継母に使用人の様に働かされていた私は、ある日トイレの神様と出会いました
「ルル!何ぼさっとしてるのよ!次はトイレでも掃除しておきなさい!今日はルドルフ侯爵家の方がお見合いにやってくるのよ!いつもよりも丁寧に磨きなさい!」
「すみません!今すぐやります!」
継母に命じられ、私はいつものようにドタバタ屋敷の中を走り回る。
五年前、私が十歳の時にお母様は亡くなった。お母様が亡くなった翌日、子供を一人連れた女性がどこからともなく現れ、父は再婚した。
しかし、それは私にとって喜ばしいことではなかった。
それから私の扱いは伯爵家の長女としてのものではなく、ただの侍女以下のものと成り果ててしまったのだ。継母やその娘のシャリーから、毎日のように雑用を命じられ、特に理由もなく虐げられた。体のアザは尽きることがなかったし、消えてなくなりたいと思う時もあった。
でも、亡くなったお母様は言っていた。「いい子にしてれば必ず幸せが寄ってくるのよ」と。だから私は今日も頑張るのだ!偉いぞ私!
私は命じられたとおりトイレ掃除に向かう。トイレ掃除は掃除の中でも特に好きな場所だ。これもお母様が言っていたことだが。トイレ掃除をたくさんすると神様が現れて褒めてくれるらしい。
まだ数千回ほどしかトイレ掃除を行っていない私の元に神様が現れるとは思えないが、いつか必ず神様に認められるようなトイレ掃除が出来るようになって、よく頑張ったねって褒めてもらうのだ!
私はトイレの扉前に立つ。
この家にあるトイレは合計八個。よ~し、頑張るぞ!!
ドバダンッ!!
突然目の前の扉の中から、まるで隕石でも落ちてきたかのようなすさまじい音がする。
な、何事!?
「いたた。はぁ、転移する位置ずれちゃったか……」
扉の中からは微かだが人の声が聞こえる。
今日は継母の娘であるシャリーの婚約が結ばれるめでたい日。私以外の家の者は全員応接室で待機しているはずだ。
「だ、誰!?」
私が大きな声を出しても、中の者は何も言わない。
……泥棒?それとも暗殺者?何にしても我が家にとって喜ばしい存在ではないはずだ。
人が入っているトイレの扉を開くなど倫理的にしてはいけないのは分かってる。でも今はそんなことをいっている場合じゃないわ!
「開けるわよ!」
私はドアを思いっきり押し開ける。
扉を開けるとそこにいたのは、便座に腰をかけながら両手を顔の高さまで上げて降参ポーズをしている男性だった。
「……できれば見なかったことにしてくれない?」
男性が肩をすくめながらそう言った。
年は二十歳ほど。見るからに高級そうな服を着ており、姿勢がとても美しい。彼は手を上げているだけなのに、私なんかとは比べものにならないぐらいの高貴な雰囲気があった。そして何より目を引くのがその美しい赤い瞳だった。どんなに目を逸らそうとしても、彼の瞳からは逃れることが出来ない。そんな絶対的な魅力が、彼の瞳には宿っていた。
この人知を超えた美しさ。もしかして……
「も、もしかして、トイレの神様ですか!?」
「……へ?」
「やっぱり!お母様の言っていたことは正しかったのね!でもこんなに早く来てくれるとは思っていませんでしたわ!」
「……えっと、何か勘違いしてないかな?」
「と申されますと……も、もしかして私のトイレ掃除に満足したのではなく、この家の他の方のトイレ掃除をご所望ですか!?す、すぐにその者を呼んできます!」
ああ!私のバカ!まだたいしてトイレ掃除を行ってないのに、私を褒めるために来てくれたなんて思い上がっちゃって!本当に恥ずかしいわ!
