6
実は俺達は、殿下が学校を卒業されてからも城に招待されたり校外活動を共にしたりしていた。一緒にいれば和気藹々と部活動の延長みたいな事ばかりしていたけれど、今回の発表にもあった通り、殿下にしてみれば最早遊びではなかったのだろう。
さて。問題の王女様。自分達よりも一つ年下の彼女はお兄様の友人(?)が来ていると聞いてある時様子を見に来た。その時の彼女ったら何というか警戒心の塊で、敵意はないものの打ち解ける様子が全くない。つまらなそうだし、無理して来なくても良いのではと同情するほど心を閉ざしていた。後でこっそり殿下が教えてくれたけど、王女は女子校に通っていて、何かに巻き込まれるような立場では勿論ないものの腹の探り合いだらけの周りに疲れ切っているそうだ。女子ってそう言うところあるよねー。と女子が言う。そうなんだ。へー。
そんな感じだった王女様。その後俺らが行くと、何故か積極的に参加するようになった。予定を無理やり変更したこともあったらしい。本人なりに楽しいのかもねと皆でいつも通りに過ごすようにした。たまに口を開けば成程なと思わされることも多くて、こちらとしても彼女がいてくれると面白いと思うことも多かった。
最終学年の夏が終わる頃、特に邪魔になる活動ではなかったけれど他の部活に倣って引退することを皆で決めた。その頃にはそれぞれにやるべき事があったし、何となく終えるよりもこれで良かったんだと思うようにした。本当は少し、皆にも後で聞いたら皆もだったけれど、一緒に過ごす時間が無くなったのは寂しかった。それが彼女も同じだったと知ったのは秋が深まった頃。
「…部長?」
城の通路で不思議な声をかけられて、振り返ったら王女がいた。気付かなかった。それに意外に思った。素通りしてしまっても良い相手を呼び止めるなんて。
そう思いながら足を止めた。王女が近付いてくる。自分が行くべきだったのか。それすら分からない平民の俺に彼女は言った。
「来ていたんですか? 知らなかった」
この頃、殿下から進路の打診もあって俺達はばらばらに城に通うようになっていた。殿下はそれぞれの希望と適性により、俺達に将来の提案をしてくれた。他の三人はすんなり決まったんだ。殿下の分析と本人達の希望が綺麗に合致したから。
でも俺は違った。殿下は俺に、政治か軍事の道を提案してきた。俺の適性はそうなんだろう。自分でもそう思う。そもそもあんな部活を立ち上げることになったきっかけだってリアルで壮大なシミュレーションゲームをしたかったからだ。
俺達は最初から領地経営の研究をしていた訳でも部活だった訳でもない。最初はサテナローズを除いた四人で「検討会」をしていた。舞台は歴史上の事件や戦争。歴史書や研究文献から駒や情報を集め、組み合わせてどう動かすかを考えていただけの集まりだった。それはあくまで遊びだったから大胆な戦略もできるし残酷な想像も許される。どんなにリアルに近付けて詳細な情報を組み込んだとしても心には何の干渉もしてこなかった。
けれど殿下が関わるようになって方向性が変わり、やがて知ったんだ。現実はゲームよりも些細で地味で、そして酷く惨い。成功率は想像よりもずっと低くて、予想外の出来事は大抵が上手くいかず、人々の悲しみは痛みを感じるほどに苦しい。その中にある僅かな喜びや想像通りの成功よりも、俺には苦しみの方が強かった。そんな俺が、その現実に人生を投じるかどうかの選択の時。
「皆さんは? お一人ですか?」
「はい。部活はもう引退したので」
「…そうなんですか…」
そう言った彼女の残念そうな気持ちがやけに鮮明に伝わってきた。また意外だな。と思う。そんな風に思ってくれていたんだ。
「部長はまた来ますか?」
「…そうですね。まだ、来ると思います」
変な言葉になってしまったと思いながら一番正確な回答をする。その先のことはまだ分からない。
「いつですか?」
「? 次は三日後ですが…」
何でそんな事を確認するんだろうと思いながら答えたら、彼女は指を組んでこんな事を言う。
「では…お兄様とのお話が終わったら、その後の時間を少し私に頂けませんか?」
そう言った彼女の指が少し震えたのを、何故だか俺は気付いていた。
誤字報告頂きました
ご親切に、どうもありがとうございました