88[2-22].創造と破壊を超える 一番の神
どうしたんだ、ユーサ。
あと少しで君を下界に送れるようにできるから、それまでは最後の休憩をしておけ。
……そう言ったはずなのに。
余計に疲れている顔をしているね。
……前世の夢を見ていた?
……そうか、大変だったね。
それで。
……今、胸に引っかかってるのは何だい?
どうすれば良かったのか。
もし、あの時の自分が動けていたら。
もし、もう一歩だけ早かったら。
やり直すためにはどうすれば良かったのか。
今さらでも、そこに答えが欲しい。
……そういう顔をしているね。
……なるほど。
まず、義理のお兄さんの言葉について言っておく。
少なくとも君が義兄から聞いた言葉は、「間違っていない」部類だ。
君が言い返せる、隙間は無い。
ただ、君の場合。
九割は君が悪いだろうけど、残りの一割は相手にも落ち度があったかもしれない。
神は君の話しか聞いていないからね。
だから、義兄の言葉を全て「正しい」とは完全には言えない。
神は片方の意見だけで裁いたりはしないからね。
だから、受け止めるのは大事だが、自分を責め続けるのは、違うと思うよ。
ユーサ。
やり直しの機会やチャンスは、どうすればできたのか。
だったね。
君は、機会やチャンスって言葉を、運みたいに思っているかもしれない。
『来たら掴むもの』だと思っているかもしれないが、それは違う。
人と人の関係において、機会やチャンスというのはね、
誠意と信頼が積み上がったあとに、ようやく生まれる余白に、宿るものなんだ。
順番がある。
まず、誠意のある行動をする。
次は、相手に「この人とは、ちゃんと通じ合える」と思わせる。
それが信頼になる。
信頼が積もると、相手の心に隙間ができる。
「……、一回ぐらい、聞いてやってもいい」
「……、一回ぐらい、待ってやってもいい」
「……、一回ぐらい、信じてみてもいい」
この、一回ぐらいが、余白だ。
そこに、『もう一度』という機会が生まれる。
逆に言うと、誠意が欠けた者には、そもそも余白ができない。
信頼を生む努力をしなかった者には、相手が心を緩める理由がない。
だから、無条件には訪れない。
空から降ってくるように見えるチャンスは、だいたい勘違いだ。
たいてい『誰かの中に積もっていた信頼が、たまたま奇跡的に溢れた』だけだ。
奇跡に見えるのは、そこまでの積み上げが見えていないからだ。
君は前世で、その順番を飛ばした。
飛ばしたというより――途中でやめた。
『やり直し』ができるのは、相手が君を赦して「もう一度」をくれたときだ。
誠意が欠けた者に。信頼を積まなかった者に。
「もう一度」が生まれるはずがない。
君は、前世の家族に信頼してもらうような行動をしたのかい?
誠意のある対話をしたのかい?
「忙しい、疲れた、仕事がある」
それを盾にして、家の中で一番大事な話を、後回しにしなかったかい?
相手が何に傷ついて。
何に怒って。
何を悲しんで。
何を求めていたのか。
そこに、君は触れたか。
義理のお兄さんに正論を言われて。
そこで動くのを止めたのは、なぜ?
君が諦めたからだろう。
行動を止めた。
信頼されるための努力を止めた。
そして、いちばん重要なこと、
ーー続けるのを、止めた。
だから余白が消えた。
余白が消えたら、機会も消える。
もちろん、やみくもに突っ込めばいい話じゃない。
君の前世の場合。何も積み上がっていないからね。
相手に、今さら突然「やり直したい」なんて言えば、煙たがられるだろうね。
下手をすれば、状況を悪化させる。
正面突破が正解とは限らない。
『距離を置くこと』と、『黙って消えること』は違う。
黙って消えれば、相手は君を「話ができる相手」として見えなくなる。
信頼が積まれないのだから、余白も生まれない。
兄は、それを分かっていたんだろうね。
だから最後に、ああ言った。
「言葉は通じ合うためにあると思ってるのに……もっと早く伝えれば良かった、って後悔してる」
兄が悔いていたのは、
君と兄の『会話をする余白』を作れなかった、作らなかったことだと。
……今の君なら、わかるはずだよ。
そして。
君が今、「後悔している」と感じられているなら
――その分、感謝の気持ちを忘れないで欲しい。と、神は願っている。
感謝の気持ちを忘れない、っていうのは簡単なようで難しい。
忘れないを続けるのは、もっと難しい。
ありがたみは、慣れれば薄れる。
後悔や失敗や悲しい出来事も、時間が経てば薄れていく。
だが君は、その気持ちを忘れないでい続けれる人だと思っている。
だからこそ君は。
この異世界で、新しい場所で、たくさんの人に歩み寄った。
相手を知ろうとした。
自分を分かってもらおうとした。
感謝を薄れさせないように、続けてきた。
その結果、前世で手に入れられなかった幸せを得た。神はそう思う。
……まあ、その幸せな最中に君が死んだ件については、神からは何も言わない。
とりあえず。
君の魂を下界に送って、無事に生き返れたなら――最初にすることがある。
君の体を守ってくれた家族に、仲間に礼を言う。
そして、君の代わりに意志を持ち続けた人。
君の帰りを待ち続けた人。
その人達に、感謝を伝えると良い。
それがたとえ、一人だったとしてもだ。
一人で持ち続けてくれた者の意志は、軽んじてはいけないよ。
……そして、話をして気になっていた事がある。
ユーサ。
君は、前世の経験もあって優しい。
自分に厳しいのに、他人には優しすぎる。
それは君の良いところでもあるが、悪いところにもなる。
正しい言葉だけではなく、優しすぎる言葉。
正論のような優しさは、ときに人を傷つける。
救うつもりの言葉が、相手の逃げ道を塞ぎ、追い詰めることがある。
前世の君は、兄の優しさで痛感しただろう?
