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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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71[2-5].ユーサの治療が終わる その時が来るまで

書いてみたら、思っているより長くなりましたが。。一話にまとめました。


 

 ……コン、コン。


 乾いたノックの音が、静まり返った病室に落ちた。


 規則正しく鳴るモニターの電子音と、カーテン越しの朝の光。

 ナザ病院の一室で、時間だけが妙に引き延ばされている。


 ベッドには、白いシーツに沈むユーサ。

 その手を握るように、トムが椅子に腰かけたまま、じっと俯いている。

 窓辺ではナザが煙管をくゆらせ、薄い紫煙が淡く上へと昇っていた。


 ディアは、ベッドの反対側。

 マリアを胸に抱きしめたまま、何度も泣き腫らした目をこすっている。


 ノックの音に、三人の視線が扉へ向いた。


「……どうぞ」


 ナザが短く答える。


 きしむような音と共に、扉がゆっくり開いた。

 顔を覗かせたのは――見慣れた“仲間”たちだった。


 先頭で、すでに涙でぐしゃぐしゃになっている青年が飛び込んでくる。


「ゆ、ユーサのアニキィィィィ――!!」


 オトキミだった。

 修道士の服の裾も気にせず、全力疾走の勢いそのままに病室へ突っ込んでくる。


「なんでですかぁ!! なんでまた死んでるんですかアニキィィ!!」


 その後ろから、半泣きでついてくるガケマルがカタコトで喋る。


「ア、ニ、キ、涙……(生き返ったんじゃないんですか!!)」


 アユラも、目を真っ赤にしながら、それでも必死に二人の袖を掴んで速度を落とそうとしていた。


「オトキミ様、ガケマルさん、走らないでください……っ、ここは病室ですから……!」


 最後に、少し遅れて入ってきたのは、ギアドとケイ。


 ギアドは、昨夜のままの仕事着に、包帯の巻かれた腕を下げ、扉の前で立ち尽くしていた。

 無精髭のように疲れた影が口元に落ちている。


「ユーサっさん……」


 信じられないものを見るような目で、少し掠れた声が漏れる。


 その隣で、ケイがそっとギアドの袖を掴んだ。


「ギアドさん……」


 寄り添うように、小さく名前を呼ぶ。

 それ以上、言葉が続かない。喉が詰まっていた。


 病室の空気が、一瞬で騒がしく、そして痛々しく揺れ出す。


「パパぁ……」


 マリアがディアの胸元で震えながら顔を上げる。

 仲間たちの顔を見て、また涙が溢れそうになる。


 オトキミとガケマルは、そのままベッド脇まで駆け寄り、ユーサの顔を覗き込んだ。


「アニキ……なんで……なんでなんですか……っ!? 今日もまた話せると思ったのに……!!」


「ど、う、し、て……(目を、開けてください!!)」


 オトキミは、拳をぎゅっと握りしめ、ベッド柵に額を押しつける。

 ガケマルも、鼻水と涙でぐしょぐしょになりながら、オトキミの肩に手を当ててユーサを見つめる。


 アユラは、そんな二人の背中に手を置きながら、唇を噛みしめている。


「オトキミ様。ガケマルさん。ユーサのアニキが汚れます……。でも、昨日の事は……なんだったんですか……ユーサのアニキ」


 二人を抑えながら、アユラの瞳にも、透明な涙がじわりと溢れていた。


 病室の中に、嗚咽だけが響く。


 トムは、ユーサの手を握ったまま、その光景をじっと見ていた。

 心配しているのは、自分だけではない――。

 それが、嬉しくもあり、胸に刺さるようでもあった。


 ディアは、仲間たちの姿を見つめながら、胸が締め付けられる。


(……ごめんなさい)


