剣
俺は日課となった剣の素振りを家の前でする。
ブンッブンッっと音を鳴らしながら剣を振っていると
順調にお腹の大きくなってきた母が
「アルちゃん、もう更地で素振りしなくていいの?」
と聞いてくる。
「邪魔だったら更地まで行ってくるよ?。」
「いや、邪魔とかじゃないんだけれどガントさん家の息子さんがアルちゃんと一緒に素振りしたいって言ってたって聞いたから。なにか嫌なことでもあったのかなー?なんてね。」
(田舎の情報力えげつねー。)
母は妹がお腹に宿ってから家を出るのは基本1週間に一回くらい、なのにも関わらず俺が更地でルークに会っていた事、更にルークが一緒に素振りしたいと言っていることまで知っているとは、、、田舎って怖い。
「母様、僕は生まれてくる小さい妹達を守るためにも剣を振っているのです。だから今は母様のお腹にいるので母様を守るために家の前で睨みを効かせているのです。」
(本当は単純にルークとディオナに会いたくないだけだ。あのままだと本当にリア厶に天剣祭に連れて行かれそうだし二人の愛を邪魔しちゃいけないしね。)
「あら、アルちゃんはやっぱり優しい子ね。この子もきっと頼もしく思っているわ。お兄さんの事。」
そう言って母は笑い家の中に戻っていった。
素振りに集中しようと思うと遠くから
「アルー!!一緒に素振りしようぜー!!」
とルークが走ってくる。
(タイミング悪いな。せっかく集中してやろうと思ったのに。)
俺が厄介だという雰囲気を出しているのにも関わらずルークはそんなことは関係ないかのように切らした息を整えて
「なんで、前回一緒に素振りしなかったんだよ?」
と聞いてくる。
「ほら、幼馴染の二人の邪魔したら悪いだろ?」
「ん?幼馴染?まだ会って一年ぐらいだけど」
(いや違うんだよ。異世界常識、可愛い幼なじみとは結婚確定なんだよ。邪魔な俺が入ると良くないだろ。)
「いや、違うんだよルーク。美少女幼馴染ってのは大切にしないといけないんだよ。」
「美少?女ってのは良くわかんねーけどもうアルも俺の幼馴染だろ?」
俺は改めてルークのことを凝視する。
父親と同じ金髪に近い茶色い髪、金色に光る瞳。西洋風な彫りの深いイケメンな顔。俺と年はそう変わらないのに15センチくらい高い身長。
将来きっとこいつはモテてイケメンになるだろうと思う。
これで近衛騎士団に入りでもしたら貴族の女性たちにも人気になるレベルだろう。
、、、、俺?俺は自分の顔は見たことがないが髪は黒色。身長はおそらく平均より下。簡単に言えばちびだ。
(世の中は不平等だ。)
「アル、素振りをしてみてくれ。」
「え?見せるの?」
「いいんだよねー、素振りは。ただ速く上から下に振るだけなのにこんなにも奥が深いだなんて。」
(父と息子そっくりだな。)
「そういうなら。」
俺はいつものように流点気を上手く使ってブンッと振る。上に木刀を持ち上げまた流点気を流してブンッと振る。
「なるほど一回一回を大切に振るっているんだね?だけどその振りの速さじゃ魔物とは戦えない。」
そう言ってルークは木刀を上に構える。一瞬見えたリア厶の手は最近素振りを始め少し皮が剥け始めた俺の手とは違い何度も何度もかさぶたになっては破けかさぶたになっては破けを繰り返し皮の厚くなった手をしている。
「ハッ!!」
そう言ってルークは木刀を振り下ろす。俺よりも長い手、俺よりも高い身長で振る木刀は俺の音と違ってバンッと何を叩いたような音がする。それをルークは何度も連続でバンッバンッバンッバンッと30回ほど連続でやる。
傍から見ても俺のブンッという素振りとルークのバンッという素振りでは圧倒的にルークのほうが凄いと分かる。
(ルークは体格っていう才能、剣の才能、そして努力っていう才能、なるほど世界は平等だ。一生懸命努力出来るから才能があるんだ。)
「どう?僕の素振りは?」
「俺とはぜんぜん違う。レベルが違う。同じ素振りっていうのも申し訳ないくらいだ。」
「ハハッありがとう。でもアルの素振りも良かったよ。」
(うーん。こう見せつけられると俺は何をやっているんだと思えてくる。こんな凄い少年がいて俺が妹を守る?笑い話も良いところだ。この村はきっとこの少年が守ってくれるだろう。俺にはやっぱり人を守るなんていう大層な事はできない。自分の身を守るだけで精一杯だ。)
「じゃ、素振り一緒にしようか。」
俺とルークは並んで
「「いちッ、、にッ、、さんッ、、しッ、、」」
今日の俺は素振りに全く集中出来なかった。
夜ご飯になっても俺のやる気は抜けていた。
「どうした?アルテナート。そんな顔して」
父は心配そうに俺の顔を見る。
(俺はそんな沈んだ顔なのだろうか?)
