83[2-17].オトキミの過去① ー 木の葉、復讐は正義、約束 ー
今回も長いです。主人公を早く登場させないといけないのはわかってるのですが、もうちょっと時間がかかるので
登場人物の過去の話で、主人公を出すようにしてます。
主人公が異世界転生してからの物語にしなかったので、このような形で、主人公を登場させ、どのように行動していったのかを伝えています
「 ー 鬼が出るか…… 蛇が出るか…… ー 」
血の匂いの中で、俺は祓串を握り直した。
記憶の中で蘇る。
大事に保管していた《不思議な木の杖》を、ギアドの旦那に祓串へ仕立て直してもらった時の決意。
紙垂が震える。
稲妻みたいに、ジグザグに揺れて、月明かりを裂いた。
指先が冷たい。
震えは恐怖だけじゃない。
体力の枯渇と、痛みと、そして――過去が胸の奥を叩いているせいだ。
鬼が出るか、蛇が出るか。
あのときも。
俺は、自分を見ないために、兄を見ないために、走った。
目を閉じた瞬間、月光は遠ざかり、代わりに「過去」が立ち上がった。
磨かれた石畳。美しい建物。清潔で、整っていて、誰もが幸せそうに見える街並み。
その中で、ひとりだけ取り残され、壊れた瞳で見ていた自分の影。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
孤児だった俺には、双子の兄がいた。
ターシィ。俺より優秀で、人柄も良くて、いつも人気者だった。
ある日、俺たち二人に召喚術師としての才能があるとわかった。
それがきっかけで、召喚秘術師の名家『ワン・ズー』の一族から、養子の話が来た。
けれど、最初に指名されたのはターシィだけだった。
その瞬間の空気を、今でも覚えている。
大人たちの目は「仕分け」を終えていて、あとは理由を並べるだけの顔をしていた。
当然だろう、みたいな顔が、俺の胸に刺さった。
けれどターシィは、迷いもなく言った。
「弟も一緒ではないと、お受けできません」
その一言で、俺も養子になった。
救われた。……救われたはずだった。
だが、そこからの日々は、比較だった。
能力、才能、結果、実績、信頼。
ターシィは全部を手に入れていく。笑顔で、当たり前みたいに。
俺はその隣で、何をしても“足りない”ままだった。
初代ズー家当主は、後継の二代目が行方不明の末に亡くなったことで、ターシィを三代目当主として準備を進めた。
周囲の大人たちの言葉は柔らかくても、結論はいつも同じだ。
「双子の片割れは、当主にふさわしい」
「もう片方は――いなくても良い」
確執は、勝手に広がった。
俺の中で、勝手に、ぐちゃぐちゃに膨らんだ。
ターシィは仲良くしたかったのか、いつも声をかけてくれた。
俺はその優しさが、怖かった。
優しさは、比べられるたびに、俺の心を刺した。
だから俺は、あいつを避けた。
自分から、その優しさを裏切るように。
そして――逃げた。
家を飛び出した。夜の街に紛れて、ただ走った。
「何か自分にできる事は、絶対あるはず」
そう信じていた。
だが、何ができるのかもわからないまま、現実だけが目に入った。
綺麗な街並みを見ながら、野宿を繰り返した。
寒さをしのぐ場所を探して、腹の虫を黙らせる方法を探して、朝が来るのを待った。
木の葉が舞うのを眺める毎日。
「……木の葉のように、風に乗って、行きたいところに行ける力があれば……」
呟いた声は、誰にも届かなかった。
ただ、空気に溶けただけだった。
そのまま野垂れ死にしそうになったとき。
「なりません! シ・エル最天使長!! そのような、ならず者に近づくなど!!」
「何を言っているんだ、君は? 余は自分が話したい人に話しかけているだけだよ」
俺は――お忍びで信徒と街に出ていた、シ・エル様に出会った。
「やあ。余は、シ・エルっていうんだけど、君は? 何故こんなところにいるんだい?」
最天使長。
冠位国民が住むガーサの頂点。
『時』を司る【最高】の天使と呼ばれる男。
身の程知らずな俺は、彼に相談した。
「そうか……それは大変だったね。なら、君もエル教会に来るかい? 余の『推薦状』を渡しておくからザキヤミ支部を訪ねると良いよ」
「え?」
そんな存在が、俺の目を見て、そう言った。
後ろにいた信徒も驚くほどの事だった。
「今が、凄く辛いかもしれない。何度も倒れそうになると思う。
……けど、大事なのは倒れない事じゃない。すぐに起き上がる事だよ」
優しい声だった。
だが、甘さはない。現実を見て、なお差し出される言葉だった。
「君の大事なものはどこにある? その手には何がある?