今後救いたい相手ができたとき、君はその優しさに気をつけた方が良い。
そして何より、……悪魔は、君の優しさに付け込む。
優しい人ほど損をする。
――半分は真実だ。
優しい人ほど、背負わされやすい。利用されやすい。
だから、線を引け。
救う相手と、距離を置く相手を、分けろ。
手を差し出すなら、引っ込める準備も一緒に持て。
君は悪魔に侵食されたザドキ・エルを救った。
放っておけないほど優しかったからだろうね。
その優しさが、奇跡に近い道を開いたのも事実だ。
神である神が想像した以上の成果を出したと思っている。
だが、全ての人間が、君の思い通りに改心するとは限らない。
君の差し出した手を、平気で踏む者もいるから注意して欲しい。
人もそうだが、悪魔が「改心する」というのは、言葉だけでは成立しない。
その先で、続くかどうか。続かない改心は、ただの逃げ道だ。
念のために、傲慢の悪魔の話をしておく。
ユーサ。
自分に関わる全てを救おうとするな。
それは美徳に見えて、境界を越えた瞬間――《傲慢》になる。
世の中には、救えないものがある。
言語を話せるのに会話にならない、救いようのない者もいる。
優しい君には酷かもしれないが。
「救わない」と決めなきゃいけない瞬間もある。
そこから目を逸らして「全部」を抱えようとした途端、君は、神の真似事を始める。
傲慢の悪魔は――そこが大好物だ。
悪魔は、人に情が入ると分かった瞬間に、顔を変える。
弱ったふりをする。
改心できそうな目をする。
「分かった」「やめる」「助けてくれ」
そう言って、同情を引き出す。
同情を引き出せた時点で、もう半分勝っているのは――悪魔の方だ。
君の手が止まる。
その止まった一瞬で、味方の血が増える。
だから――手を差し出すなら、まず守る順番を決めろ。
目の前の敵の涙より、後ろにいる家族、仲間の笑顔を優先しろ。
君は絶対に、躊躇う瞬間が来る。神様なりの予言だ。
そのときは思い出せ。
「全部を救う」は、君の仕事じゃない。
君の仕事は、君の召命を果たし、守るべき者を守り抜くことだ。
……話が長くなったな。
前も話したが、この世界の原初の夫婦神は、言葉と行動ですれ違い、
その結果で、《生と死》が生まれた。
人間からしたら、いい迷惑だね。
夫婦神の夫婦喧嘩で、君ら生命体は生と死、創造と破壊に振り回されているんだから。
まぁ、死人に関わる神である神が言うのも、変な話だけどね。
夫婦神のことは、下界で神話を調べてみればいい。
多分、びっくりするよ。
まぁ、君の前世の神話もぶっ飛んだエピソードが多かっただろうけど。
神様なんて皆、ちょっと変わった集団だよ。
……戻る準備ができた。
秘力と魔力が、やっと扱えるようになってきたとはいえ――また復活しても無理はするなよ。
君は《頑張る》の方向を間違えると、すぐ限界まで行く癖がある。
何度も言うが、無茶をするなよ。
いつでも退ける準備をしてから……歩け。いいね?
だから、愛している家族、信頼のおける仲間の声に、耳を傾ける姿勢を忘れるな。
そして、もう一度リマインドする。
君の召喚武器を呼び出す条件は、指先を鳴らして黒曜石の指輪を媒体に秘力を通すだけじゃない。
結婚指輪である【ラーマの指輪】が、強力な媒体になっている。
君の指先……というよりも、そちらに細工を仕込んでおいた。
これで以前より、秘力、神秘術、今ならさらに魔力の使い方が広がり、戦略も広がる。
それにしても……何かの因果なのだろうね。
君が【神の化身武器】を持っているなんて。
……ん?
「今更ですが、神様は何の神様なんですか?」
ふふふ。良い質問だ。
創造と破壊の神を、皆よく崇める。
だが、それを超える……生命体にとって一番必要な要素の神がある。
産むだけで終わりじゃない。
育み続けることが必要だ。
ときには、壊す勇気が要る時もある。
だが壊した後、立て直すのは続ける力だ。
終わりがあるからこそ、意志が引き継がれる。
信念や無念が、生き続ける。
歴史が証明しているよね?
悪魔にはできない。
悪魔は各自の欲で走る。欲は強いが、欲はそんなに長く『続かない』。
私はね。
生命の中で最も重要な要素の神になりたくて――なれたんだ。
私は……《継続》の神だ。
「継続は力なり」って、人間なら聞いた事があるだろう?
綺麗事に聞こえるのに、いちばん現実的だからね。
だからユーサ。最後の召命を果たすまで。
動き続けろ。歩き続けろ。
たとえ途中で君が転んだとしても、神は笑ったりしない。
転ぶというのは、歩こうとした証拠なんだから。
……それじゃ、ユーサ。いってらっしゃい。
できれば、召命を果たさず死後の世界に帰ってくるなよ。




