本編(3/5)
眠い。
歩結は机に左ひじをつき、頭がぐらぐらしないようになんとか支えていた。これで下を向いて教科書を開いておけば読んでいるふうに見えるということは、長年の経験で分かっている。
5時間目、社会。1番窓側の1番後ろの席。11月、柔らかな陽の光が差し込んできている。居眠りの条件としては完璧だ。
別に寝たくて寝てるわけじゃない。勝手に瞼が閉じてくる。これに抗う術を、歩結は持っていなかった。
社会の担当は、歩結ら4組の担任だ。いつも面倒くさそうな顔をしていて無愛想だが、根は優しくツンデレのため生徒からは人気がある。
先生が何かを話しているのが、遠くから聞こえる。
完全に意識が飛びそうだったその瞬間、シャーペンを動かす音や紙をめくる音がふっと止まって、歩結は目を開けた。
先生が険しい顔でこちらに歩いてきていた。さあっと眠気が飛んでいく。叱られるかも、と歩結が心の中でどぎまぎしていると、先生は歩結の隣、遥の席の前で立ち止まった。助かった。
遥は机に突っ伏して寝ている。まだまだ居眠り初心者だなと、歩結は思った。
先生からの殺気を感じたのか、遥はビクッと体を起こした。
「気配には敏感みたいだな」
先生がぶっきらぼうに言う。遥は先生があまり怒っていないことに気づいたのか、微笑んだ。
「別に寝てたわけじゃないです」
「じゃあ何をしてたんだ」
「ちょっと……瞑想してただけです」
教室がドッと沸いた。難しい顔をつくっていた先生も、フッと相好を崩す。遥の耳はみるみる赤くなった。
「先生、もう目が覚めたんで、授業してください」
「俺にはまだ眠たそうに見えるが」
「先生~それはいつもですよ~」
那継が前のほうの席から口を挟むと、また教室が笑いに包まれた。「おいっ」と突っ込む遥の声が、那継まで届いたのかは定かではない。
クラスの視線に耐えかねたのか、遥はふいと窓のほうに顔を向けた。確かにこちらには歩結しかいないのだが……目が合う。
儚くて優しい――――とても綺麗な瞳だ。
みんな、遥の目はやる気がなさそうだとか眠たそうだとか言っているが、歩結にはそうは見えなかった。3年になり、体育館よりも近くで遥を見て、その柔らかな瞳に惹かれた。押したら倒れそうな、危うくも美しい雰囲気を遥は持っていた。確実に、歩結にはないものだ。
と、すぐに遥は顔を前に戻した。耳は真っ赤なままである。
教卓に戻っていく先生の背中を見ていると、隣から声が聞こえた。
「次からは遠慮なく起こして」
遥が授業内容以外のことで話しかけてきたのは、これが初めてである。
「私が起きてたら」
そう返すと、遥は笑みを浮かべた。
「なんだ、歩結も寝てたのか」
つられて目を細めると、遥はすごく嬉しそうにくしゃっと笑った。それから、ついでのように
「あ、高校、どこ受けるの」
と、訊いてきた。
「安木高。遥は」
「同じ」
よかった。
元々、田舎だから家から通える高校は限られている。大学に進学したい人はだいたい安木高校に行くし、高卒で就職したい人はだいたい安木実業高校に行く。そして那継が言いふらしている感じからすると、多分遥は安木高だと思っていたが、確かめられてよかった。




