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「さあ、たんとお食べ。」

目の前にはありとあらゆる甘いお菓子がずらりと並んでいる。その向こうでどうぞと手のひらを差し出すのは、ストレートの灰色の髪に黒のメッシュ、深緑の切れ長の目が綺麗な、肌の白いお姉さんだ。

「あの、もうすぐツェンがお菓子を買ってきてくれるはずなので……」

ネルは甘いにおいから鼻を逃すように斜め上を見ながら言った。

「でもね、ツェンが行ったお店は有名で、いつもすごい行列ができているから、まだまだ時間がかかると思うよ。先に食べなよ。」

それからネルをじっと見つめて。

「あなた確か、甘いもの好きだったよね。」

「はい、大好きです!!!」

それを言われてしまうと、食べるしかない。

辛党のネルは内心涙目になりながら、たくさんの甘いお菓子を口にほうばった。

お姉さんに連れてこられたのは、小綺麗な食堂のようなところだった。お姉さんはにこにことしながら、たまに観察するように見つめてくる。

『見なりは綺麗だし、親切だし、きっといい人……だよね?』

「久しぶりね。ネル。」

「はい、お久しぶりです。」

ネルは内心冷や冷やとしながら、話を合わせる。

「お兄様の即位式後のパーティで久しぶりにお話しできるかと思いきや、貴方。式が終わるや否やいなくなってしまったじゃない。どうして?」

ネルとツェンが、会った日のことだろう。ネルは彼女が、ツェンの姉だということに確信を持ちながら、話を合わせる。

「あはは……ああいう堅苦しい式ってどうにも苦手なんです。」

「あら、そうなの。同じね、あたしもよ。」

お姉さんが微笑む。その美しさに、ネルは思わずどきりとしてしまった。ツェンがコスモスのような愛らしい花なら、お姉さんは菫のような凛とした雰囲気を持つ人だった。

『お姫様ってみんな、オーラがあるな。……ツェンの腹違いのお姉さんみたいだし、バレないように気をつけつつ、なんとか乗り切ろう。』

ネルは相手の素性が僅かでもわかり、少し安心する。

「式を抜け出して、どこへ行っていたの?」

「えっと…、街の通りの方を散歩していたんです。」

「誰と?」

「へ?」

「一人で……なんてそんな訳ないわよね。」

「ゆ、友人です。」

「友人??」

おねえさんの深緑の目が見開かれる。咄嗟に答えてしまったが、おかしかっただろうか。

「友人って、どんな方?」

「えっと……」

「……ああ、ごめんなさい。私、この立場のせいかなかなか友人というものに恵まれたことがなくて。貴方のことを羨ましいと思ってしまったのよ。それで、それってどういう方なの?

どういう風に出逢えばいいの?」

質問攻めにどんどん、追い詰められていく。ネルは頭を必死に回転させた。

「エクスの友人で、紹介してもらったんです。それだけですよ。」

「ふーん、そう……」

お姉さんは興味をなくしたように机の隅に視線をやり、マカロンを口に粗雑に放り込んだ。

しゃくしゃくと、崩れていく音が響く。

「それって、本当に友だちなの?」

「へ?」

お姉さんは、こちらをみてニヒルに笑った。

「あたし、見ちゃったのよね。貴方が即位式の日に、顔のそっくりな誰かと二人で出かけているところ……」

ぐらり、、、と視界が歪む。まずい、と思い必死に意識の端にしがみつくが、抗えず手から放れてしまった。


ツェンは勢いよく音を立てて、ルルの家に飛び込んだ。

「な、なに……さわがしいですね……」

ルルが驚いて、三角帽子を目深にかぶる。

「ルル、すぐにエクスを呼んでくれ。ネルが誘拐された。」

「はぁ……!?わかった……です…」

ルルは慌てふためいて、ガッシャンと机の上の資料に頭をぶつけてから、バッタンと全て床に落とした。羽ペンを手に取り、手紙に文字を殴り書きする。

「エクスだけでいい……です?王宮の騎士団も手配したほうが……」

「いや、エクスだけでいい。ボクらの正体がバレた可能性がある。」

「はぁあ……!」

ルルは驚いて椅子から転げ落ちそうになりながらも、羽ペンを取り直し、手紙を綴り終えた。そしてそれを、魔法の伝書鳩に持たせてやる。銀でできた美しい伝書鳩は、文を咥えると、キィキィと羽をはためかせ、光になって消えていった。

