80[2-14].悪魔は誰?隣人?それは……
書けば書くほど、長くなっていく。
2000文字プロット→3000→4000→約5000文字
終わるのであろうか………。
デイ神社――襲撃の、数時間前。
社殿のさらに奥。
隠し戸の向こうにある秘密部屋は、土の湿り気と、古い木の香が混じっていた。
灯りは最小限。揺らぐ行灯の橙だけが、息をひそめた空間を撫でている。
小結界石が、淡く光っていた。
それは結界というより、無いよりはあった方が良い……という、おまじない、に近い。
人の胸の奥にある、安心だけを形にしたような、静かな光。
その光の内側で、ユーサはまだ眠っていた。
担架から移された身体は少しずつ熱くなり、うなされるように汗をかきはじめるが、
呼吸は規則正しい――けれど、目覚めない。
ディアは膝をつき、彼の額に触れた。
医療者としての指先は、冷静に体温を測り、心拍の反応を思い出し、必要な手順を頭の中で反復する。
けれど、妻としての胸は、どうしようもなく乱れていた。
その少し横で、ケイが布を湿らせ、ユーサの汗をそっと拭き取る。
息をするたび、行灯の影が小さく揺れる。
沈黙が長くなりすぎる前に、ディアが小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます。ジルさん。ケイちゃん。そして……ごめんなさい」
声が震えないように、彼女は丁寧に言葉を選ぶ。
「良いんだよ、ディアさん。ユーサ君は絶対に死なせてはならないから。それに、ケイにとっては命の恩人だしね」
「はい! ユーサさんがいなければ……、私は悪魔に取り憑かれていたザドキ・エル最天使長に殺されていました。恩を……必ず返します!」
年下の少女に励まされ、ディアは毅然としなければと背筋を少し伸ばす。
「ありがとうございます。……あの。どうして、夫のために……ここまでしていただけるのですか?」
ジルは、少しだけ目を細めた。
笑っているのに、どこか遠い。まるで昔の風景を、心の中で見直しているような目だった。
「それはね……彼が……」
言いかけたところで、外が――ざわり、と鳴った。
最初は、遠い悲鳴。
次に、複数の足音が石段を駆け上がる音。
巫女見習いの泣き声が、神域の空気を破って刺さってくる。
ディアが顔を上げるより早く、ジルが立ち上がった。
その動きに迷いがない。
迷いがないからこそ、ディアは怖く感じた。
「もう……来たか」
何かを決心したかのように呟き、ジルは秘密部屋の扉に手を置いた。
小結界石の光がわずかに脈打つ。
「ディアさん。ケイ。ここから出ないでくれ」
ジルの声は優しいのに、命令だった。
優しさの形をした、絶対の願い。
ジルは一拍置き、ディアからケイへ視線を移した。
「君たち若者は、未来の光なんだ。……ケイ、君もだ。二人をよろしく」
「ジルさん……!」
ディアが立ち上がりかける。
助けたい。追いかけたい。止めたい。
その全部が、喉の奥で絡まって言葉にならない。
「ディアさん。さっきの続きだが……」
ジルは、扉の外へ出る直前に振り返った。
「ユーサ君を守るのは……救世主様に選ばれた、この世界に必要な存在だからだよ」
「え?」
そう言って、彼は驚いたディアの顔を見て、外へ出た。
同時に、秘密部屋が……消えた。
扉の輪郭が薄れ、壁と同じ色へ溶け、存在感がふっと消える。
秘術による隠蔽。空気だけが残る。
ケイは唇を噛み、息を殺した。
ディアは震えながらも、ユーサの腕をぎゅっと抱きしめる。
――お願い。気づかないで。
――ここに、いるって。
その祈りを、外の声が踏みにじった。
「AHAっ、HAっ、HAっ。小結界石には、欠点がある」
低い声。笑っているのに、温度がない。
その声は、境内に降りた霜のように冷たかった。
「悪魔を近寄らせない。……ってことは、
そこに人間――もしくは、大事な何かがある。そういうことだよなぁ」
ジルは、息を吐いた。
神域の空気が、ほんの少しだけ揺れる。
目の前に立っていたのは、橙と黒の魔力を纏う人型。
黒と橙の気配が、ひとつの身体に絡みつくようにまとわりついている。
「そして――」
指先から高速の光線が、小結界石を破壊した。
割れる衝動に、ディア達は溢れそうな声を飲み込んだ。
「人に潜んだ悪魔。悪魔人は、近づける。欠陥品だ」
悪魔は首を傾げ、笑った。
「……そこに何がある? あと……お前がジル・D・レイか?