それに気づいた時、君は、最高の召喚術師になる」
俺の胸の奥で、何かが燃えた。
「こんな人になりたい」と憧れた。
憧れを抑えきれず、俺は『推薦状』を片手にザキヤミ支部のエル教会へ行き、働いた。
信徒として、修道士見習いとして。
今も修道服を着ているのは、シ・エル最天使長のように「破壊の天使」になれなくても「破壊の修道士」として、出会った時の心構えを忘れていないからだ。
しかし、教会内の空気で現実を見ることになる。
「シ・エル最天使長みたいになりたい?」
「それは虹を掴むようなもの。幻想を掴むようなものだ」
「身の程を知れ。愚か者の考えだ」
教会内で、各惑星の加護を持つ部下を従える、破壊神の側近部隊【セブンス・ヘブン】のリーダー。
天使教皇である女王天使様の次に、最も神に近いとされる天使。
まるで、虹のような存在。
そう思われるほど、シ・エル最天使長の存在は絶対だった。
それから、教会で活動を続けていたある日。
簡単な奇跡すら授からない俺は、次第に教会からも見放された。
そして――追い出された。
また、野垂れ死にしそうになった。
ーーたくさんの日々に追われ、健闘は結果に結び付かず、また道が塞がれた。
そこで出会ったのが、アユラとガケマルだった。
同じように今を生きるのに必死な仲間。
その流れの中で、山賊狩りをしていた俺たちは、運搬と護衛のギルド《オトムティース》のギルド長――トムさんに出会った。
ギルドには、ならず者を更生させる目的もあった。
俺たちはスカウトされ、ギルド員になった。
仕事を覚え、トムさんにも認められて、ようやく嬉しくなってきた頃。
トムさんが言った。
「面倒を見てあげて欲しい」
そう言って連れてきた養子が――ユーサだった。
初対面の印象は最悪だった。
廃人みたいに誰とも話さず事務処理をして、ミスを連発する。
謝罪も愛想もなく無反応。
俺は心の中で吐き捨てた。
――なんでこんな奴が、トムさんの息子なんだよ。ふざけやがって!!
だが、突然の出来事が起きた。
ユーサが十六歳になったある日、まるで別人のように人が変わった。
「僕、どうやら記憶喪失になったみたいで、教えて欲しい事があるんですけど、良いですか?」
世間知らずのユーサに、右も左もわからないのをいいことに。
俺は山賊狩り専門の助言師として“教える立場”になった。
そして――俺は、最低なことを考えた。
――気に入らないから、無実の罪の奴も含めて……陥れてやる!!
ある事ない事を吹き込んだ。
わざと、歪めた。
「人の不幸を笑う愚か者」になろうとした。
なのに、ユーサは。
山賊を見分けて倒し、無実の罪で困っている人も救い、仕事をこなしていった。
「ありがとう。色々教えてくれて。オトキミ君達には感謝しきれないよ」
純粋に返されて、胸の奥が痛んだ。
後ろめたさが、じわじわと広がった。
――俺は、人の不幸を笑う愚か者になりたかったんだっけ……。
――それじゃ、悪魔と変わらないじゃないか。
ユーサのおかげで心を入れ替えようとした。
けれど現実は残酷だった。
気づけば仕事で、あっさりとユーサに抜かれた。
トムさんも、周りのギルド仲間も、ユーサに一目置くようになり、信用していく。
依頼は俺じゃなく、ユーサに来るようになった。
アユラも、ガケマルも、手放しでアイツを褒めるのを見て思った。
完全に自信を失った。
そのとき、俺には既視感があった。
ユーサが……、ターシィに重なって見えた。
忘れようとした過去。
優秀な人と比べる僻み。
自分の器を知って絶望する感覚。
――どんなに手を伸ばしても、虹には届かない。
曇った目には、何も映らなかった。
それから俺は、ユーサの報酬を横取りする形で、恩恵をいただく算段の付き合いを続けた。
ーー誰のせい? 何が正義?