それを横目に、ツェンは唇を噛んでいた。

『どうして一人にしてしまったんだろう。ボクはネルの騎士なのに。

ネルを守るって、誓ったのに……!』

「どうして…ですか。魔法の靴を勝手に履いて……デートに出掛けていた……ですよね。」

「ああ、やっぱり見てたんだ…。エクスが来てから詳しいことは説明するけど……」

瞬間。暖炉の火が消えて、通路からエクスが現れる。

「エクス、ただいま参りました。」

「貴方、早すぎです……。」

「ツェンの要望に500%で応えるのが騎士のあるべき姿ですから。」

「相変わらず、ツェンが命すぎてキモいです…」

「は?お前は、ツェンが命じゃないのか?」

「ひぃ……命、です……」

エクスに詰められ、たじたじになるルルを、ツェンが宥める。全員が揃ったところで、ツェンは事の顛末を、かくかくしかじかと説明した。

「ネルのいなくなった場所に置かれてたのがほら、この手紙。」

ツェンは手紙を、二人に広げてみせる。

〝ネルの秘密を知っている。彼女の命が惜しければ、明日の朝日が昇るまでに、真実を連れてくること。ただし真実は、一人で武器を持たずに歩いてくるものとする。破った瞬間に彼女の命はなくなると思え。〟

「これは……」

「私は反対です。明らかな罠ですよ。」

エクスが言った。

「罠ってことはわかってるよ。でも……」

「いけません。貴方はこの国の王家の血筋を誰よりも濃く引くものです。ネルの命とは比べられません。」

「でも!お兄様が即位して、立派な治世を築いてくだされば、ボクの命は国民にとってあってもなくても変わらないものになる。」

「立派な治世を築いてくだされば、ね……。

しかしそれでも、貴方の命がフィリア様や私たちにとって、何より優先すべきものであることをお忘れなきよう。」

『それを言われたら、ボクは何も逆らえない……』

ツェンは俯き、歯を食いしばる。

『せっかく騎士になったのに、これじゃ守られてばかりだった前までと何も変わらない……。』

ツェンは口を開く。

「でももし、ボクがネルを見捨てて生き延びたとしたら、自分のことを嫌いになってしまう。そんな気持ちで生きるくらいなら、誇れる自分で死んだほうがマシだ。」

吐露すると、エクスは長い長い息を吐いた。

「本当に貴方は、ワガママですね。」

「うっ、ごめん。」

「しょうがないですね。そのワガママを叶えるのが騎士の仕事です。」

「いいの!?」

ツェンの瞳がぱっと輝く。

「貴方が言っても聞かないのは分かっています。まあ、力づくで縛って閉じ込めて明日の朝を迎えさせることもできますが……」

『怖ッッッ』

「そうして貴方に嫌われて生きるくらいなら、貴方を守って死んだほうがマシですね。」

ツェンはエクスをじっと見つめる。

「……死ぬなよ。」

「例えばの話ですよ。」

エクスはいつものように、にこにこと笑ってみせる。

「そうと決まれば作戦会議ですね。相手の見当はついていますか?」

「いや、全くだ。恐らくこの手紙の紙質とスタンプの紋からして兄弟の誰かだと考えるのが妥当だろうね。」

「相手の人数や目的もわからない状態で、条件はなるべく飲みたくないですが……。ルル、何かいい案はありますか。」

「王家の人間だと、向こうに魔女がついている可能性もあるから、大規模な魔法は仕込みにくいです……。武器の封印魔法はどうです。」

ルルは小さな正方形の色紙を数枚、取り出す。

「この紙に物を封印することができるです。破ると、封印が解けて中のものが出てくるです。」

「これで手ぶらに見せかけて、剣を潜ませて行けるってことだね!」

ツェンとエクスで、まじまじとそれを見る。エクスが言った。

「……その紙って、物だけではなく人も封印できたりしませんか?」

「へ?」ルルが、きょとんとエクスを見た。

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