大氾濫
出産から1年、母の体調も妹達の体調も安定してきた。
俺はこの1年間、流点気と剣術をサボらず努力し5歳になったからかある程度体の基礎部分が出来てきていた。
父は相変わらず仕事に行かず妹達と遊んでいたので「父様、仕事は?」と聞いたら数日前に話してもらった魔獣の大量発生で普通のイノシシや鳥が軒並み食われ今は狩る生き物がいないらしい。
ちなみに魔獣の主食は普通のイノシシや鳥、豚、馬など人とそんなに変わらない。だが何故、魔が名前につくかというと普通のイノシシなどが魔獣石と呼ばれている石を体内に取り込むことによって普通のイノシシから魔獣のイノシシになるのだ。
魔獣になることによって変わるのは大きさや凶暴性や攻撃手段などが変わるようだ。
そしてこの世界には魔獣と魔物の2種類がいる。
どちらも一緒じゃないか?と思ったが全然別物らしい、というのも魔獣と魔物の大きな違いは死体が残るか残らないかという違いだ。
魔獣は死ぬと死体が残るため皮やツノなども加工して武器にも使うことが出来たりするが魔物は死体は残らず死ぬと魔石以外は灰になって何も残らないという違いだ。
父は魔獣数体相手なら余裕で倒すことが出来るらしいが森で魔獣が大量発生しているせいで1匹の魔獣を倒そうとするとその周辺で群れている魔獣が一斉に襲いかかって来るようで、今はとても森に入れる状態にないと言っていた。
俺もそんな話を聞いておいて森の近くを通る更地や森での修行に行く度胸もなく家の前で素振りをしている。
集中して木刀を上から「ダンッ」と振り下ろし、足でまた踏み込んで木刀を上に上げ「ダンッ」と振り下ろす。
一回一回の素振りの間隔は前とあまり変わっていないが下半身を鍛えたからか音とスピード、威力が全然違う。
集中しようとするがやはり森から放たれるこのプレッシャー?威圧感?緊張感?に気を狂わされる。
森の方を見ると勘違いだろうが森がざわついているように感じる。まるで群れ同士でどちらが上かを競っているかもような、、、嫌な緊張感だ。
俺はそう思い、素振りもそこそこにやって家に入った。
妹達も森からの嫌な緊張感に当てられたのか、ただ単純に嫌なことがあったのか朝からずっとメシアとフィリア、両方ともギャン泣きだ。
「アルちゃん、大丈夫だった?」
「うん。俺は大丈夫だけど森の方がいつもより騒がしかった気がする。父様、騎士団の人達はいつ頃来るの?」
妹達を必死であやそうと頑張っている父に聞く。
「それが正直分からんのだ。ガントとも話し合って騎士団に救援を頼んだのだが騎士団が来てくれる保証はない。」
「え?じゃあ騎士団って何してるの?」
「アル、騎士団と言っても種類は様々だ。貴族騎士団、王族騎士団、帝国騎士団、これが主な3つだ。貴族騎士団は名前の通り貴族が私有財産を使って国同士の戦争、使えている貴族の護衛、領地にある村の救援を行うためのもの、だから貴族によって大きく差がある。お金を多く持ち1つの村のために騎士団を動かしてくれる貴族もいれば私有財産で作っているからと言って自分の護衛などにしか使わない貴族も居る。」
「それってこの村、やばいってことでしょ?」
「、、、、、、ああ。」
「森を見てきてよ。勘違いかもしれないけどもうすぐに魔獣達が山から降りてくるかもしれない。時間がもうないよ!!貴族騎士団以外にも救援を求めたほうが、、、」
「それは無理だ。王族騎士団は王族の護衛のためにしか動かない。一種の親衛隊のようなものだ。王族騎士団を動かせるのは仕えている王族のみ。この村がどうなろうと王族騎士団には関係ない。帝国騎士団は戦争のために作られた騎士団だ。戦争時以外では各々各地で訓練し高めていざ戦争になると王命令で集まる。規模としては最大だ。」
「じゃあ、結局可能性があるのは貴族騎士団ってこと?」
「ああ、そしてこの村がある領地の貴族はあまり良い人ではないということだ。」
「なら村を捨てて逃げるしかないよ。」
「今の子達はそう言えるかもしれんが私達はこの村を捨てられん。襲われない可能性にかけるしかないのだ。」
「妹達が危険にさらされるかもしれないのに?」
「それでもだ。この村を出てもこの村の人数を数日飢えさせず持たせられる村は周辺にない。」
「まさか村の人の数を減らすために残ってるってこと?、、、、村が襲われたという事実があれば周辺の村も同情心で逃げてきた村人を保護してくれるかもしれない。これが一番、生き残る人が多いわけだ。」