 誰にともなく、心の中で謝っていた。


 そのとき――


「あ……。……オトキミ様」


 アユラが、そっとオトキミの袖を引いた。

 顔を近づけ、囁くように言う。


「病室ではお静かに……ディアさんの目元を見てください。」


 オトキミは、はっとしてディアの方を振り向いた。


 ディアの目元には、昨夜から流し続けた涙の痕がくっきりと残っている。

 目の縁は真っ赤に腫れ、まるでこれ以上涙が出ないほど絞り出したような跡だった。

 マリアの肩を抱き、震える指でユーサのシーツを掴むその手も、ほんの僅かに震えている。


 ――一番、苦しいのは。


「あ……すんませんディアさん。一番悲しいのは家族の皆さんですよね」


 オトキミが、はっとしたように頭を下げる。

 ガケマルも慌てて背筋を伸ばし、何度もぺこぺこと頭を下げた。


「ご、め、ん(五月蝿くして)」


 アユラも、深く頭を下げる。


「ディアさん。取り乱してしまって、ごめんなさい……」


 その様子を見て、ディアは――

 なぜか、急に顔が熱くなるのを感じた。


「あ、いえ……あの、その……」


 視線が泳ぐ。頬が真っ赤に染まる。

 胸の奥から、じわじわと別の種類の涙が込み上げてきた。


(ち、違う……。悲しいのも、もちろんあるけど……

 原因を知ってるのは、私と……ナザさんだけで……

 こ、こんな顔……どう見られてるかなんて、考えたくない……っ)


 昨夜――

 激戦の疲労と、夫婦としての“夜”、そしてディアが抑えきれずに吸ってしまった血。

 その積み重ねが、今のユーサの“仮死”の理由になっている。


 誰も知らない。でも、知っている自分だけが、この場で一番、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。


