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『〝お姫様になりたい〟

女の子なら誰もが一度は願う夢。

捨てたのは、いつだったかな。』

鏡の自分と手を合わせる。

『将来の夢を聞かれて、

何も思いつかなくなったのは、いつからかな。』

虚な表情が鏡合わせに向かい合っている。

『もう一度夢を見られたら、何を願うかな。』

鏡像が笑う。ずぶり、と手を握られて……


綺麗に飾り立てられた結婚式場と、色とりどりの正装に身を包む人々。その中で一際目を引くのは、白く大きい花のようなウェディングドレスを身に纏う友人。

対して、音葉はしぼんだ花のような、薄緑の地味なドレスを着て参列していた。友人を見て、音葉は呟いた。

「綺麗だね。……お姫様みたい。」

「何言ってるの。学校一の美少女の結婚式、待ってるよ!」

友人の言葉に、音葉は柔らかく微笑み返す。

『部活ではハブられてボッチ、教室でも浮いてたけどね。大体、結婚の予定は微塵もないし。』

20歳独身OL。友人たちは仕事に役割を見出したり、誰かの特別な存在になったりしている中、音葉だけは何者にもなれずにいた。

幼い頃はお姫様になるのが夢だった。一番好きなのはシンデレラの話だ。辛いことがあっても毎日ひたむきに頑張っていれば、いつかは報われるんだって。格好いい王子様が迎えにきて、綺麗なドレスに身を包むんだって。でも、現実はそんなに甘くない。

シンデレラが虐められたように、目立てば目立つほど、頑張れば頑張るほど苦しくなっていくのだ。でも、現実に王子様は現れない。学生時代にそれを痛いほどに思い知り、いつしか目立たないように、必死に人に合わせて生きるようになった。毎日が灰色で、息苦しくてたまらない。未来が真っ暗だ。

たまに、足元がぐらつく夜がある。今日は音葉にとってそういう日だった。友人たちの色彩豊かな近況を聞いたせいか、まるで自分が透明な存在に思えた。

パンプスを脱ぎ捨てて家に上がると、音葉の姿が鏡に映った。吸い寄せられるように鏡の自分と手を合わせる。くたびれた顔をしていた。

「お姫様にはなれないな。」と呟く。

誰でもできるような仕事をして、誰もいない家に帰る毎日。例えば音葉が突然死んだとしても、すぐに気がつくほど密に連絡を取りあう仲の人もいない。なんだか全てが嫌になってくる。お姫様になりたいなんて、無邪気に言えていたあの頃の気持ちは、もう二度と手に入らないのだろう。苦しい。苦しい。苦しい。

「何者にもなれないまま、死んでいくのかな。」

ずぶり。

感触に驚いて目をやると、鏡像に手を握られていた。そのまま中へと引き摺り込まれる。


勢いのあまり、頭をぶつけた。

「ず〜〜〜〜〜〜〜〜っと!会いたかった!!」

一拍遅れて、誰かに抱きとめられているのだと分かる。納得しかけた後から冷静がやってきて、音葉は誰かの胸を押し返した。

そして、息を飲んだ。

鏡の中の自分がそこにいた。

音葉と少女は瓜二つだった。星のように輝く金色の髪、薔薇が咲いたようなふっくらとした唇、空を映した蒼色の瞳はきらきらとした光をたたえていた。

「わ〜〜〜!ボクみたいな可愛い存在が、世界にもう一人いるなんて。」

しかし大きな、よく通る声で歌うように話す彼女は、見目こそ同じであれど、音葉とは確かに違う人間だった。

「………誰ですか?」

少女はようやく、音葉の混乱に気がついたらしかった。

「ごめんっ!

興奮のあまり、挨拶もなしとは失礼だったね。」

少女は裾をそっと持ち上げると、柔らかにお辞儀をした。

「ボクはネル・アイリス。アイリス王国の第20王女。」

美しい仕草とは、このことだと心得た。感心したのも束の間、続くネルの告白に音葉は度肝を抜かれた。

「……とはいえ、ボクは男だけどね。」

『は?』

「これ王国一の機密だからね。知ってるのは世界でたったの4人。キミが5人目。」

『そういうことを聞いてるんじゃないんだけど……。』

「あっ。信じられないなら見てみる?」

ネルはドレスの裾を軽く持ち上げてみせる。

『なにを!?』

音葉は思わずツッコミそうになるのを隠して、へらりと笑ってみせた。

「信じる。信じるから……」

「ボクが男なんて信じられないでしょ。いいんだよ、見ても。」

「いいから……!それより、どうして私はここに連れて来られたの。」

連れて来られたんだよね、と念を押して尋ねると、ネルは頷いた。

「それは、顔のそっくりな身代わりが欲しかったから。」

音葉の笑顔が凍りついた。鏡をもう一度通れば元の場所に戻れるのだろうか。帰ろうと腰を浮かせると、ネルは慌てて縋りついた。

「待って待って!これには色々な事情があってね!?そうだ、キミは別の世界から来たんでしょう。せっかくだし、この世界を楽しんでいきなよ。空飛ぶ絨毯とか、とっても面白いよ。」

