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ぼんやりとした意識が真ん中に光をとらえて、ゆっくりゆっくり外側に向かって広がっていく。目の焦点がようやく合うと、お姉さんがこちらに気がついて、微笑んだ。

「おはよう。よく眠れた?」

無理やり眠らされたせいか、ネルの頭がズキズキと傷んだ。起きあがろうとして、うまく身体が動かないことに気がつく。どうやら、手足を縛られているようだった。

「……!」

声を出そうとするが、くぐもってしまう。口もテープで塞がれているいるらしい。

『知らない人にもらったご飯を食べたらダメだって、子どもでも知っているようなことなのに…』

「ご挨拶が遅れたけれど……、初めまして。」

〝初めまして。〟その挨拶に、血の気が波のように引いていく。

「わたしは第7王女、ユン・アイリス。」

ユンは裾を持ち上げて頭を下げた。薄暗い部屋で月明かりを受けると、その仕草の美しさは不気味にも感じられた。

「わたし、見ちゃったのよね。貴方たちが即位式の日に、二人で歩いているところ。」

『見られてた…!?まさか……!!』

ネルの動揺が身体に伝わり、床に当たってガタンと音がなった。それを見て、ユンは冷ややかな笑みを浮かべている。

「怖がらなくて大丈夫よ。もうすぐ貴方の〝真実〟が助けに来てくれるから。〝真実〟の首を取って、第一王子……現国王にに差し出せばどうなるかしら。あたしたちのこの国での地位はきっと確固たるものになるわ。」



ツェンは一人、指定の場所に来ていた。護衛はもちろんつけておらず、武器も持っていない。

瞬間、ツェンの背後に影が降り立った。

「本当に一人で来たようだな。」

「約束どおりね。武器も持ってないよ。」

ツェンは両手をあげてみせる。相手は顔を隠していた。だが、声は聞いたことがあるような気がする。

「そのようだな。案内しよう、乗れ。」

ツェンは黙って従い、馬車に乗ろうと階段に足をかける。背中を向けた瞬間、後ろ手に縛られた。目隠しをされ、馬車に押し込まれる。倒れ込むように席につく。

予想していたツェンは、落ち着いて思考を働かせていた。馬車といえば、一級品だ。普通の国民なら到底手が出ないような品物である。

『……貴族か、王家の人間か。』

馬車が走り出し、揺られていく。思考を巡らせる中で、ツェンはふと思い至った。

「声に聞き覚えがある。君は、第7王女の近衛騎士、マークだね。」

ツェンがいうと、相手の呼吸が僅かに乱れた。

『当たりか。』

「第7王女は、第3王子の妹だったね。第3王子の即位を影ながらサポートしていたと思うけれど……第1王子が即位した今、なぜなんの権力もない第20王女のネル姫を危険に晒す?」

