう?


 俺も五人目のオバケである可能性がある。だけど俺がオバケならオバケで、それで構わないって気分だ。俺には普通に生きてきた記憶があるし、これからも生きていくつもりだ。それって周囲の誰とも大差ないし、悲しいことじゃない。記憶だ。記憶の有無こそが問題。それがきちんとあって、世界全体も俺に合わせてくれているんだとしたら、それで充分。実は腹黒い別の五人目が俺達を狙っているかもしれないと警戒し続けるより遥かに楽だ。

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