「ああ、アルテナートは頭がいいな。」
これだから異世界は嫌いなんだ。なんだ?村の人の数を減らすって意味がわからん。死んでいく者たち生き残った者たち、どちらも幸せになれない。
「俺は妹達と母様を守るだけだよ、命を賭けても。それが兄としての先に生まれた者としての使命だからね。」
「ああ、お前には期待している。」
その時の父の顔は死を覚悟した戦士の顔だった。
俺はここ毎日、森を観察している。
父はまるで最後の教えのように狩人の技を教えられた。弓は使えないから教えてもらえなかったが気配の感じ方、より遠くを見る方法、魔物との戦い方、気候の予想の仕方、色々と教わった。
だからこそ、森が急に静かになったのをより不気味に感じる。これこそ嵐の前の静けさだ。
俺は覚悟を決める。
だがそれでも俺の中では何故この日常が崩れるのか?貴族騎士団は来ないのか?そういう思いがあるが悔しいがこれが異世界での現実だ。
最近、5歳の誕生日プレゼントで父からもらった刀を肩にかけて生活している。刀は日本刀の短い物で40センチメートルほどで切れ味はよく鞘には5枚の桜の花びらのような家紋が入っていた。我が家では何故か男の子が5歳になると短い刀を贈る風習があるそうだ。
刀を常に身近に持っているのはいつ森の魔獣達が一斉に村に押し寄せてきてもルシアやフィリアを守れるようにだ。
森が不気味に静かになって1週間が経った。
朝起きて食卓に行くといつものように妹達に変顔し笑っている父、ご飯の用意をしている母、父の変顔に戸惑う妹達。
日常だ。
だが、日常は一瞬で崩れる。
森の方から「ぎゃあああああああああああああああ!!!」という耳の鼓膜が破れるかもしれないほどの叫び声が聞こえてきたかと思ったら体が痺れて動かない。
「金縛りだ!!」父が焦っていうというと3秒ほど体が全く動かなくなりさらに同時に地面が揺れ始める。
最初は地面が少し揺れているだけで勘違いかと思ったが徐々に揺れが大きくなっていきテーブルが傾き始める。
(地震か?)
そう思うが違うと分かるのは家の裏から聞こえてくる魔獣達の走る足音だ。
「ドドドドドドッ」と凄まじい音が森の方から聞こえくるのと地震だ。
「、、、、、魔獣達が来るぞー!!」
父がそう叫ぶと母と俺はすぐに妹達のそばに駆け寄り、俺がメシアを抱っこし母がフィリアを抱っこし家の外へとダッシュする。
大氾濫に向けて父と母と話し合った結果、母から「私は3人を生んでからどうにも体力が落ちてしまっているようなの。それにメシアとフィリアの二人を抱えながらだとどうなるかわからないわ。だからアルちゃん、メシアちゃんはあなたが抱っこして逃げてあげて。自身をつけた貴方ならきっと逃げ切れるわ。」そう言われた。
俺は肩に掛けていた刀を抜き鞘を捨て空いた背中で妹を抱え紐で縛る。優しく縛りすぎると背中から落としてしまうかもと思いメシアに申し訳ないと思いながらきつく紐を結びつける。
念のために置いてあった備蓄の食料を入れた布でできた袋を持って家から出る。
(ここからは魔獣達との鬼ごっこだ。囲まれれば終わり、とにかく隣の街まで走り切る。)
俺はメシアのために母はフィリアのために互いを気にせず走り出す。
魔獣が追ってきているからか俺の走る足はいつもより重くどうにもうまく動かない。魔獣との距離を見ようと後ろを見ると
父は家の屋根に登って矢を構えている。父のそばには家にあったすべての矢が置いてあって50本ほどおいてある。
すでに魔獣は家の所まで来ており父は3本の矢を一気に構え撃って魔獣を足止めしている。だが魔獣の中でも知能があるやつは家の上に登って父を近くから殺そうとしている。
「父様ー!!」
俺は全力で走りながら叫ぶ。
「アルテナート!!覚悟を決めろ!!俺の代わりに母を、妹達を頼んだぞ!!」そう言って家に登っていた魔獣を剣で真っ二つに切り裂いて矢を構える。
俺は涙を流しながらただ走る。
父の言葉で重かった足もまるで嘘みたいに軽くなり俺の走るスピードも上がる。
村にある他の家の方でも「魔獣達が来るぞ!!」と村守備隊の人たちが叫んでいる。
(生き残る!!生き残る!!俺だって誰かを助けられるんだって妹を助けられるんだって!!ここで前世とは違うんだって!!証明しろ俺!!)