「情報を引き出そうとしても、無駄だ。」

マークが言った。

「私は何も知らされていない。あの方はあまり人を信用なさらない。

私も大勢と同じように……あの方に信頼されていないのだ。虚しいことにな。」

『へえ、ボクとエクスとは正反対だな。』

ツェンは昔、何かの式典で第7王女にあった日のことを思い出していた。かなり勝気で、ネル姫のような権力のない人間には興味がないという印象だった。

『そんな人間が、第20王女の入れ替わりに気がついただけで、ここまでするだろうか。』

馬車がどこかにつき、目が見えないままで歩かされる。建物に入っていくのを感じた。

「連れて参りました。」マークが言う。

「ありがと、下がっていいよ。」女が言った。マークが頭を下げて、下がっていく気配がする。

いなくなると目隠しを取られた。予想通り、目の前に第7王女、ユンがいた。錫杖のような獲物を背負って、こちらを見下げていた。

『やはり、ユン姉様か。』

ユンはこちらを頭からつま先までじっと眺めてから、眉を顰めた。

「貴方……、誰?騎士よね?わたしは、ネル姫の〝真実〟に来いと頼んだはずだけど?」

『なんだ?入れ替わりに気がついた訳じゃないのか?じゃあ、なに……』

「ああ。でもよく見るとやっぱり似ているわね。髪や瞳の色を変えて、誤魔化しているようだけれど、顔のパーツがまるでそっくり。」

ツェンは相手の出方を伺うように、黙って聞いている。

「わたし、見ちゃったのよね。貴方たちが即位式の日に、二人で歩いているところ。顔のそっくりな二人だったから、すぐに分かったわ。

貴方たち……双子なんでしょ?」

『は?』

ツェンは口から言葉が出そうになるのを必死に堪えた。

「実は第一皇后の子どもは双子で、片方が男だったから、狙われないように隠していたなんてね。このことを兄弟たちが知ったら皆が貴方を放って置かないでしょうよ。」

『そうきたか……!なるほど、いろいろ合点がいってきた。お母様に息子がいる、と思われるのはかなりマズイが、名前を呼ばれて即死する危険はなさそうだ。』

「そういう訳で、男の方を呼び寄せるために、女の方を誘拐させてもらったわけ。でもまさか、騎士としてこんなにそばにいたなんてね。灯台下暗しとはこのことだわ。」

「ネルは無事なの?」

「無事も無事よ、あたしは約束は守る女なの。ただ、返すとは一言もいってないけどね。」

ユンはツェンを立たせて無理やり歩かせる。

「会いたくてしょうがないだろうから、お姫様に会わせてあげるわ。明日になれば仲良く現国王に対面して、天国まで一緒に行けるでしょう。」

『やっぱり、権力狙いか。』

ツェンは口を開く。

「貴方は確か、兄である第3王子を即位させることが目的だったはずだ。第3王子が跡目争いに負けたからといって、国王に取り入ることを選ぶのか。」

「力を手に入れるためなら、手段なんて選んでられないわ。なんだってやる。両親共にこの国生まれの貴方には分からないでしょうけど、あたしたちの肩には母国の命運がのっているのよ。」

「本当に、第1王子でいいの?」

ツェンはさらに問いかける。

「第1王子の権力が安泰だと本当に思っているの?手段を選ばずとも、人は選ばないと取り返しのつかないことになるよ。」

「……うるさいわね。あたしだって、散々考えたわよ。」

ユンはツェンを足で蹴り飛ばし、牢に放り込む。

「よく吠える負け犬ね。そこで大人しくしてなさい。どうせ明日の朝には口もきけなくなるわ。」

ユンが去っていく。

「いったいなー、もう。」

ツェンは文句を言いながら起き上がる。と、そこに、手足を縛られて転がっているネルの姿を見つけた。

「ネル……!!!」

ツェンは喜びに身体を任せてにじり寄っていく。どうやらネルは、口まで塞がれているらしい。

「ごめんね。ちょっと痛いかも。」

ネルの口に貼られたテープの端を、ツェンは歯で噛むと、勢いよく剥がしてやった。

「どうして来たの……」

ネルが弱々しく言った。目からぼろぼろと、涙がこぼれている。

「当たり前じゃん。

ボクはネルの、騎士だからね。」

ツェンが微笑む。

「むしろ、怖い目に合わせてごめんね。」

「ちがうの、ちがう。正体がバレて、ツェンまで危ない目に…」

「よく聞いて、ネル。」ツェンは優しく語りかける。「ネルの正体はバレてないみたい。だからネルは、何も悪くないよ。」

「嘘だ!私を安心させようと嘘ついたって、ダメなんだからね。」

『ネルって泣くとこんな感じなんだ。』

ツェンはぼろぼろと涙を流し続けるツェンを見て、思う。自分の手が縛られていることが、ひどくもどかしかった。

『頭を撫でてあげられたらな。』

そう思ってから、自分の感情に疑問を抱く。

『いまボク、何を思ったんだ。こんな状況で変なの。手足が動かせたらすべきことなんて、他にたくさんあるのに。』

ツェンは首を振って、現実に焦点を当てる。

「正体はバレてないけど、ボクが第一皇后の息子かも……とは思ってるみたい。ボクらを明日にでも現国王に差し出す気みたいだけど…」

それを聞いて、またネルの目から涙がこぼれだす。

「ツェンが、ツェンが死んじゃう……」

「大丈夫!安心してほしい。策はあるから。」

そう言ってツェンは、舌をべっと出した。そこには小さな四角い板のようなものが、三枚光っていた。

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