9
三日後。二日間、考えれば考えるほど強くなる決意を胸に城に来た。こんな気持ちでここに来られるなんて幸せだと思う。気付けて良かった。ぎりぎり間に合った。
そんな自分に殿下はこう言った。
「返事を聞く前にこちらからもう一つ提案をしてもいいかな」
何だろう。けれど、すんなり「はい」と頷いた。もう迷うこともない。何を言われてもこの場で即答できる。
「私の側近になる気は無いかな」
「…」
そう思っていたのに言葉を失った。これは予想外過ぎた。今までの提案とは次元が違う。目を丸くした自分に殿下は笑った。
「君とは気が合いそうだと思ってた。ずっとそのつもりはあったんだ。この提案はもっと後にしようかと思っていたんだけど、もう手の内を隠す理由もないから」
やっぱり殿下は分かっていた。それでも断るであろう自分のことを。自分もこの人の側にいるのは心地良い。それだけ理解してくれれば言ってはいけない言葉を口にする意味も、敢えて口にせざるを得ない耳に痛い言葉も受け止めてくれるだろう。そしてその上での彼の決定を自分は受け入れられる。
「そのお話、お受けします」
殿下を真っ直ぐに見てそう言ったら、一瞬の真顔の後に殿下は目を丸くした。
「え?」
「先程殿下が仰った通り、私がそうなれるとしてもずっと先の話でしょう。今の私には力不足です。ですので殿下がここと決めた場所に配属して頂いて構いません」
今日、そう伝えるつもりだった言葉は淀みなく彼に向かって流れる。いつも対等に、この時も対面に座らせてくれる殿下に忠誠を。その気持ちが勝手に体を動かした。殿下の足下で跪いて、見上げて胸に手を当てた。
「けれど私は国民や国の為に尽くす気はありません。これが危険な思想であるのなら、今回の話は無かったことにして下さって構いません」
この共通認識がずれればこの関係は破綻する。
「私は殿下の為だけに尽くします。それで良ければ誠心誠意務めさせて頂きます」
上に立つ者は多くのものを背負う。ずっとそうせねばと思っていた。そのプレッシャーに押し潰されそうで、逃げたくなった以上の重い枷をずっと持ち上げ続ける殿下の為だけに。そのたった一人の為にならこの場所で生きていける。それをこの人は受け入れてくれるんだろうか。
「…私は」
僅かに目を見開いたまま、殿下は口を開いた。その言葉が緊張を解くように、やがて柔らかく、もしかしたら泣きそうに笑う。
「そう言ってくれる仲間を、ずっと求めていたんだ」
そう言った殿下の体は少し重力が変わったかのように柔らかくなった気がした。
その後。※ここからは意訳でお伝えします。
じゃあ、そういう事で。まずはどこで働きましょうかと問うたらこのまま側近になれと言いなさる。ちょっと待って。早々過ぎるお上のご乱心に早速物申したら殿下は笑った。
「通例に倣ってそうしてもらおうかと思っていたけれど考えが変わった。下手に現場を見てその他大勢と一緒になって欲しくない」
「常識知らずを連れて恥をかくのは殿下ですよ?」
「マナーは学んで貰う。でも軍事も政治もここで学ぶ必要は無い」
何言ってんの? 返事を間違えたかなと不安を覚えた自分に殿下は言った。
「過去のことは十分に復習済みだろう」
「今のことを学んでいませんが?」
「それは学ばないで欲しい」
「は?」
それで俺に何をしろってのよ。
「何かあれば何の雑音もない君の意見を聞きたい。現場を知ればそれが薄まる」
「…御存知だと思いますが、私は口にしてはいけないようなことも考える人間ですよ」
ゲームではどれだけ残忍だったか知っている癖に。
自分でも信じられないほど、とても惨いことを想像した。それを口にして周囲をドン引かせ、冷酷に実行した。それは現実にも起こりえる。だってゲームは過去の現実なのだから。
「それを知りたい」
と殿下は言う。
「それを想像できる人間は限られている。けれど世界に一人ではない。その想像を得られるかだけで世界は変わる」
その想像ができる自分を求めてくれた。それを口にできる関係も。そして損得のない客観的な議論も。
「君は私の望んだものを全部持っている。だから何を言われても聞き入れられる。そこに変化は求めていない」
その他大勢に対する重圧も。その先にあった殿下への忠誠も。苦悩した姿を見せた事も無駄ではなかった。
この関係はとても微妙でバランスを取るのが難しく、相手には答えを求められないのに理想を返さなければならないとても危ういもの。けれど自分のベストを尽くせばそれで良いと言葉が返ってくるに決まっている、とても強く太いもの。
「殿下がそう望まれるのでしたら仰せのままに」
だからそうとだけ答えた。
誤字報告頂きました
ご親切に、どうもありがとうございました
※「努め」は「勤め」と迷いましたが「務め」に修正しました