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アフターストーリー

〈お彼岸〉


『おーはる、おはよう。サンタさんからのプレゼントはあったか』

『サンタさんじゃなくて父さんでしょ!』

『いや、違うぞ。フィンランドにはサンタクロース村というのがあってだな… …』

『サンタさんなら、プレゼントを開けるときのわくわく感、絶対わかってるもん。こんな、包装もなくバスケットボールだけポンって置いていったりしないよ!』

『いやー球って包装するの難しくて… …』

『絶対にワゴンのやつじゃん、それにこれミニバスのボールじゃなくて中学生とかが使う大きいサイズだよ!』

『いやーまさか小三でばれるとはなーまあ、中学でもバスケしたらいいじゃないか』


               *


『誕生日おめでとう。いやーもう十二歳かー早いなー』

『ありがとう』

『それで遥、まだなのか』

『え、何が』

『反抗期だよ、反抗期』

『なんでだよ、反抗することがねえよ』


               *


『遥、中学生になって、なんか悩みとかないのか』

『別に自分の悩みくらい自分で解決できるよ』

『はあ~お前は何も分かってねえな』

『なんだよ』

『いいか、親ってのは聞きたがりなんだよ。よく覚えとけ。じゃあ、好きな人は?』

『… …いない』

『お? お? 付き合ったら教えろよ』


               *


『夏休みの宿題終わったのか』

『あとワーク六ページ』

『ははっ、そのくらい昨日のうちにやっとけよ』

『俺は毎日ちょっとずつやって、ちょうど始業式の前日に終わらせる主義だから』

『中二になっても、それだけはぶれないよな~。まあでも、高校生になったら二日前に終わらせろよ』

『あっ二日前でいいんだ。てか、どうして』

『たまにはそういう年があったらおもしろいだろ』


               *


 今思い返しても、父の頭の中は理解できない。遥の、よく言えば柔軟な思考、悪く言えば意志の弱さは、間違いなく父に振り回されて染みついたものである。しかしそういうところも含め、遥は大雑把でよく笑う父のことが大好きだった。

 父は、遥が中二のとき交通事故で死んだ。

 遥は心の中で呟いた。

安木あき高、受かったよ。それから… …付き合ったよ、父さん)

 遥は合わせていた手を下ろし、目を開けた。そして墓を一瞥し、踵を返した。



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〈遥と那継なつ


 遥は五百円玉をポケットに突っ込み、家の鍵を閉めて自転車に跨った。

 春休み、昼は昨晩の残りかインスタントで十分なのだが、たまにはと、母に昼食代をもらった。

 最近、洗濯物を干すとき以外、外の空気を吸うことがない。久しぶりに外に出た。

 柔らかな日差しの中、どこからかトンビの鳴き声が聞こえてくる。山にはまばらに桜色が見られ、遥は季節を感じた。

 近くの地元密着型スーパーに着き、自転車を停める。店内に入り、遥は名物パンコーナー「ベーカリーひゃっきん」に向かった。名前の通り、約三十種のパンが百円(+税)であり、お買い得だ。

 トレーとトングをとり、パンを選ぶ。「照りマヨチーズパン」と「白身魚フライとタルタルソースのバーガー」をトレーに移した。もう一つ、甘い系もほしいなと思ったときに、春期限定という商品札が目に留まる。

 まぶされた白ごまの隙間から薄い桃色が見えている、「さくらゴマだんご」。

 柔らかな緑色の生地の表面がほんのり茶色に焼けていて、小さな切れ目からあんこが覗いている、「よもぎあんぱん」。

 ……これは迷う。

「ハル、俺と分ける?」

「うわあ!」

 隣を見ると、見慣れた顔があった。

「ナツか、びびった、まじでびびった」

「いやーすげー真剣に選んでるなと思って」

 那継のトレーを見ると、すでに「おいもディニッシュ」と「さくさくメロンパン」が載っている。しかもカゴの中には牛乳と市販のカステラが入っている。こいつ、甘党だったのか、などと思っているうちに、那継は自分のトレーにさくらゴマだんご、遥のトレーによもぎあんぱんをすいすい載せた。

「ハルはもう買うものない?」

「うん」

「俺ん家来る? 今誰もいないんだけど」

「あ、じゃあ。そうする」

 急な流れに戸惑いつつも、会計を終え、遥は那継に続いてスーパーを出た。

 那継と話すのは高校の合格発表以来である。そして那継の家にお邪魔するのは初めてだ。

 スーパーの前の、比較的幅の広い道路を進んでいく。途中で脇道に入ると、途端に両脇が田畑になった。

「あ、そういえば」

 ちらちら那継のほうを見ながら遥はペダルを漕ぐ。

「俺、付き合った」

「… …うええええええええしゃあ!」

「うるさいうるさい」

 周りに田畑しかなかったからいいものの、近所迷惑になりそうな声量だった。

「いや~そっか~そっか~どっちが告ったんだ」

 あれはどうなるんだろう、一応、俺、なのか?