「ほ、他の人を呼ばれるのはまずい!……ええと、ゴホン。私がトイレの神だ!」
「やはり!一体誰をお呼びすれば!?」
「いや、私が用があるのはお前だ。えっと……名はなんと申す?」
「ルル・アリルドです!まさか私のトイレ掃除を気に入ってくださるなんて感激です!」
ま、まさか私のトイレ掃除を褒めるために!?なんて恐縮なの!!
「ルル・アリルド?えっと、私の記憶が正しければ、君は伯爵令嬢ということになると思うのだが……どうして使用人みたいな格好をしてるんだ?」
「あ、えっと、お母様が亡くなってからずっと、私は侍女みたいなものなんです」
さすが神様。私が伯爵令嬢だって知っているのね!
「その、君の腕に見えるあざはもしかして……」
トイレの神様の言葉に私は急いで腕を隠す。
せっかく来てくれたのに、私はなんて物を見せてしまったの!神様が不快な気持ちになってしまったらどうしましょう!褒められなくなってしまうかも!
「あ、その、大丈夫です!いつもの事なので!」
「いつもの……それはすまないことを聞いた。許してくれ」
「あ、いえ、本当に大丈夫なので!気になさらないでください!」
「いや、それでは私の気がすまない。何か私に出来ることはないか?」
も、もしかして!これは褒めてもらえるチャンスなのでは!?
「あ、あの、とても難しいことを言ってもいいですか?」
「ああ、何でもいいぞ」
「えっと、その……私の事を褒めてください!!」
「……ん?」
この反応。も、もしかして言ってはいけない事だったのかしら!?
ど、どうしましょう!!
「そんなことでいいのか?」
え?
「褒めるぐらいいくらでもしてやるぞ?例えばそうだな……多分その様子だと毎日色んな業務をしたり、毎日つらい目に遭っているのだろう。毎日頑張っててすごいと思うぞ」
「そ、そんな当たり前の事をしただけです……」
「それに今もトイレ掃除をしに来たのだろう?人が嫌がることを頑張れる人間なんてそうはいない。それは本当にすごいことだ」
「そ、そんな……」
私はあまりの事にクラクラするのを感じる。
幸せの過剰摂取は脳に悪いのだと、初めて気が付くことが出来た。
「ここのトイレはよく見るとすごくピカピカだな。これも君の努力のおかげなのだろう?」
「ち、違います!それは、多分、お母様の力です!」
「なぜ君の母の名前が今出てくるんだ?」
「お母様は周りにはかくしておられましたが、精霊さんとお話出来るんですよ!ですのでこの家のトイレは水の精霊さんによってあまり汚れが付かないようになっているのです!」
私はトイレの神様に自信満々に言った。
神様でも知らないことがあるのね!さすがはお母様だわ!神様にまで隠し事をしてしまうなんて!
「そ、それは本当か!?」
先ほどまで落ち着くような声で話していた神様は、急に大きな声を出した。
「そうですけど……」
あれ?これ言ってはいけなかったのかしら……
「ちょっと一緒に来てもらおうか」
「きゃあ!」
神様は私を軽々と肩に担ぎ上げる。ちょっと、神様!た、高いです!!
「居心地は悪いかもしれんが、少しの辛抱だ。急ぐからしっかり捕まってろ!」
神様はそう言って走り出した。
ど、どこにいかれるのですか!!応接室には行ってはいけませんからね!!
私たちは無事応接室前の扉に到着しました。……到着してしまいました。
心の声は神様に届かなかったみたいです。ああ、神様。あなたは心の声は聞けないのですか?それとも無視されているのですか?
「無理に連れてきてすまない。だがもう少し私の側にいてくれないか?」
神様は私を肩から降ろし、目を見ながら優しく言った。
神様はずるい。神様からの頼みを断るなんて私には出来ないし、なによりその目で見られたら何もかも許してしまいそうだ。
私はコクンとうなずく。
私の反応を見て、神様はゆっくり扉を開けた。
扉を開けると当たり前だがそこには継母やシャリー、父と使用人達が集まっていた。そして扉から入ってきた私の事を驚きの顔で凝視している。
私の顔を見るまでソファに優雅に座っていたシャリーは、私の事を見るなり手に持っていたコップ落とし、コップが大きな音を立てて割れた。
そしてシャリーはその音にはじかれたように立ち上がって言った。
「なんであんたが私のお見合い予定の方と一緒にいるのよ!」
……え?お見合い予定の方?……ってええ!?