確か長い青髭のジジイだと聞いていたが。間違いないな?」
ジルは、静かに名を名乗った。
「いかにも。私は、この神社の神主――ジル・D・レイ。そして……」
そして、視線を逸らさず言う。
「さよならだ、不法侵入の悪魔」
「言うねぇ。――じゃあ、見せてみろよ。お前の力を」
橙の悪魔が肩を揺らして笑う。
ジルは掌を掲げた。
勾玉が微かに鳴り、空気が晴れるように澄む。
「ー 願いを 今 誓いに 変えて ー
≪ 【神秘術】 ≫
≪ 【生きる意味を照らす、心の光】 ≫ 」
光が生まれる――その瞬間。
悪魔の姿が、消えた。
「――ッ!」
ジルの光は虚空を貫き、境内の石壁に太陽のような橙の線を刻むだけに終わる。
そして、背後から声が落ちた。
「その光線、当たれば終わり。なのは知ってる。……けど、光の速さは、そっちだけじゃないんだよ」
次の瞬間、鈍い衝撃。
胸の奥が、冷たいものに押し込まれる感覚。
「傲慢な考えは、身を滅ぼすぞ」
ジルは息を吸おうとして、吸えなかった。
視界が一瞬だけ暗くなり、血の匂いが遅れて鼻を刺す。
橙の悪魔の腕が、ジルの胸を貫いていた。
そのとき、秘密部屋の中で――ケイが、堪えきれなかった。
「ジル様――ッ!!」
扉の位置も分からないはずの壁へ、彼女はぶつかるように飛び出した。
隠蔽が揺らぎ、空気の裂け目から、彼女の身体が外へ転がり出る。
「!? ……ケイちゃん!?」
ディアが声を殺して手を伸ばす。
だが、間に合わない。
ケイは外へ出た瞬間、ジルへ駆け寄った。
血に濡れた胸元へ手を当て、泣き叫ぶ。どんなに抑えても止まることの無い出血に彼女の手も真っ赤に濡れる。
「ジル様ぁ――ッ!! いやあぁあああ……!」
ディアは秘密部屋の内側で硬直した。
飛び出したい。治療したい。止血したい。
医療者としての使命が、彼女を前へ押し出す。
けれど、妻として、ユーサを守れと叫ぶ。
――ここで出れば、知られる。
――そして、相手は……ジルを一撃で貫く、手練れ。
悪魔は、ケイを一瞥しただけで興味を失ったように鼻で笑った。
「チッ! 何かを隠してるかと思えば……ガキか」
舌打ちをしながら、肩をすくめる悪魔。
「まぁ、標的の一人である、ジルは抹殺できた。あとは、ユーサ・フォレストを探すか」
その言葉を聞き、ジルが目を開ける。
喉の奥から、胸元から血をこぼしながらも、彼はケイの手首を掴んだ。
震える指で、何かを彼女の掌へ押し当てる。
「……ケイ。……受け取れ」
「え……?」
小さな勾玉。
暖かい。彼の体温が残っている。
ジルは立ち上がった。
彼の自慢の長い青髭が、今は出血により赤に染まっている。
しかし、普段通りの落ち着きを取り戻すために髭を触りながら、唇だけで笑った。
「ぐふっ……、ここにユーサ君たちはいない。……無駄足だ。……残念だったな、悪魔」
悪魔が眉をひそめる。
ジルは息を吐くたびに苦しそうなのに、目だけは折れない。
「……若者の行く道を作るのが、先人の務めだ」
悪魔は小さく笑った。
「そうだな。……死んで、逝く道を作るのが、老人の務めだ」
言葉が終わるより早く、悪魔の影がジルを押し潰すように覆う。
トドメの一撃。悪魔から伸びるオレンジの刃が再びジルの胸を貫く。
ジルの身体から力が抜け、膝が崩れた。
「ジル様ぁ――ッ!! いやあぁあああ……!!」
ケイの叫びが、神社の屋根を震わせた。
「無駄足だったか……いや」
悪魔は、しゃがみこんでケイの顔を覗き込んだ。
視線が、壁のどこかを探る。
「――おい、小娘。ここにユーサ・フォレストはいるか?」
声は甘く、底は冷たい。
ケイは泣きながら首を振る。
痛みに耐え、声を絞る。
「い……、いるわけ……ないでしょう!」
彼女は涙を流しながらも、わざと秘密部屋と反対側へ後ずさりで逃げる。
自分しかいない、と錯覚させるために。
「ジル様が……私を守ってくれたの!!」
火の秘術道具を握りしめ、震える腕で悪魔へ向けた。
火花が散る。
だが悪魔は楽しそうに笑うだけだった。
「火の秘術道具か。その年齢でこの威力……火星の加護か?」
目が細くなる。ケイの目が恐怖に変わる。
「でも、残念だったな。相性が悪い」
悪魔の声が、愉悦を含む。
「自分の才能に溺れる傲慢は身を滅ぼすぞ。ましてや――俺様に牙を向けた」
悪魔は、ケイの涙を見て笑った。
笑いながら、鼻先を近づける。
「……よく見ると、ガキのくせに……いい顔してるなぁ。しかも、いい服を着ている」
その言い方が、ただの嘲りじゃない。
