優しい人
階段を降りるとき、目の前に人がいたら背中を押したくなる。
駅のホームで、目の前に人がいたら背中を押したくなる。
水筒を利き手で持っていると、それで頭を殴りたくなる。
ボールペンを走らせば、その先端で他人の目を突きたくなる。
マフラーを巻いている人を見ると、首を絞めたくなる。
傘を持ってると、足を引っかけたくなる。
出された料理を、意味もなく床にぶちまけたくなる。
他人が大切にしているものを、壊したくなる。
普段そんなことばかり考えている。
無性に誰かを傷つけたくて、傷つけた事実に自分も傷つきたくて、死にたくなりたい。
けれど、こんなつまらないことをして人生を棒に振りたくない。いや、振りたくないっていうのは違う。その先のことを考えると、ただただめんどくさい気持ちになるのだ。めんどくさくなって、結果何もしないのだ。
たったそれだけの思いで行動に移さないだけの私を、他人は「優しい人だよね」と瓶にラベルを張るように評価する。
——本当に優しい人は、そもそも他人を傷つけたいなんて考えないんだろうなぁ。
少しだけ、ほんの少しだけ泣きたくなったのは内緒だ。
お読みいただきありがとうございました。