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「サテナローズ! お前との婚約を破棄する!」
おん? と、口いっぱいにローストビーフを入れていた俺は顔を上げた。もごもごしながら移動すると人集りがぽっかりと穴を開けている。そこには見合う男女三人がいた。今日は皆が一生懸命学んだ学び舎を後にする卒業パーティーだよ。何やってんのかな。
「あの…急にどういう…」
戸惑った様子のサテナローズ嬢。男爵家のご令嬢だね。向かいは伯爵家のカイロスと、こちらも男爵家のティアラ嬢だ。うん。知ってる知ってる。全員知ってる。三年間一緒にこの学校で学んだ仲だしね。で? 婚約を破棄するって言ってたな。
さながらスポットライトを浴びた三人は綺麗なドレスや礼服を着ているけれど俺はいつもの制服のまんま。平民にあんなお召し物を用意することなんてできませんて。
「急にだと!? 貴様は自分が何をしたか覚えてないのか!?」
ほっほう…。これまたベタな展開ですな。そんでこの後、隣にいる令嬢を愛しているだのその令嬢を苛めただのの演説が始まっちゃったりする訳? いや、まさか。まさかね。
「俺は知っているんだぞ! この麗しいティアラを苛めていただろう。俺の愛が彼女に向けられているからと僻み、階段から突き落としたり池に落としたり教科書を隠したり…」
ぶー!! と、勢いよく吹き出してしまった。前の観客…いや、同級生がその音に振り返ったけれども口を押さえて慌てて隠す。ベッタベタ。何すかこれ。余興かなんか?
「私はそんな事…」
「黙れ! 証人もいるんだ! 言い逃れは醜い!」
そして出てくる数人の男達。へー。また中途半端なレベルを揃えたな。まぁ、その程度じゃないとこんな余興に参加してくれないか。お。これ美味そうじゃん。人気が無いことを良いことに小さなケーキを摘まんでぱくり。うん。これも美味。唇の端に付いたクリームを舐めた。そんな事をしている間にも余興は進む。
「私は何もしていません」
「酷いです! それじゃ私が嘘を言っていると言うんですか!? あんなに苛めたのにまだ私を苛めるんですか!?」
わぁ…っ。と泣き出すティアラちゃん。よしよしと慰める男達。うーん。ティアラちゃん、抱き締められた後のにやり顔が隠れてない。減点。
その後も話を聞いて下さいだの、ええい煩いお前のせいなんだから慰謝料を請求するだの何か言ってる。外野もざわざわしだしたけどどっちかに肩入れしている感じではないな。何か、急に始まったお芝居にびっくりしちゃってる感じ。
っていうか…。
「ねえねえ。あの二人って婚約してたん?」
斜め前の女子をつんつんして聞いてみた。それすら知らないレベルの俺。
「うーん…。結構曖昧なんだよね。正式に周知されていた訳ではないけれど親と子どもはそのつもりがあるような無いような程度の約束…って婚約? になるの?」
さぁ。
「それでもローズはそう決められたならって尽くしてたし身持ちも堅かったのにね」
と、その隣の女子も教えてくれる。ほうほう。
「そういうところにつけ込まれたんだろうね。自分に尽くす没落寸前の家の婚約者を舐めてたんだわ」
ふーん。成程成程。そういう事か。と、横にいた男子の言葉に頷く。確かにサテナローズの家、没落寸前だったもんねー。
それよりも。
「何だ。皆しっかり知ってるじゃん。知らなかったの俺だけ?」
「おっくれってるぅー」
「だっせー」
「なっかまはーずれー」
「やーめーろーよー」
「煩い! こっちは人生を決める大事な話をしてるんだ! 静かにしろ!」
きゃっきゃっきゃっ。と、いつもの調子で燥いでいたら怒られた。あっ。すいません! …っていうか、え? これ静聴しなきゃいけなかった感じ? そんなに大事な舞台だったの?
まぁいいや。逃げよう。と人混みに隠れようとしたら斜め前にいた同級生が横にずれやがった。やめろよ。丸見えるだろ。横に隠れようとしたらいつの間にか横にいた、これまたさっきの同級生がブロック。反対側も同様に。何で。何すんだよ。顔を見たら三人とも「いけ! いけ!」と顎をしゃくる。正気か? やだやだと抵抗したのに無理矢理押し出された挙げ句、しっしっと手を振りやがる。何その扱い。くそ。でも仕方がないので相見えた。
「えっとー。そんなに煩かった?」
「こっちは人生をかけた話し合いをしている最中なんだ! 邪魔するな!」
「いやいや…。だったらこんな所で話すなや」
「ご…ごめんなさい。折角の卒業パーティーに…」
と、我に返って青ざめたのはサテナローズ嬢。いやいやいやいや。君は何も悪くないでしょうよ。
「本当だな。お前のせいで何もかもが台無しだ!」
あー…。もう、このお馬鹿さん!!
「騒ぎ始めたのはお前らだろ?」
「こいつが悪女なせいでこうなったんだ!」
「そうだそうだ!」
そうだそうだ! じゃねーよ。同じモブだけど一言言っておく。もう少しまともなことを言いなさい!
「彼女が仮に悪女だったとしてもここで糾弾する必要があるか?」
「こいつがどんなに醜い女か、同じ学び舎で学んだ同級生に知らせておいてやらないと皆も後々困るだろうと思ってな」
「そうだそうだ!」
だーかーらー。語彙力!
「別に困らんけど」
「うん。困んないね」
「困んない」
「一ミリも困んない」
うんうん。と両隣と後ろの同級生も頷く。だよねー。
「煩い! お前らには関係ないだろ!!」
どっちなのよ。
「とにかく、サテナローズ! お前との婚約は破棄する! お前のせいなんだから責任はとってもらう! 近日中に男爵とも話をつけるから覚悟しておけ!」
こちらとあらすじに誤字報告頂きました
ご親切に、どうもありがとうございました
※「摘まんで」の送り仮名に関しては確実な答えが見付かりませんでしたが、「摘んで」ですと「つんで」と読んでしまう可能性があり、読みやすさ重視でこのままにしておくことにしました