「俺」

「え? 行動力ゼロのハルが? 見直したぞ」

「それは困る」

 那継は、「?」という顔をしたが、すぐに「そっか~」と嬉しそうに独りごちている。

 遥が片想いのときも誰にも話さなかったから大丈夫だと思うが、一応「人に言うなよ」と釘を刺した。

 そうこうしているうちに、那継の家に着く。集合住宅の一つだった。

 家の中に入り、ダイニングに通してもらう。

 さっそく買ってきたパンを齧る。

「いや~春休みは時間あるね~」

「うん」

「ハルは高校でもバスケするの?」

「んーまだ分からない」

 バスケは、父が中学でもやったら、と言ったから、やっていただけにすぎない。別にバスケは嫌いではないし、シュートが安定しているということで試合にもよく出してもらえて楽しかった。でも、引退してからバスケをやりたいと思ったことはない。自分がバスケが好きなのか、よくわからない。

「ナツはサッカー続けるの」

「そのつもり。俺ぁサッカー好きだから」

 それからたわいもない会話をして、パンを食べ終えた。

 玄関まで那継が見送ってくれる。

「よかった、ちょうど誰かに会いたいな~と思っていたところだったから。今日会ってなかったら明日にでもハルに連絡しようと思ってたもん」

「俺… …なんだ」

 遥はいろいろな人によく話しかけてもらっていて、学校や部活で話す人はいるが、プライベートで会う人はいない。それに対し、那継は交友関係が広い。サッカー部の人たちとよくつるんでいるし、クラスではもっと賑やかな人とも仲が良かった。

「いや、なんか、ナツは友達多いから」

 どうして俺と仲良くしてくれるんだ、という言葉を飲み込んだが、那継には伝わったようだ。

「ハルは、大人だからな。俺は大人な人と一緒にいたい」

「… …俺はまだまだ子どもだぞ」

「ははははっ、そういうところだぞ、ハル」

 にこにこして人当たりがいいが、実はいろいろ考えているのがとても那継らしい。

「まあそれに、俺は友達だと思っているよ?」

「俺も」

「じゃあいいじゃん」

「確かに」

 ドアに手をかける。

「じゃあ、また」

「おおーバイバイ!」

 遥はドアを閉めて、少し笑った。

「ありがとう、ナツ」



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〈高校入学〉


 キュッ、キュッ

 階段を上がっていくと、懐かしさを感じる音が体育館から聞こえてくる。

 佑季ゆきの後に続いて歩結ふゆもフロアに入っていく。

 佑季とは三年間バスケ部で一緒にプレーしていた。歩結と同じクラスになったことはなく学校生活で接することはないのだが、プライベートではそこそこ連絡を取り合っている。

 フロアの手前のコートで男女バスケ部、向こう側で男女バレー部が練習を行っている。端に一列に並べられたパイプ椅子に、佑季と二人、奥から詰めて座った。

 今、バスケ部は男女一緒にフットワークをしているところだ。

「選手、オア、マネージャー!」

 ハロウィンみたいなノリで聞いてきたのは、マネージャーの女の人だ。

「選手希望です、お願いします」

 歩結が戸惑っている間に佑季が即答する。

「私も同じです」

 歩結も返した。

「おお~」

 マネージャーさんは手をパチパチ叩いた。

「もう、入部は決まってる感じ、それとも他と迷ってる?」

 佑季と顔を見合わせる。佑季が答えた。

「ほぼ決定って感じです」

「うおお~」

 マネージャーさんは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。これは佑季とテンションが合うな、と歩結は思った。

「今、他に二人決定してて、迷っている子が四・五人いるって感じ。今日は来てないけど。まあいつ帰ってもいいからゆっくり見ていってね」

 そう言ってマネージャーさんは離れていった。

「なんか雰囲気よさそうだね」

 佑季がこそっと歩結に言う。歩結はうなずいた。

 練習を見ていると、すでに一年生男子が数人混ざっていることに気づいた。同じ中学の人がいる。

 少しして、横からマネージャーさんの声が聞こえてきた。

「選手、オア、マネージャー!」

「……選手です」

 聞き慣れた声に、歩結は思わずそちらを向いた。

「遥っ」

 佑季が声をあげると、マネージャーさんが振り向いた。

「おっ、知り合い?」

「中学一緒です」

 佑季が返す。

「そっか。で、君はどう? もう入る感じ?」

「いや… …まだ分からないです」

「そっか。まあゆっくり見ていってね」

 マネージャーさんが離れていくと、佑季がちょいちょいと手招きし、四席空けて座っている遥を招いた。遥が歩結の隣に移動してくると、佑季は満足げに笑った。遥は佑季から歩結に視線を移し、目で問いかけてくる。知っているのか、といった感じだ。歩結は小さくうなずいた。歩結はまだ、佑季にしか言っていない。佑季はこう見えて口が堅いからだ。