俺は懸命に走る。
隣の街までは20キロメートル弱、大人が走れば最低でも2時間半でつくだろう。
だが問題は2つ。1つ、最短距離である20メートル弱は坂、凹凸な道、山を通らなければならない。坂、凹凸な道はともかく森は魔獣がいるから通れない、となると商人が通るある程度舗装された道を通ることになる。だがそこを通る人が多ければ多いほど魔獣は匂いに引き寄せられてより多くの魔獣が集まってくる。
商人の通る道は我が家からかなり遠い。
どう行くべきか。
2つ目の問題。魔獣に追いつかれないように走らないといけないこと。休憩はもちろん取れないし一瞬の油断が命取りになる。言い方は残酷だが他の村の人が魔獣に食われている間に俺達は逃げるのだ。
街に行く方法はざっと3つ。
1、最短距離でとにかく魔獣を殺しながら進む。俺の体はまだ6歳直前、体力はそこまでない。流点気のお陰で長時間走れるがこれがないとすぐバテる。だからこそ体力のあるうちにつかなくてはいけない。遠回りして安全を確保している時間はないのだ。
2、1を行いながら途中にある洞窟を上手く抜け村まで行く。隣村までには山が2つある。どちらにも下から反対に抜けられる洞窟があるようだ。だがこの洞窟はわからないことが多く存在自体は知られているが通る人は平時でも居らずどうなっているのか?魔獣達が集まっていないのか?はわからない。
3、これはほぼないが森で魔獣達が居なくなるのを待つ。俺1人なら魔獣を狩って食って数日生活するのも出来なくないが妹メシアがいつ泣き出すかわからない。隠れて寝ている時に泣かれれば魔獣に見つかり囲まれる。
俺は走りながら目の端で魔獣に襲われている村人に申し訳ないと思いながら走る。
どこかの小屋が壊されたのか馬が俺達と同じ方向に一匹走っているのを見てこれは使えると思って馬の上に乗る。
乗馬なんてやったことがないからコントロール出来ないがこの馬はしっかりと魔獣から逃げるように俺が目指している1つ目の山に向かっている。
3分ほど馬に乗って休んでいると前方にあの二人が見える。
ディオナとルークだ。
「あれ?アルテナートじゃない?」
「アルだ!!我が親友アルーー!!」
(叫ばないでもらいたい、魔獣達が寄ってきてしまう。)
無視しても良かったが流石に良心が痛み馬から降りる。
「ここで何しているんだ?二人共。魔獣はもう来ているんだぞ!!」
「チッうるさいわね。」
(これは俺嫌われたなディオナに。)
「ディオナ、生き残るためにも状況説明を頼む。僕は英雄になるまで死ねないんだ。」とルークが必死にいう。
「はあ、、、、想定外のことが起きたの。村の人達は皆が商人の通る道を目指して走った。でも魔獣達の大移動で山が崩れて通れなくなったの。」
そう言ってディオナは沈んだ顔をする。
「だから僕は英雄として皆を守るためにここにいる!!」
「いや、ここのいたら囲まれて死ぬよ絶対!!」
「分かってるの!!分かってるけどここで魔獣を少しでも減らさないと、みんな商人の道が通れなかったからって山を登ってる。でもあんな登りにくいところを魔獣達に追いつかれずにあの人数じゃ無理よ!!今から私達が行っても魔獣達の待ち伏せに合うだけ。」
「まじかよ!!下手すれば村の住人全員死ぬぞ!!貴族騎士団の連中は村1個なくなっても動かないのかよ!!」
(どうする?元々考えていた逃走ルート3つはどれもだめだ。1は山登りしながら大量の魔獣を相手にしなければいけないし2は山に魔獣が集まってくるってことは洞窟にいる魔獣も増えて囲まれる。3は魔獣の数が多すぎて隠れるのは無理。)
俺達4人は隣村に向かう1つ目の山に向かいながら俺は考える。
(せっかく戦えるルークがいるんだ。俺と合わせて戦闘員二人、妹をディオナに預ければ全力で動ける戦闘員が2人いることになる。俺達の戦闘での欠点はスタミナだ。同じ場所で動かず戦い続けるならまだしも走りながら戦うなんて不可能だ。)
俺達4人は1つ目の山の麓に着く。
「いっぱいいるな。」
「でしょ?」
「みんなで力を合わせればいけるはず!!」
(考えろ、考えろ、生き残る為には何をすれば良い?4人で生き残る道は必ずあるはず。戦闘員が2人もいるんだ。その利点をやっぱり使う。となると走りながらか?無理だろ。止まって戦えばお互いに背中をカバー出来るが、、、、止まって戦う?逃げることばかり考えていたが、、そうか!!)
「2人共、聞いてくれ。俺達は今からこの山の麓に隠れる。最初はきっと魔獣達は山を登る他の村人たち目指して追っかける。だが最低でも夜になれば死体を漁るため周辺を嗅ぎ回り始める。だから夜は俺とリアム2人でずっと警戒し続ける。村人たちが街に近づけば近づくほど多くの魔獣はネオンの街目指して俺達から離れていく。そうしたら俺達は逆にネオンの街と逆方向であるギアンの街目指して行こう。そして問題である、追ってきた魔獣をどうするか?だけどそこはこの村の建物を使って奇襲戦法をすれば正面からでは勝てなくても勝てるはず。ダイス村で追ってきた魔獣を殺し逆に森を突っ切ってギアンの街に行こう。」
「食料はどうするわけ?」
「2人には悪いが魔獣で頼む。食料は妹にあげたい。」
「それは当たり前だな!英雄として!!俺は弱き者を守る存在だ!!」
「じゃあ、これでいくぞ。生き残ろう。」
「「うん!!」」