ーー生きるとは、痛い、辛いだけ?
死んでなければ、生きてもいない。
ただ、朽ちているだけ。無様な生き方だった。
そして、その隙に――悪魔が寄ってきた日が訪れた。
ターシィが、ズー家三代目としての記念日を迎える時。記念品を運ぶ依頼がユーサに入った。
「お兄さん、何だって? 手伝ってくれないかな?」
「……あんたには関係ないだろ。赤の他人が、人の家庭の事情に口を挟むなよ」
俺の言葉に、ユーサは悲しそうな顔をした。まるで、他人事ではないように。
ターシィに聞いたのか、アユラ達が勝手にコイツに話したのか知らないが、いらないおせっかいに腹が立った。
「うん。そうだね……。余計なお世話だと思う。……けど……後悔して欲しくないんだ」
「……なんで?」
「大事な……仲間が、家族と仲良くして欲しいと思うのは……いけない事かい?」
大事な仲間。
俺は少し驚いて、初めてその時、ユーサの目を見た。
透き通るような、純粋で真っ直ぐな目だった。
記憶喪失の癖に。まるで過去の過ちを思い出したかのように、何かを秘めた瞳で訴えてくる。
「お兄さんに会いたくないなら、遠くで警備するだけでも構わないからさ。頼むよ」
「……しつこいぞ」
「あの……、その……、あとさぁ、ズー家の周辺とか、作法とかも、よくわからない事が多くてさ。だから……お願い!」
わかりやすいほどに、嘘が下手な奴だと思った。
ターシィに、もしかしたら何か言われたのかもしれないが、結局、俺は手伝うことになった。
しかし、ターシィと鉢合わせしたくない俺は、こいつの言う通り、現場から距離を取っていた。
その時、とある信徒が近づいた。
「今コソ……兄ニ、復讐スル時ダ。兄ヲ……同ジ目ニ、合ワセロ」
囁くような言葉。甘い毒。思考を奪われる瞬間。
「安心シロ……復讐ハ正義ダ」
近づいてきたその信徒は――悪魔に憑依された上級悪魔だった。
その悪魔が教えた。
二代目は、行方不明ではなかった。
この上級悪魔に殺されていた。
上級悪魔は、ズー家の魂が美味であることに目をつけていた。
そして、俺の魂を食べようとした。
ーー誰でもいいから、気づいて、欲しかった。
「何をしている! やめろ!!」
ターシィの声。
その時に気づいた。
――悪魔が俺に近づいたのは、ターシィを呼び寄せる為。
――悪魔にとって、俺は人ですらない。……餌だった。
上級悪魔は、俺を盾にしてターシィを殺そうとした。
その瞬間、俺の中で眠っていた、黒いものが跳ねた。
ターシィを恨む思念。
――お前さえいなければ。
――双子の方で全部良い部分を持って行った、お前が……憎い。
その思念が、悪魔を強化した。
俺は――自分で、自分の首を絞めた。
なす術もなく、ターシィは上級悪魔に殺された。
倒れるターシィの体を支えたとき、俺の腕は震えていた。
血の温度が、生々しく掌に残った。
「……良かった。無事だったんだな。ずっと心配していたんだぞ。会えて……良かった」
ターシィは。
ずっと、俺を探していた。
ずっと、心配していた。心配してくれていた。
ターシィの、優しさを裏切ったのは自分だ。
涙が止まらなかった。
「……今度、生まれ変わることがあったら。……双子じゃなくて、……一人の人間として、一緒になろう」
ずっと笑顔のまま、兄は俺を見てくれた。恨み言、一つもないままに。
「……嬉しいことも、悲しいことも、全部、一緒に抱えるから。……一人じゃないから」
兄は言葉を、最後まで優しさのまま差し出した。
「『世界が終わる日』が来たとしても……笑い合えるぐらい……ずっと一緒だ。『約束』……だぞ」
ターシィは、笑った。
大事に持っていた《不思議な木の杖》を、俺に託して。
俺は喉の奥が壊れそうになった。
――俺は……何をしていたんだ?
責めた。
責め続けた。
けれど時間は戻らない。
「悪魔である我ではない。お前が、兄を、殺したのだ」
その言葉が、俺の心を折った。
絶望が底を抜いた。
「だれか……助けて」




