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しーん…。とその場が静まる。お。これで終わりかな。やれやれ。と思ったら隣の同級生が俺の肩をつんつん。無視していたら反対の横の手がぐりぐり。止めろって。押されそうになったのを我慢してたら後ろからこちょこちょ。
「わはははは。止めろよ! 何すんだ!」
我慢できなくて笑ってしまい、背後の同級生に怒鳴りつけたら後ろからもっと煩い怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前さっきからいい加減にしろよ! 平民の分際で煩いんだよ!」
ひぃー。お怒りじゃーあ。肩を竦めたらつんつんぐりぐりこちょこちょの同級生がいけ! いけ! と顎をしゃくる。もう良いって。放っておけば良いじゃん。俺が出たって結果は変わらんぞ。やだやだと首を振ったら三人はこう言った。
「ローズ可哀想」
「あいつむかつく」
「やっちまえ」
「ここはモブが出る場面じゃねえって」
「場違いにモブが暴れるところが見たい」
「そしてぎゃふんが見たい」
「まだ名前も明らかになっていないお前がモブで終わるかそうでないかの瀬戸際だぞ」
「俺は名無しで良い」
「向上心がないね」
「俺らの部長が聞いて恥ずかしいわ」
「部の精神は何だっけ」
そう。俺らは全員ある部活の部員であった。そして俺は部長だった。部の精神は「やってみなきゃ分からない」。じゃあお前らがやれよ。と思ったけどしょうがない。部員は同士であり友である。部長はそれに応えねば。振り返って初手、俺。
「あのなぁー。じゃあ、ちょっと聞くけど」
そう言ったら「あ、あのメンバーってリョウケン部じゃない?」という声が聞こえてくる。
「リョウケン部?」
「リョウケン部って何だっけ」
という声が聞こえてくる。うん。そんな知名度だよね。うちの部。
「料理研究部だっけ?」
「良見じゃないの? お洒落研究部」
「猟犬育ててるって聞いたけど」
…え? と、さっきの婚約破棄の時よりもざわついた。結局何やってるの? 怖。と声が聞こえてくる。ちょっと恥ずかしい。
「あ? そうか。お前ら、リョウケン部とかいう意味不明な部活の奴らか。何やってるかも分からない根暗な奴らがのこのこ表舞台に出てくるんじゃねえよ」
と、カイロスさんの有り難いお言葉。じゃあ引っ込もうかな。と後ろを見たらまた皆が顎をしゃくる。あー。そうですか。前も後ろも地獄!
…ん? …っていうか。
「俺らの部活、何やってるか知らないんだ?」
「知る訳ないだろ」
ふーん。
「で? 料理研究か? お洒落研究か? 犬育ててんのか?」
あはははは。と奴らは笑う。それを見てサテナローズが震えている。こりゃあかんと彼女より前に口を開いた。
「何でもやるよ。で。さっきの話だけどさ」
それも強ち間違いじゃない。必要があれば何でもやる。だからそう答えて嘲笑を浮かべるカイロスに言った。
「ティアラ嬢が苛められたのっていつ?」
「え? いつって…毎日のように苛められていたぞ! なぁ!?」
うんうん。とティアラと取り巻きが頷く。
「毎日ね。何時頃?」
「だからいつでもだって。目が合えば苛めてくるような女なんだから。こいつは」
うーん。本当にお馬鹿さんだな。
「じゃあ授業中にも? お前らが一緒にいる時にも? へぇー」
「そんな訳ないだろ! 常識的に考えろ!」
「事実確認に常識もくそもないんだよ。何月何日の何時に何があったが。それだけの話だろ」
そう言ったらカイロスは黙った。そしてこそこそとティアラに確認をしている。頷いたカイロスに放課後です。と彼女は言った。
「つい昨日の放課後も! 教科書を隠されたと言ってるぞ!」
しーーーーん。静まる場内。暫くそのままでいても気付かないみたいなので教えて上げた。
「昨日卒業式だったけど…何の教科書持ってたんだ? 放課後って何?」
お粗末すぎて泣けてくる。俺、もう帰っても良いですか。
「き、きの、ええと、それくらい日常的に苛められていたから分からなくなったんです!」
そーかそーか。言い訳ご苦労。ティアラ嬢。
「つまりお前らの記憶は曖昧だし、現場を見たこともないって事だな?」
「現場は見てなくてもずぶ濡れのティアラや落書きされた教科書は見てる!」
「それがサテナローズ嬢の仕業だとは証明できないだろ?」
「私が嘘をついているというの!?」
「あのなぁー…」
はぁーーー。とため息をついて俺は言った。
「出るところに出たらそんな感情論は通用しない。確実な証拠や現行犯だとか信用に値する者の証言とかでなければ認められないんだよ」
「出るところって何だ。家同士の話し合いになったって力のある方が勝つ!」
「この世には裁判ってものがあってな。望めば誰だって公平な第三者に裁いて貰える。確かに家の力関係もあるから低位貴族が高位貴族相手に楯突くのは腰が引けるかもしれない。でもな。可愛い娘が濡れ衣着せられて約束を反故にされた上に慰謝料まで請求されたとしたら黙っていられると思うか? そこまでされて残るのが不名誉なら裁判起こす方がましだと思うんじゃないの?」
「…」
「そこで重要になるのが事実と証拠だ。お前らはそれを証明するものを持っているのか?」
「苛められた人を更に苛めるなんて酷い! どうして信じてくれないの!?」
「じゃあ俺も告白するけど良いんだな? 実は俺、日常的にティアラ嬢に嫌がらせをされていました。ものを取られたこともあります」
「…は?」
嘘泣きを止めたティアラが低い声で呟く。
「ストーカーみたいに付き纏ってきて、止めてくれと言っても止めてくれませんでした。俺は酷く不快でした」
「…急に何言ってるの? 気でも触れたの?」
「そう思うだろ? この言葉を証拠も無しに信じろと言っているようなもんだぞ」
「一緒にしないでよ!」
「一緒だって」
「…思い出した! 一月の二十三日の放課後にティアラが怪我をして医務室へ行っている! 記録もある! サテナローズ嬢に突き飛ばされたと言っていた! 語呂の良い日だったから覚えてる!!」
不意に後ろの一人が叫んだ。それを思い出したのか、ティアラは勝ち誇った顔でこんな事を言う。
「そうよ。私、この人に突き飛ばされて怪我をしたの。ちゃんと校医が診ているわ」
「サテナローズ嬢を見たのか?」
そう言ったら後ろは黙ったがティアラが叫ぶ。
「じゃあ、やってない証拠を出しなさいよ! 私の証言が証明されなかったとしても否定もできないのならやってないとは言い切れないでしょ!?」
そうだそうだ! とモブが叫ぶ。語彙力! 語彙力!
「…カイロス様」
と、サテナローズが呟いた。声で分かる。彼女は覚悟を決めた。
「私はやっていません。信じて頂けませんか?」