「……ふぅ」


 窓辺から、わざとらしくひとつ深い息が聞こえた。

 ナザが煙管をくわえ直し、少しだけ目を細める。


「あんた達、人の話聞いていたのかい」


 ナザが、ぼそりと呟くように言った。


「ユーサは死んでない。

 でもいつ起き上がるかわからない。――仮死状態にあるのよ」


 その一言に、病室の空気が、ピタリと止まる。


「……え?」


 オトキミが、間の抜けた声を出した。


「し、死んで……ないんですか?」


「パパ……死んでない……?」


 マリアが、ディアの胸元から顔を上げる。

 瞳が、希望の光を取り戻すように揺れた。


 ナザは煙を一つ吐き、肩を竦める。


「受付で“心停止に近い仮死状態”って説明したんだけどね。

 ……どこで“死んだ”に変換されたのやら」


「う、うわ……」


 オトキミが、ガクンと肩を落とした。


「おい、ガケマル……俺たち、早とちり……?」


「良、か、た……(早とちりどころか……葬式レベルで取り乱してましたね、俺たち)」


 ガケマルも、顔を真っ赤にしながら頭をかく。


 アユラは、ほっと胸を撫で下ろしつつ、同時に深々と頭を下げた。


「オトキミ様。良かったですね。でも……ナザ院長。生きてるんですよね……? それなら……」


 ギアドが、ようやく一歩、ベッドに近づいた。

 さっきまでの“絶望”の色が少しだけ薄れ、信じたい気持ちが滲み出ている。


「ユーサっさん……生きてるなら、まだ……。まだ、一緒に騒げますよね……? もっと、夢を叶えれますよね……?」


 その言葉に、ケイがうるりと目を潤ませ、そっと頷く。


「ギアドさん。きっと、また“ただいま”って言ってくれますよ。……ね、ディアさん」


 ディアは、まだ真っ赤な顔のまま、ぎこちなく頷いた。

 トムも静かに微笑む。


「そうね……。約束したものね。“また明日”って。この子は、約束を破るような子じゃないわ」


 ナザは、皆の顔を一通り見てから、小さく笑った。


「だから、あんたたちは――騒ぐ元気があるなら、その分しっかり支えてやりな。

 起きた時に、“うるさいなぁ”って文句言われるくらいで、ちょうどいいのよさ」


 オトキミが鼻をすすりながら笑う。


「……へへ。うるさく感じるなら、そんときゃ、“生きてる証拠っすね”って言い返してやりますよ」


 ガケマルはマッチョポーズをしながら、拳を握りしめる。


「よ、し、!!(じゃあ俺、アニキが起きるまでずっと見張って――)」


「ガケマルさん。それは邪魔ですから、交代制にしましょうね」


 アユラが即座にツッコミを入れ、わずかな笑いが病室にこぼれた。


 まだ不安は消えない。

 ユーサは眠ったまま、目を開ける気配はない。


 それでも――“死んでいない”。


 その事実が、仲間たちの胸に、小さな灯りをともした。



 ◇ ◇ ◇



「……で、ナザさん」


 少し落ち着いたところで、ギアドが眉をひそめて口を開いた。


「ユーサっさんがこうなった“原因”、詳しく教えてもらえますか。

 その……俺たちに、何かできることを、知っておきたいんです」


 オトキミも真顔に戻り、こくりと頷く。


「そうっすね……。アニキがここまで倒れるなんて、ただ事じゃないっすよね……」


 トムも、ナザに視線を向けた。

 ディアは、びくりと肩を震わせる。


 ナザは一度だけ、煙管から口を離し、皆を見回した。


「原因はね――」


 静かに口を開く。


「死からの奇跡的な復活後による“過労”。

 神秘術の大量使用による“秘力の枯渇”。


 それから……悪魔の体については専門外だけど、多分、第二の心臓とも言える“魔力”の枯渇」


 指を一本一本折りながら、冷静に告げる。


「まとめると――まぁ、戦い過ぎってことよ」


 一拍置いてから、ナザはちらりとディアへ視線を向けた。

 そして――


(……あと、あんたら夫婦の“夜の時間”と、吸血鬼の血の吸いすぎによる、出血性ショック、ってオマケもあるけどねぇ)


 そこは声にしなかった。


 ディアと、一瞬だけ目が合う。

 ディアは「ひっ」と小さく息を呑み、そっと視線を逸らした。

 耳まで真っ赤に染まっている。


「……戦い過ぎ、か」


 ギアドが、ぎゅっと拳を握る。


「それって……やっぱり、俺たちが頼りなかったせいか……?」


 ぽつりと漏れたその言葉に、オトキミが顔を伏せた。


「俺達がもっと戦えてたら……アニキ、あそこまで無茶しなかったかもしれないっすよね……」


「弱、い、か、ら……(結局、全部アニキに押しつけて……)」


 ガケマルも俯き、唇を噛む。


 ケイまでも、拳をぎゅっと握っていた。


「市民である私は、もっと……ただ見てることしかできなかったって、思います」


 仲間たちの言葉が、ディアの胸をさらに締めつける。


 ――激戦直後、疲れ切ったユーサを求めてしまった自分。

 死からの復活の奇跡。会えなくなった最愛の夫が欲しくなり、我慢できずに血を吸ってしまった自分。


(……“トドメ”を刺したの、私じゃない……)


 そう思うと、恥ずかしさと罪悪感が、ぐちゃぐちゃに混ざって込み上げてくる。

 顔を伏せたくても、マリアが胸元にいるから、それもできない。


 視界の端で、トムがちらりとディアを見た。

 長年の付き合いで、彼女が何に対して赤くなっているのか、なんとなく察してしまう。


(あら……?)


 しかし、トムは、あえて何も言わなかった。


 重く沈みかけた空気を――救ったのは、やはり小さな“光”だった。


「そんなことないよ!」


 マリアが、ぎゅっとディアの腕をつかんだまま、顔を上げて叫んだ。


「ギアドおにいちゃんたちは、パパがかえってくるまで、たたかってたでしょ!

 みんなをまもってくれてたでしょ!!」


 その言葉に、ギアドの目が見開かれる。


「マリアちゃん……」


「パパが“ただいま”って、いえたのはね!! おにいちゃんたちが、まちを、まもってくれたからなんだよ!

 だから、おにいちゃんたちのせいじゃない!!」


 幼い声の真っ直ぐさが、胸のど真ん中に刺さる。

 オトキミも、ガケマルも、アユラも、ケイも――

 皆、下を向いていた顔を、少しずつ上げていった。


「……ははっ」


 ギアドが、かすかに笑った。


「そう、っすね。ユーサっさんに頼りっぱなしなのは事実だけど……

 頼られた分、返せるように強くなるしかないっすね」


 拳を握り直す。


「ユーサっさんに頼らなくても、戦えるように。

 ……今度は俺達が、ちゃんと守れるようにならなきゃいけないっす」


 オトキミも負けじと頷く。


「その通りっすよ、ギアドの旦那!