私は横にいる神様……いや侯爵家の方を仰ぎ見る。
彼は騙してごめんね、とでも言うように私に向かって肩をすくめ、その後正面に向き直って言った。
「シャリー・アリルド、その母ルイス・アリルド、そしてハラルド・アリルド伯爵。以上三名を今は亡きマーリン・アリルド殺害の罪で捕縛する!!」
彼がそう発言した途端、今までなにも無かった空間から次々とルドルフ侯爵家の紋章の入った服を着た騎士が現れ、瞬きをする間に継母とシャリーと父を拘束してどこかへ行ってしまった。
「あの、一体どういうことなのでしょうか」
本当に何が何やら分からない……
「まずは騙してすまなかった。私はトイレの神ではなく、ルドルフ侯爵家三男のエルド・ルドルフだ」
「そうだったのですね……」
やっぱり私にはまだトイレの神様に褒めてもらえる実力はなかったらしい……
「今日私が何故アリルド伯爵家に来たか分かるか?」
「えっと、婚約相手を探していたからですよね?」
「それは表向きの理由だ。本当はアリルド伯爵家の罪を暴くために来たのだ」
「罪を暴く……ですか?」
「そうだ。アリルド伯爵は国家反逆の疑いがあったのだ」
国家反逆!?死ぬぐらいでは許されないほどの大犯罪ではないですか!?
「私の家はそんな事をしていたのですか!?」
「あくまで疑いだ。だから真偽を確認するために、私が婚約相手を探しているという情報を流したのだ。それによって家の者を一カ所に集め、そして私の固有魔法である転移で家に潜り込み証拠を探すという手順だったのだ。……まあ、それは失敗したが」
「固有魔法!!あの、騎士さん達が何もないところからワラワラ出てきたのもそれの力ですか?」
「まあ、そうだな。国家反逆の証拠は残念ながらつかめなかったが、ルルのおかげで奴らが殺人を犯していたことがわかってな。それで逮捕に至ったというわけだ」
「……そ、そのどうしてお母様をあの三人が殺したと分かったのでしょうか?」
「……すまない。それは国家機密だ。教えることはできない」
先ほどまで自信満々にされていたエルド様は、急にしなびた野菜のようにしおれてしまった。
……理由をすごく知りたいですけど、多分これ以上問い詰めるとエルド様は困ってしまう。
「そうですか……国家機密で無くなったら是非教えてくださいね」
「その時は真っ先に君に伝えると約束しよう」
エルド様は私の発言を聞いて優しく笑った。
「では我々の家に帰ろうか、ルルさん」
「我々の家?何を言ってるんですか?」
「ああ、そういえばまだ言っていなかったね。君の家はこれから取り壊しになる。そしてこのままだと君は路頭に迷うことになる」
な、なんですって!?ど、どうしましょう!私には行く当てなんてないのですけど!
「そう心配しなくてもいい。君が私の婚約者となればいいのだ」
「……そ、そんな」
「も、もちろん変なことをしようとか思っているわけではない。君が生きていける生活基盤を整えるまでの間、私の家から援助しようと思ってな。しかし何も関わりのない人間に援助することはできない。そのための肩書きだと思ってもらえればいい。……嫌なら断っても構わない」
エルド様は手をアワアワ振りながら、まるで言い訳をするみたいにそう言った。
本当におかしな方だ。まるで私に断られるんじゃないかとおびえているみたいに見える。
そんなことするはずがないのに。
「もちろん、喜んでお願いいたします!」
私は久しぶりに心の底からにっこり笑った。
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