獣の飢えではなく、人間の嫌な欲を知っている目だった。
ケイが後ずさった瞬間、足元の影が絡みつく。
腕も脚も、関節だけを狙って止められる。痛みはあるのに、叫び声は喉で潰れる。
「ほら、動くな。顔は傷つけねぇよ。……せっかく、いい顔。なんだからなぁ。はぁはぁ」
悪魔の指先が、服の布地を摘まんだ。
乱暴に引き裂くのではない。
わざと、見せつけるみたいに、じわじわと裂いていく。
刺繍の糸が切れて、ぱちん、と小さな音がした。
「や……やめて……!」
けれど、ケイが本当に泣きそうになったのは、羞恥より先だった。
裂けた布の端を見た瞬間――声が裏返る。
「それ……それ、ギアドさんから……!」
その名前が出た途端、悪魔は面白がるように笑った。
そこが一番痛い場所だと、理解したみたいに。
「こんな状態で、服の心配かよ」
舌打ちが、いやに生々しい。
「お前さぁ……大事なものって、そういう顔で分かるんだよ。守りたいものがある奴は、脆い」
悪魔は裂いた布を指先で弄び、ゆっくりと地面へ落とした。
そして、踏んだ。
靴底が刺繍を汚し、擦り潰す。
ギアドのブランド名が縫い込まれていたかのような綺麗を、ぐしゃりと壊す。
「ほら。――壊れる音、いいなぁ」
ケイの喉から、声にならない嗚咽が漏れた。
悪魔はそれを聞いて、満足そうに笑う。
「その顔だよ。その顔。……なぁ、もっと泣け。もっと喚け。
お前が大事にしてるもん、全部、俺様が、形を変えてやる。お前の……純血もなぁ……はぁはぁ」
その言葉は、あらゆる暴力の宣言であり、同時に、人間の下卑た愉悦の匂いがした。
純粋な悪魔の冷たさじゃない。
誰かの皮を被ったような、生臭い悪意。
ディアは、秘密部屋の内側で、全身の血が逆流するのを感じた。
喉が熱い。歯が鳴りそうになる。
医療者としての理性が「早く助けろ」と叫ぶ。
妻としての理性が「ユーサを守れ」と縛る。
けれど、目の前の「踏みにじり方」だけは、許せなかった。
――ここで出れば、露見する。
――でも、見殺しにすれば、私は私でなくなる。
出れば、全てが終わる。
出なければ、目の前で誰かが壊される。
その葛藤の頂点で――彼女は、ユーサを見た。
眠ったままの夫。
守るべき命。
そして、今ここで守れない命。
「……ごめんなさい、あなた」
眠るユーサへ、震える声で謝りながら。
ディアは、涙を堪えながら呟いた。
立ち上がった――その瞬間だった。
《 ー 〇 呪文 ● 秘術 ◎ 召喚 ー 》
もく、と白い煙が立ちのぼり、形を帯びる。
《 ー 不思議な国の犬 ー 》
「アオン!! ガウッ!!!」
「うぬおぉん!!!!????」
召喚獣の犬が、悪魔の急所へ噛みついた。
欲にまみれた笑いが、情けない悲鳴に変わる。
橙の悪魔が股間を押さえ、のたうち回る。
「オトキミさん! アユラさん! ガケマルさん!!」
ケイが、涙の中で救世主たちの名前を叫ぶ。
「痛、そ、う……(股ヒュン!)」
「オトキミ様。魂を舐める、とは何だったんですか? もっと酷いことしてますよ」
「愚か者が! ああいう奴は去勢だ去勢! 即刻処刑! 悪霊退散!!」
アユラが迷いなくケイへ上着をかける。
「確かにそうですね。オトキミ様のおっしゃる通り、死罪です。ガケマルさんも気をつけてください」
「え? 股、ヒュン!(本当、最近、アユちゃん、怖い)」
ふざけながらも、ガケマルがディアから預かっていた薬を取り出し、ジルへ手早く使う。
だが――ジルは目を開けない。出血は止まらない。
「ジルさん! 目を開けてくれ!!」
オトキミが駆け寄るが、返事はない。
脈が、細い。
「クソっ……! 急いで、ク・エル天使長のところに連れて行くぞ!!」
全員が動き出した――その刹那。
「「「GAU!! GAUU!!!」」」
黒い狼の集団が、闇から溢れた。
牙が月光を裂き、唸りが地面を這う。
オトキミは即座に召喚獣を呼び、なんとか払いのける。
だが、狼の数が多い。動線が削られていく。
そして、橙の悪魔が――ゆっくりと立ち上がった。
「……いい気になるなよ。雑魚召喚術師が」
嗤いながら、悪魔は魔力を纏った獣を召喚する。
空気が、黒く重くなる。
――そして、影が、もうひとつ。神社の床を覆ったところに。
悪魔の、たま……魂を舐める。伏線回収は、登場人物が勝手に動いて誕生しました(他人事
もっと強◯的な、陵◯描写を入れようとしたけど、15歳未満の規約違反になりそうなので、ギリギリを攻めました。