 俺達ももっと強くなるっす! 新しい召喚術も工夫しますし、改良しまくりますし!

 “ユーサのアニキがいないと何もできない”って言われないようにしますわ!」


「僕も……高重度の秘術道具を、もっと上手に操れるように洗練させます……!」


 アユラも、胸の前で拳を握り。


「よ、ー、し、……!(じゃあ俺は、アニキが起きた時、“誰だお前ら”って言われるぐらい強くなってます!)」


 ガケマルは、涙目のままニカッと笑いマッチョポーズを取る。


「ガケマル。お前が、これ以上マッチョになったらウザったいし、見苦しいから別の所を鍛えるぞ」


「オトキミ様。ガケマルさんは、本当のことを言うと傷つくからもう少しオブラートにしてください」


「酷、い、!!(二人共)」


 三人のいつも通りのやり取りに、トムがくすりと笑い。

 空気にまだ慣れないケイも笑った。


 ナザは、口元だけで小さく笑みを浮かべた。


(……やれやれ。本当に騒がしい子達だよ)


「……でも」


 ふっと、マリアが首を傾げた。


「でも、パパがたおれた、“原因”って……」


 何気なく、ぽろりと口を開く。


「ママとの“()()()()()()()”っていう儀式のせいなんでしょう?」


 ――時間が止まった。


 病室の中の全員が、一瞬で固まる。

 ナザの煙管から出かけていた煙が、途中で止まったように感じるほど、空気が硬直した。


「…………」

「…………」

「……………………え?」


 最初に声を漏らしたのは、オトキミだった。

 ギアドの肩がびくっと跳ね、ケイの耳まで真っ赤になる。

 アユラは「えっ、えっ」と言いながら、顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。

 ガケマルは理解が追いついていないのか、ぽかんと口を開けている。


「ちょ、マリア……!? ど、どこでその言葉を……!」


 ディアの顔は、さっきまでの比ではないほど真っ赤に染まった。

 もはやトマトどころか、茹で上がったタコのようだ。


「だ、だってママが、いってたもん……! あさ、おきたらパパがつめたくなってて、ママが……」


 マリアは悪びれもせず、首をかしげる。


「“ああ!! あなた!! どうしてこんな事に!!? 昨日の『ヨルノイトナミ』で激しくし過ぎたのかしらっ!?” って……それで、パパがうごかなくて、ママたちが『()()()』で……」


「ストーーーーップ!!!」


 ディアの悲鳴が、病室に響いた。


「マリア、それ以上はダメ! 何も言わなくていいから!!」


 ディアの言葉に、全員の視線がディアに集まる。


「!? あ、、あの、その……えっと……違うの、これは、えっと……ずっと血を吸ってなくて、もう会えないと思っていたから、余計に吸血衝動を抑えられなくて……じゃなくて!! えっと……!」


