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さて、サプライズも終わり皆元の場所に戻ってきた。領研部の面々。そして下顎が外れている人達。そのがくがくさん達に向かって殿下はこう言った。
「これで彼女と交流があった理由を理解して貰えたかな?」
「は……」
「はひ……」
顎だけではなくもう体ごとがたがた震えながら二人は頷く。そのカイロスに向かって殿下はこう言った。
「サテナローズはね。結婚後を見据えて君の領地に関する勉強や研究を良くしていたよ。私が話しかけても最低限にしか応じず、婚約者がいる身としての振る舞いをきちんとしていた」
「…え…」
「本当に健気で清廉だった。だから惹かれたし、諦めようと思っていた。まさかこんな事になるなんて、私としては有り難いけれど本当に残念だよ」
「…ローズ…」
と元婚約者が呼んでも彼女は振り返らない。それ程のことを彼はしてしまったのだ。
「因みにね。ティアラ嬢が怪我をしたと言っていた一月二十三日の放課後は校外に出てたから絶対にサテナローズ嬢は関わってないよ。外出記録も残ってる」
語呂が良い日は覚えやすい。それは一部の人間の特権ではないのだ。話のネタにも上がったくらいだからその日のことは俺も良く覚えてる。
「授業が終わってそのまま先生と外に出たし、その先で人にも会ってる。だからアリバイもばっちりだよ」
「こ…こっそり戻ってくることだってできるでしょ! 人に会ってたって、それだって信用できない!!」
うーん。どこまで悪足掻き…基フラグを立てるんだこの子は。素晴らしい!
「あのね。さっき殿下が仰っていたよね。俺達は貴族の協力も得て、領地で試して貰えるようなアイデアを提供することもあった訳。その日、どこに行ってたと思う?」
そう言ってカイロスを見た。その視線を追って皆が彼を見る。
「…え?」
そう。俺達がどこに行ってたのかもう分かったよね?
「伯爵様、サテナローズ嬢の提案をとても褒めて下さったし喜んでいたよ。俺は婚約の事を知らなかったから若造の未熟なアイデアになんて優しい方なんだろうと思ってた。けれど合点がいったよ。未来の義娘がこんなに一生懸命になってくれるなんてって、そりゃー嬉しかったんだろうねー…」
そのご縁は今日、儚くも全て消え去った訳だが。俺の余韻にそれを感じ取ったらしい。目をぎょろっとさせてカイロスが叫んだ。
「え…ま…待ってくれ。嘘だろ。おい! ティアラ! 全部嘘だったのか!?」
「…」
ここまで来ちゃうともう動けないティアラちゃん。苦虫を噛み潰して黙り。
「ふ…ふざけるなーー! なんて性悪女だ! ローズ! 本当にすまなかった! ごめん! 本当にごめん!」
ええー? B・E・T・A! これまたベター! まさかあの言葉言っちゃったりしないよね?
「俺は騙されていたんだ! ティアラを可哀想だと思って…同情を利用されたんだ!」
あーー!! 言っちゃった!! う…うーーーーん。もうお腹いっぱいです!
「ローズ! 分かってくれるよな? やり直そう! 婚約破棄は取り消す!!」
「…あのさー。さっきから思ってたんだけど、不貞働いた人間が婚約破棄するとかやっぱりしないとか言うのおかしいでしょ」
何で決定権が自分にあると思ってんの?
「俺は認めない! 親にだって知られてないんだからまだ間に合う!!」
「駄目」
と神官先生が言う。
「さっき婚約は破棄されました。貴方達二人はもう結婚できません」
「そんな…っ」
先生ーーー!! と泣きついてもとりつく島なし。ありがとう。先生。
「でも…でもローズにだって悪い話じゃないだろ? メリットだってある筈だ! 俺と結婚すればお前の家も潤う! 家族が幸せになれるんだぞ!」
そう。没落寸前…「だった」サテナローズのお家。
「お前本当に何も知らないんだな。どんだけサテナローズ嬢に興味が無いんだよ。っていうか、普通に考えたら分かるだろ。この部活にいて、お前の家の領地の手伝いまでしてるサテナローズ嬢が自分の家を放っておくと思う? いの一番に立て直したに決まってるじゃん」
そうそう。良かったね。ローズ。よく頑張ったね。と部員達に撫で撫でされて彼女はとうとう泣き出した。今まで頑張ったことが込み上げて止まらなくなったんだろう。大変だったことも苦しかったことも嬉しかったことも喜びも全部、彼女の中にある。それに惹きつけられた人も。
「う…嘘。え? じ…じゃあ俺と結婚すればもっと領地が広く…」
「いい加減にしろ」
と声が割り込んできた。
「努力する彼女を信じず、調べもせず、裏切り、こんなに大勢の前で罵ったお前が何を言ってるんだ?」
とうとう我慢ができなかったのか、殿下が静かに呟く。
「この結果を招いたのはサテナローズ嬢のせいでもティアラ嬢のせいでもない。彼女を信じず何もしなかった己のせいだ」
いや、多少はティアラ嬢のせいでしょう。
…と、思うけど。まぁ、それを言ったらこの子責任全部押し付けてまた騒ぎ始めちゃうよね。黙っとこ。
「私は彼女に受け入れて貰えるかは分からない。それでもお前が付き纏うというのなら、彼女が受け入れようが受け入れまいが絶対に許さない。どんな手段を取ってでも彼女を守る。それでも向かってくる気はあるのか?」
無い無い。そんな甲斐性無い。ある訳がない。
「で…でも……ローズの気持ちは…」
ええーーー!? と、そこにいた全員が思った。多分、人に肩入れすることのない神官先生ですら思った筈だ。無い。と。
サテナローズは分かっていた。ちゃんと分かっていたから殿下には頼らず、部員の女子に縋りながら精一杯の拒否をした。
「嫌です。もう無理です」
その態度にようやく諦めたようだ。がっくりと肩を落としてやっと大人しくなった。ふー。やれやれ。なかなか手強かったな。
じゃあ、後は若い二人で…とはできないから部員で集まってわいわいしますかと気を取り直した。サテナローズが落ち着いたら殿下と二人にして上げよう。そんな事を目配せしていた俺の袖がちょいちょいと引っ張られる。あ。忘れてた。
「部長」
王女殿下が嬉しそうな笑顔を浮かべている。気付かなかったけれど周囲の視線が釘付け。そう言えば何で来たんだ? と思った俺に王女殿下は言った。
「卒業おめでとうございます」
「あ、はい。ありがとうございます」
「明日からお仕事に来られるんですよね」
「はい」
「また私の部屋にも来てくれますか?」
「ちょっとーーー!!!」
こんな所でそんな事言っちゃ駄目でしょーーー!! と、目で訴えながら叫んだ。しっかり聞こえていた部員達は今日イチでびっくり。言葉は聞こえていなかったであろう同級生達も今日イチでびっくり。
「…え?」
「どういうこと?」
「マジで?」
その隣で殿下とサテナローズも固まっている。そうだよね。だって誰も知らないもん。でも違う。違うんや。