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「信じられる筈がないだろ」


 カイロスが即答する。彼女の覚悟に気付きもせずに。


「信じて欲しければやってない証拠を持ってこいよ。出せる訳ないだろうけど」


 一方的な態度に視野の狭さ。彼女に決意させるには十分だったようだ。


「承知致しました」


 と、彼女は呟く。


「婚約破棄を受け入れます」


「ふん」


 その言葉にカイロスは満足げに鼻を鳴らした。そして周囲にこんな事を言う。


「皆、聞いていただろう!? こいつは婚約破棄を受け入れた。とは言え家同士の約束な上にこいつも卑怯者だからいつこの言葉を覆すか分からない。もしもそんな事を言っていないと言い出したら証言してくれよな!」


 そう言ってから俺にこんな事を言う。


「ありがとう。お前の入れ知恵のおかげで裁判でも負けない証人が山ほどできた」


「その必要は無いよ」


 と、不意に声が聞こえてきた。この学校の教師でもある神官だ。結婚には必ず教会の許可が必要になる。彼は結婚を認める立場にある人間だ。逆も然り。


「今までの話、聞かせてもらいました。政略結婚も珍しくない世の中ですが、それでも夫婦になると決めたのなら慈しみ合い、幸せになる為に努力をして欲しいと常々思っています。けれど貴方達二人は壊滅的に壊れてしまった。このまま無理矢理夫婦になったとしても決して上手くいくことはないでしょう。教会は貴方達の結婚を認めることはできません。家人が何を言おうと、この婚約はこの場で破棄したと宣言します」


「ありがとうございます!」


「わーい! ありがとうございます」


 喜んでいる二人の対面で、サテナローズは静かに頭を下げた。


「先生。本当にありがとうございます」


「いいえ」


 その彼女に神官先生はこう言った。


「人々を幸せに導くのが私の仕事です。貴方にもこの先に幸せがありますように」


「婚約破棄された傷物女が幸せになれる筈ないじゃない」


 と、嘲笑混じりの声が聞こえてきた。ティアラちゃん。本性が出てきちゃってるよ。まだ気を緩めるには早いと思うんだが。


「これで終わりと思うなよ。まだ話し合いが残ってるんだからな。悪事を全て晒して家にもいられないようにしてやる」


 本当にしつこいなぁ。さっきの話聞いてた?


「何を晒すつもりか知らないけれど、この場ではっきりしていることだけ教えておいてやる。婚約者がいるのに恋人作るなんて、お前のした事は立派な不貞行為だからな」


 そう言ったら清々しいまでの沈黙が訪れた。


「…は?」


「は? じゃねーよ。当たり前じゃん。こんなの、ただの堂々とした浮気だわ」


「何が不貞行為だ! これは真実の愛だぞ!」


 恥ずかしいー! 年頃の男子がそんな事言えちゃうなんて恋は盲目だね!


「真実だろうが何だろうがやってる事は不貞行為なの。そんなに真剣なら尚のこと、ちゃんと婚約者と別れてからお付き合いしなきゃね」


 そっかー。言われてみればそうだねー。と、オーディエンスの声が聞こえてくる。そうでしょうそうでしょう。


「そいつに問題があったんだから俺のせいじゃない!」


「そんなの順番を守らない理由にはなりませんー。何を置いてもまずは婚約者と話をするのが筋だろ? そもそもティアラ嬢が苛められたって訴えてきた時、何ですぐにサテナローズ嬢に事実確認しなかった訳? それが本当だったとしたらティアラ嬢を苛めるなって言えば良いじゃん。本人が認めなかったとしてもそんなに日常的に苛められてるなら現場押さえるのだって簡単だったでしょ? やり様は幾らでもあったじゃん」


 それなのに何で何もせずにティアラ嬢の報告待ってた訳? 忠犬かよ。


「いや、だ…だって……ティアラが関わるなと言うから…」


「は? Mなの? ティアラ嬢ってドMなの?」


 苛められ続ける令嬢を労るゲームかなんかなの?


「あんた何て事言うのよーー!!」


 か弱いはずのティアラ嬢ご立腹。その剣幕に取り巻きが若干引いた。


「あんたみたいな無神経には分からないわよ! その後もっと苛められたらどうするのよ!!」


 そ…そうだそうだー…。と控えめな応援が飛んでくる。頑張れ取り巻き! 語彙力の無いお前達から勢いを取ったら何も残らないぞ!


「あっそう。でもね。理由がなんであれ、これは不貞行為だわ。それこそ皆見ちゃってるし、もう言い逃れはできないよ」


 後ろから、「部長! 素敵!」「いよっ! 大将!」「論破論破ー!」と小さな喝采が聞こえてくる。うんうん。これで部員達も満足したな。


 …って、あれ? 何で俺、こんなことしてるんだっけ。部活だってもう引退したのに部長って呼ばれてつい。と、もやもやしていたらカイロスの低い声が聞こえてくる。


「お前…調子に乗るなよ。関係ないのに首突っ込んできて何偉そうに講釈たれてんだよ」


 おや。そっちも今頃気付いたの? っていうか、こっちが巻き込まれたんだけど。


「覚えておけ。明日から全力で叩き潰してやるからな!」


 え。どうしよう。言うだけ言った後だけどごめんなさいって言っておこうかな。後ろから「負けるな部長!」「言い返せ!」「論破論破ー!」とガヤが聞こえてくる。ちょっと黙って! 頭の中整理させて!


「王太子殿下のご入場です!」


 その時、小僧どもの小競り合いなんて多分気付いてもいない裏方さんの声が響いた。あー。これにて強制終了。睨み付けるカイロスから目を逸らして入口に向いた。生徒全員、一斉に低く殿下を迎える。


 やがて完全にモブとは作りの違う造形の王太子殿下が入場してきた。見る度にいつも思うんだけどこの人、本当に俺と同じ成分で作られてるのかな。…あれ? 後ろに別の学校に通っている妹の王女殿下もいる。何で? 変なの。


 その王太子殿下は奥に進みかけて変な形状になっている人集りに気付いた。孤立している数人にも。足を止めて不思議そうな視線を自分に向けるから、そっと耳打ちをする。殿下。今がチャンスです!


「…え? 本当に?」


 本当やで! と力強く頷いた。ぐっ! と親指を立てる。後で聞いたら後ろの三人も親指立ててたらしい。行け! 殿下!


「サテナローズ嬢」


 視線を下げていたサテナローズが顔を上げる。同時に奥のやんちゃ坊主達も顔を上げた。こら。お前達は伏せ!


 その目の前で殿下は膝を突き、サテナローズの手を取ってこう言った。


「婚約を解消したと聞いたけど本当に?」


 さすが殿下! 流れるように破棄を解消に変換!


「あ…あ、の? …はい…」


 戸惑いながらもサテナローズは頷く。その返事に殿下は微笑んだ。


「そう。それなら私のところへ来て欲しい。ずっと君が好きだったんだ」

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