 言えば言うほど墓穴が深くなっていく。


 トムは口元を押さえ、肩を震わせている。

 笑いを堪えているのは明らかだった。


「ママ、なんでそんなことしたの!! 『二人目が欲しかったから、激しくし過ぎた!』って、言ってたよ!」


 マリアがディアを叱り始める。何も言えなくて黙りながら涙目になるディア。


 オトキミは、耳まで真っ赤にしながら、しかしどこか納得したように頷いた。


「あー……、マリアちゃん。ママ達はマリアちゃんがお姉ちゃんになるために頑張ったんだよ。あまり、責めないであげてね」


「な、る、ほ、ど……(つまり、アニキは……戦いも、家庭も、全力だったってことですね)」


 オトキミとガケマルがフォローをするが、ディアは涙目で二人を睨み突っ込む。

 冷や汗を滝のように流す二人の首をアユラは閉めて黙らせた。


「……マリア。パパがいなくなるなら、お姉ちゃんになれなくてもいい!!」


「マ、マリアちゃん。大丈夫だよ。マリアちゃんが『良い子にして、早く寝れば』お姉ちゃんになれるよ」


「オトキミ様。それ以上は、喋れなくなるまで首を締め上げますよ」


 アユラが小声で言いながら、オトキミに、それ以上口を出すなと脅す。

 しかし、マリアの注意がディアからオトキミの方へ移ったことで、フォレスト家の()()がこれ以上暴露されることはなかった。


 ナザは――


「……ゴホッ」


 わざとらしく咳払いをして、会話の方向をねじ曲げた。


「ま、まぁ。原因のひとつが“過労”ってのは確かだよ。

 戦いも、その後もね。

 そこは、夫婦の問題だから、あんた達が首を突っ込むとこじゃないさ」


 微妙に濁しながらも、本質は外していない。


 ギアドは咳払いしながら、真面目な顔を作った。


「と、とにかく……。

 今わかってるのは、ユーサっさんは“生きてる”。

 後は俺達ができる限りのことをして、

 治療が終わって起きた時に笑って迎えられるようにする、ってことっすね」


 ケイもこくりと頷く。


「はい。……その時、マリアちゃんもパパを迎えようね」


「うん! じゃあ、パパがおきたら“おかえりの儀式”しようね!」


 マリアが無邪気に笑う。


 今度こそ、全員が何も言えなくなった。


 ナザは、思わず天井を見上げる。


(……この子は、この子で“最強”かもしれないねぇ)


 それでも――

 どんな意味であれ、その言葉には確かに愛が詰まっていた。


 モニターの電子音は、変わらず一定のリズムを刻んでいる。

眠り続けるユーサの胸は、ゆっくりと上下を繰り返していた。


 それを囲むように、家族と仲間たち。

 騒がしくて、未熟で、優しい者たちが、そこにいた。


 一人の男が目を覚ますその瞬間まで、

 それぞれのやり方で支えようとする者たちが、確かに存在していた。


 * * *


「廊下まで声が漏れていたけど、色々と大丈夫かい?」


 オトキミ達が扉を開けっぱなしにしていたせいか、扉の方から新たな訪問者の声がした。


「!? ジル様!?」

「ボス!? 帰ってきたんっすね!?」


 ケイとギアドが、デイ神社の神主であるジルの方を見て、ぱっと顔を明るくする。


「ただいま。二人共。私だけ、シ・エル最天使長との相談が長引いてね」


「あ!? そうでしたねボス。

 ところで、あの最高の最天使長様と何の話をしてたんすか!!?」


 ジルの言葉に、まるでシ・エルの武勇伝を聞きたがる少年のように、

 ギアドはジルに詰め寄った。


「……それについては、私からお伝えします」


 ジルの後ろから、涼やかな声が通る。


「!? ク・エル天使長!?」

「ク・エルお姉ちゃん!!」


 ディアがその名を呼ぶと同時に、その場にいる全員が驚き、

 マリアがク・エルに嬉しそうに駆け寄った。


「ク・エルお姉ちゃん!! パパが、、たいへんなの!!」


 マリアの言葉に、ク・エルはベッドの方へ視線を向ける。

 ユーサの状態を見て驚き、すぐにナザの側へ歩み寄った。


「ナザ院長。……詳しい容態を教えていただけますか」


 短い言葉のやり取り。

 ナザが簡潔に状況を説明し終えると、ク・エルは小さく頷き、耳元で囁くように礼を言った。


「……教えてくださってありがとうございます。これより、シ・エル様に報告します。暫しお待ちを」


 ク・エルは、片耳を塞ぎ、天へ意識を向ける。

 天使たちが共有する“神の奇跡”を通して、遠く離れた最天使長と連絡を取るために。


「……シ・エル様。ユーサ・フォレストは、仮死状態に……」


 ク・エルがボソボソと独り言のように呟き、その場にいる全員が、息を潜めて見守った。


「……はい。……はい。……シ・エル様。

 こうなることも予想……いえ、予感していたのですか?」


 ク・エルの声音に、わずかな呆れが混じる。


「……はい。……え?」


 ク・エルが、目を見開き驚いた顔をした後、ゆっくりと視線を下ろした。

 ベッドのユーサと、その傍らのディア、マリア。

 そして、そこにはいない“誰か”――シ・エルの方角を睨むように、静かに呟く。


「……シ・エル様。貴方は何を考えているのですか?」


 その声には、敬意と信頼があるがゆえの――

 呆れを通り越した、上司に向けるとは思えないほどの()()が、はっきりと滲んでいた。




治療から目覚めた時に、笑顔で迎えられますように。

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