「今日ルークと一緒に素振りをしたんだ。」
「喧嘩でもしたか?」
「いや、リア厶の凄さに圧倒されて、、、」
「なんだ?そんなことでしょぼくれてるのか?」
「、、、、」
「フッ素振りを初めて三ヶ月やそこらのお前がもう一年半も毎日、日が暮れるまで振っている子に勝てるわけ無いだろう。」
(当たり前だ。分かっている。努力の差がそのまま現れたんだって。前世で最後力があれば女子高生を守れたかもしれない。そう思ったからこの世界でも俺なりに努力はした。万変球に流点気を吸われるのも疲れるしたまに気絶するし俺なりには頑張った。素振りだって一回一回を大切に毎日やっていても、、、、、、、やっぱり俺は普通なんだって思わされた。)
「ごちそうさま。」
俺はしょぼくれたまま自分の部屋へと戻っていった。
不貞腐れて寝たふりをしていると
「アルちゃん、開けてくれる?」
母が部屋に入ってこようとする。
「うん。」
俺は部屋の扉を開ける。
目の前に立つ母はお腹を擦りながら片手に温かいミルクの入った小さなコップを持っていた。今まで一度も使っているところは見たことがなかった。
俺は急いで母が座るための小さな椅子を持っていく。
「アルちゃんは本当に気が利くわね。」
そう言ってお腹を大事そうに抱えて椅子に座る。
俺がベットに座ると母は微笑んで
「私はアルちゃんが頑張っているの見てるわよ。素振りだけだったら確かにルーク君のほうが頑張っていたかもしれない。でもアルちゃんは素振りだけじゃなくて万変球にも試行錯誤して気絶するぐらいまで頑張っていたでしょう?凄いわよ。お父さんやみんなから見たらただの球いじりに見えるけどちゃんとその力を意識できるようになったのでしょう?」
(母はどうやら俺と同じでこの流点気を意識して感じられるらしい。)
「その力を意識できるのはほんの一握り小さい頃はあまり役に立たないかもしれない。でも大人になって武人として生きるならその力を扱えるか扱えないかでは大きな違いよ。あなたの努力は間違ってない。あなたの気持ちや思いは伝わる人には伝わるのよ。だから頑張りなさい。」
そう言って母は微笑んで俺の頭を撫で部屋を出ていった。
残された俺の顔からは涙が出ていた。
(前世では努力した一生懸命やった、そんなこと一つもない俺が自分の身を守るため人を守れるくらい強くなるための努力はやっぱり無駄だと思った。だけど母には伝わっていた。俺の努力を、思いを。何をしょぼくれているんだ俺。今度こそ見せてあげたい、俺の一生懸命を。)
この日俺は二人目の母を母として認めた。
その日から俺の剣は変わった。
いや、変わったというほどの変化はないかもしれない。だが確実に俺の剣は鋭く重い剣になった気がする。
俺は今までの修行を変えることにした。
今俺は家の裏庭の外にある森のでっかい石の上に木刀を持って座っている。
(剣をより早く振るにはどうしたら良いのだろうか?腕に筋肉をつける、普通に考えればこれが正解だ。だが何事も必要なのは土台をしっかり作り積み上げることだと前世ではよく言った。だったら足腰から鍛えてみてはどうだろう?剣を振るとき足は踏み込んで振る、ということは足腰も大切だ。ならどんな修行をすれば良い?)
そうして俺が考えた修行はごく簡単なもの。
山に落ちている岩に縄をくくりつけては引っ張る練習と、とにかく踏み込んで摺り足をするというもの。
言うのは簡単だ。
だがこの修行は思ったよりもきつい。岩は自分と同じ大きさなら俺の体重に引っ張られ動くようになるが自分の体重より重い岩を引っ張るとなると全然違う。引っ張ろうをしても逆に引っ張られるしお腹に縄をつけているからお腹も苦しくなる。流点気を上手く使おうにも足に流点気が留まらない為使えない。
摺り足だって楽しようと思えば力を抜いて山を登れる。踏み込んでいるから足の裏の皮は破け病気になるんじゃないかと心配になるし虫を踏んだ時の感触は気持ち悪いし草鞋みたいな吐くやつはすぐ壊れて使い物にならないし辞めたい理由ならいくつもあった。
何度もやめよう、普通が一番、こんなことしても仕方ない、そう思って辞めようとするが母にあそこまで言われて諦められる俺ではない。
毎日岩に括り付けた縄を引っ張っては摺り足で山を登り縄を引っ張って摺り足で山を登りを繰り返して三ヶ月俺は家族以外の誰とも会っては居なかった。
俺は三ヶ月でやっと予定していた岩を引っ張ることが出来た。俺は自分の体を見る。子供ながらに筋肉の付いた足、踏み込みによって何度も向けた足裏の皮、岩に逆に引っ張られてできたお腹の縄の跡。
すべてが努力、一生懸命やった結果だ。
俺は摺り足で登った山を駆け下りて家に戻る。
「母様!!」
「ん?どうしたのアルちゃん?」
苦しいはずなのにいつものように優しい家顔で笑ってくれる。
母はもうお腹が限界まで大きくなり予定では来週一週間のうちの何処かで生まれるのではないかという予想だ。
だから今日が最後の俺が家を空けられる日だ。
「母様、行ってきます!!」
「いってらっしゃい。」
俺はその声を聞いて木刀を持ち全力で走って更地へと向かう。
更地にはやっぱりというか案の定、ルークが素振りをしていて隣にはディオナがいて二人で痴話喧嘩をしている。
「何があっても俺が守ってやるよ。」
「嬉しいけどもうちょっと大人になっていってほしい。」
俺は更地に入った瞬間に大きな声で
「ルークー!!!!!!」
と叫んでルークの方に木刀を向け
「決闘だ!!」