その言葉に、音葉は振り返った。

「空飛ぶ絨毯?」

「そうそう!他にも、宙を歩く靴や、風に乗る傘もあるよ。どれがいい?」


まんまと策にかかり、音葉はネルと共に空飛ぶ絨毯に乗っていた。被っているフードは、同じ顔の王女が2人で空を飛んでいたら目立ち過ぎる、という理由で渡されたものだった。

絨毯で空を飛ぶという行為が新鮮なのは勿論のこと、こうして見下ろすと、違う世界にいるのだという実感が湧いて来る。

中世ヨーロッパを思わせる街並みで、人々の服装や営みの様子もまるで見慣れない。

「いつもこんなに賑やかなの?」音葉は尋ねた。

「そんなことはないよ。今日は特別だから。

第1王子の即位式典があるんだ。」

『第1王子……確かこの人は、第20…』

「兄弟が多くてね。ボクは20人兄弟の末っ子だった。」

『確かに、末っ子感がある。』と納得しかけて「……だった?」語尾に引っかかり、尋ねた。

「そう。継承権争いで半分死んじゃった!」

あっけらかんと話すネルの笑顔に、影が落ちた。

「王家は継承権争いが激しくてね。成人まで生き延びられるのは半分くらい。でも、女性だと少し話が違ってくる。

王国の建国者は女性で、今でも〝シンデレラ〟と呼ばれて讃えられているんだけど、それ以降女性の即位者はいなくてね。

継承権は基本ないようなものだから、すると生存確率が一気に上がる。ボクはそうして、女として育てられた。

第1王子の即位が決まって、兄弟争いも一段落ついて、そしてボクはふと思ったんだ。

『ずっとこうして、偽物の人生を生きていくのかな。何者にもなれないまま、一生を終えるのかな。』」

音葉は、ネルの言葉に自分を重ねた。

「でも、それをキミに押し付けるのも違うよね。デートが終われば、キミを元の世界に帰すよ。」

空の旅を楽しみ、最後に即位式典の様子をのぞく。王子よりも、綺麗なドレスに身を包んだ皇后の姿が目に止まる。非日常の空気感に浮かされたのか、気がつけば音葉は口に出していた。

「私、小さい頃はお姫様になるのが夢だったの。」

世間話程度に聞き流してくれると思った。笑い飛ばしてくれたら、救われるとも思った。けれど、ネルは目を輝かせて音葉の手を取った。

「それ、叶えられるよ!!」

世紀の大発見をしたかのようにまっすぐ喜ぶ、その眩しさに心が焼かれそうになる。

「ボクと入れ替われば、叶うよ。

チャンスが目の前にあるのに、掴まないのはあまりにも損だ!」

『自分のために言ってる……訳じゃないのかな?』

「夢が叶うなら、それ以上の幸せはないでしょ。」

音葉は見極めるように、ネルを見つめた。

『一度は諦めてしまった私でも、いいのかな。夢を語るのが怖くなってしまった私でも、いいのかな。もう一度だけ。

お姫様になりたいって、願ってもいいかな。』

「……いいよ。入れ替わっても。」


ネルの表情がぱっと華やいだ。

おもむろに腰から短刀を抜いたかと思うと、自身の髪の結び目に刃を当てて思いっきり斬った。そして、太陽に向かって笑い声をあげた。

空を金色の髪が花びらのように舞う。

「ボクたちの新しい誕生日だ!」

それは快く心を揺らすような音だったので、驚いていた音葉もつられて笑っていた。

「はじめて笑った。」

ネルがことさら嬉しそうに笑った。

「いつも笑ってるでしょ。」

「キミのは作り笑いばかりだ。」

音葉はその言葉に、ネルへの認識を改めた。振る舞いこそ馬鹿らしいが、それだけではないらしい。

魔法の絨毯は余韻を楽しむようにしばらく宙を舞うと、ゆるゆると降下して路地に着いた。

ネルが先に飛び降り、音葉に手を差し伸べる。

少し躊躇ってから、その手を取った。

「今日からキミがネル姫。そして、ボクは騎士のツェンと名乗ろう。」

地面に降りた音葉の前にネルは跪き、おもむろに手の甲に口付けを落とした。

「騎士の誓い。ボクの小さい頃からの夢だったんだ。お姫様には騎士がつきものでしょ。」

『なんだかずっと、夢を見ているみたい。』


〝これは、夢を諦めていたわたしが一歩を踏み出し、真のお姫様・シンデレラになるまでの物語だ。〟

バキッ、、と。鏡に亀裂が入る。


音葉とネル…改め、ネルとツェンが元の家に戻ってくると、割れた鏡の前に三角帽子を被った女の子と、騎士の出たちをした男が立っていた。

男はこちらを認めると、静かに微笑んだ。

「鏡、使ったんですか?」

「うん!この子……」

嬉しそうにネルを紹介しようとするツェンの言葉を、男が制する。

「その先を、口にしないほうがいい。」

驚くネルとツェンに向かって、続ける。

「貴方たち、死にますよ?」

男の赤い瞳が、不気味に光っていた。

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