「うおー」

 なぜかは分からないが、佑季が隣で唸っている。

 それからしばらく練習を三人で見る。フットワークが終わると、男女ハーフコートで分かれてランニングシュートの練習が始まった。

 それも終わり一旦水分補給に入ると、筋肉質の背の低い男子が一人、見学席のほうに近づいてきた。遥たちの代のキャプテンの子だ。

 彼は持っていたボールをこちらに投げた。遥がすぐに反応してキャッチする。

「ナイスキャッチ。遥、練習入れよ」

「… …バッシュ持ってきてない」

「もー誘っても来ないし、来たと思ったら練習入らないし」

 強く鋭いまなざしを、柔らかな瞳が見つめ返している。

「ほら、練習始まるぞ」

「いいか、明日はちゃんと持って来い」

 彼は後ろ髪を引かれるように練習に戻っていった。

 どうやら遥は、バスケ部に入るか相当迷っているらしい。中学のとき遥が練習熱心だったことを知っているから、歩結は少し意外に感じた。

 それからしばらくして、「先に帰るね」と佑季が言い出し、佑季は先輩に会釈して、にやにやしながら逃げるように帰っていった。

 対人練習をもう少しだけ見て、歩結と遥も体育館を後にする。

 二人で話すのは、高校の合格発表以来だった。そのときのように、二人並んで自転車を漕ぐ。

「歩結は… …バスケ部に入るの?」

「うん、そのつもり」

「… …どうしてバスケ部に入るのか、聞いてもいい?」

「運動部には入りたいから… …消去法かな。もちろんバスケも好きだけど」

「… …そっか… …俺も消去法ならバスケなんだけどな……」

 なるほど。歩結は、遥が何を迷っているのか分かった気がした。

「バスケ部に入るか、それとも部活に入らないか――って感じ?」

 遥は少し目を見開いて、それから目を細めた。

「いやー本当にそうなんだよ。どうしよっかな」

 遥の瞳が、いつも以上に儚く、優しく見える。

「歩結が入るなら、俺も入ろっかな」

 どうして、そこまで遥が悩んでいるのかは歩結には分からない。でも… …

「いいよ、それで」

 遥の軸が定まらないのなら、別に自分が使われてもいい。

「ありがとう」

 とても気持ちのこもったその言葉に、歩結はうなずいた。そして、互いに発した言葉以上に、心が通じ合っている感じがして、歩結は嬉しくなった。


 その後、バスケ部に入った遥が、熱心に誘われていた彼にめちゃくちゃ喜ばれ、そこそこ楽しく部活をしているのは、また別の話。



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〈歩結と遥〉


 朝から日差しが強い。自転車を漕いでいると、生暖かい風でTシャツがはためく。

 歩結は安木市の市街地に来ていた。人口約五万人のこの町は、ショッピングモールや市役所、総合病院などが中心部に集まっている。

 広場を通り過ぎ、その隣の図書館に自転車を停める。

 中に入り、学習スペースに行くと、待ち合わせしていた遥はすでに勉強を始めていた。夏休み終盤ということもあって、開館して間もない図書館にちらほらと勉強している人を見かける。

 歩結が遥の隣に座ると、遥が気づいて目が合った。静かな空間であるため言葉は交わさず、歩結も持ってきた宿題を始める。

 二時間くらい経ったあと、遥が「帰る?」とささやいた。歩結はうなずく。宿題を片づけて図書館を出る。

「どうする? ご飯食べて帰る?」

 遥が聞いてきた。

「うん」

 駐輪場に向かう。

「宿題捗った、明日中に終わりそう」

 歩結がつぶやくと、遥がフッと小さく吹き出した。

「いや、終わりそうじゃなくて、終わらせないとだめでしょ」

 それはそうだ。明日は夏休み最終日なのだから。

「俺は… …今日中に終わるかな」

 遥は微笑んだ。それは、歩結が初めて見る顔だった。

「去年までは前日に終わらせていたんだけど… …今年は二日前に終わらせようと思って」


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