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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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69[2-3].貴方がいるから

 

 ――時は、ほんの少しだけ遡る。


 悪魔ザドキエルが倒れた直後の夜。

 ザキヤミは、まだ息をしていた。


 黒く焦げた壁、瓦礫に埋もれた家々、倒れた街灯。

 割れた窓から吹き込む夜風は、焦げた木材と鉄の匂いを運び、

 焼けた地面を踏むたび、灰がふわりと舞い上がって月光に揺れた。


 それでも――瓦礫の隙間からは、湯気のように人々の声が立ち上る。

 誰もが傷だらけで、誰もが泣いた後。それでも笑おうとしていた。

 悪魔がまた訪れるかもしれない。それでも、この夜にだけは、ほんの束の間の“安息”がある。


 長く続いた嵐の後、焚き火を囲むような温もりが街にあった。

 炎はまだ小さい。だがその光は確かに生きていて、闇を押し返している。

 淡い月が雲間を行き来し、灰色の街をそっと照らす。

 遠くでハンマーの音。

 修復、生命の音が、夜に溶けるように鳴っていた。

 

 倒壊した建物の間を、ユーサはゆっくりと歩いていた。

 ディアの肩を借りながら、マリアの小さな手を握る。


 傷は奇跡と秘術によって塞がっている。

 けれど疲労は深く、魂の芯まで擦り切れていた。

 歩くたびに胸の奥に痛みが走るが、二人の温度が静かに彼を呼び戻す。


 ――この温もりを離したくない。


「パパ、だいじょうぶ? 歩ける?」

 マリアが心配そうに顔を覗き込む。

 その声が夜の静けさを柔らかく揺らした。


「うん……大丈夫。マリアが手を握ってくれてるからね」

 かすれた声に、優しい笑み。マリアが灯りのようにほほ笑む。

 ユーサはその手を握り返す。ディアの微笑みが、その背にそっと添う。


 ――二人がいる限り、僕は歩ける。


 ユーサは、そう思いながらゆっくりと足を進め、少し離れた場所で

 ギルド《オトムティース》の仲間たちが背後で騒がしくも生き生きとしていた。


「ユーサのアニキ! 先に行って席、確保しときやす!」

「ま、か、せ、て(今日は、飲む!)」

「オトキミ様。ガケマルさん。前を見てください。転びますよ」


 悪魔ザドキエル戦後、人命救助と悪魔残党狩りを終えた

 修道士の服を着たオトキミを筆頭に、青年たちが、夜を笑いながら駆け抜けていく。

 瓦礫を跳び、崩れた屋根を軽やかに渡るその姿に、生命の勢いが戻っていた。


 ふざけ合う声は、誰よりも優しい“気遣い”の音。

 ユーサにとって一番の幸せが「家族との時間」だと知っているからこそ、

 彼らは笑いながら背中を押してくれる。

 ――ありがとう。

 ユーサは心の中でそう呟いた。


 やがて、夜風に混じって、香ばしい煮物の匂いが漂う。


 ー 「ユーサっさん。店は壊れてなさそうなので先に行きますね。そこで合流しましょう」 ー


 ギアドの言葉を聞き、訪れた場所。

 崩れた建物の間に橙色の光。

 《ギアドの台所》――戦禍を生き残った数少ない店のひとつ。


 扉を押す。カラン、と鈴が鳴る。

 店内には湯気と笑い声。

 瓦礫を運び終えた労働者や、ギルド職員たちが集まり、

 温かい食事と共に再会を祝っていた。


 ざわめきの中に、懐かしい声が混じる。


「――ちょっと! 誰かと思ったら……ユーサじゃないのっ!!」


 甲高い声と共に、奥から現れたのはドワーフ族には珍しい長身――トム・マイピー。

 月と愛を運ぶ紋章が輝くギルド長の正装。

 髪を後ろで束ね、立ち姿は夜明け前の光のように凛としていた。


「シ・エルから報告は受けてたけど……本当に、生きて帰ってきたのねぇ……!」


 次の瞬間、トムはユーサを抱きしめた。

 強く、しかし壊れ物を抱くみたいに。

 その腕は父のように包み、母のように守る温もりを宿していた。


「……はい。ただいま」

 ユーサは息を詰め、微笑む。

「生き返ったのは、僕も……まだ信じられないですけどね」


 その横顔を見たディアは、そっと視線を落とした。

 ――笑っている……でも、どこか違う。

 胸の奥で、女性としての“勘”がかすかに疼く。


 そんな空気を溶かすように、トムが声を震わせて笑う。

「……よかった」


 怒っているようで、涙が光る。

 トムはユーサの顔を手で包み、まるで幻に触れるように頬を撫でた。


「本当に、よかった……」


 トムは涙を拭いながら、優しく微笑んだ。

 そのとき、店の入口から煙草、薬草の香りが流れ込んできた。


()()()()より先に死ぬなんて……親不孝は、もう二度としないんだよ」


 白衣のナザが煙管をくゆらせ、歩み寄ってくる。

 薬草の香が店の空気に溶け、静かな温度が足される。

 ナザはまずユーサを、そしてディアへ視線を移した。


「……ディア。あんたもだよ。親を心配させんじゃないよ」

 ディアは小さく頭を下げる。「はい……気をつけます」

 厳しい言葉の奥に、母のような温もりが宿っていた。


()()()……()、ね」

 トムが微笑みながら言った。


「どっちが育ててもらってるのかわからないけどね……。

 育ててるつもりで、結局は育てられてるのよ、私たち。

 ――ユーサ、あなた、本当に立派になったわ。ありがとう」


 その言葉に、ユーサはゆっくりと息を吸い込んだ。

 胸の奥で、もうひとりの“自分”――前世の名を捨てた男が、

 静かに微笑んだ気がした。


 前世で失った家族。

 孤独のまま死んだ男としての記憶。

 そして異世界で迷子になり泣いていた時に与えられた、“居場所”。

 そのすべてを照らした灯が、この人だった。


「……マイピーさんがいなかったら、僕はきっと――」

 声が震える。

 小さく息を整え、真っすぐにトムを見つめた。

「――この世界に、もういなかったと思います」


 前世の孤独が、心の底で静かに揺らめく。

 誰にも必要とされなかった記憶が、遠く霞んでいく。

 それを塗り替えるように、今のこの人がいる。


「――()()()()()()()()()()()んですよ」


 その言葉は、祈りのようにそっと空気へと溶けた。

 過去の痛みも、今の幸福も、すべてがその一言に宿る。


「生きる意味をくれた人に、何度でも言います。

 声が枯れるまで――。

 本当に、ありがとうございます」


 その声に、トムは返事をする前から泣いていた。

 微笑みながら、涙を隠そうともせずに。

 彼の中で、まるで何年も前に置き忘れた“家族”の記憶が、

 いまこの瞬間に還ってきたようだった。


「やだ……ほんと、泣かせること言うんだから……」

 震える声の奥で、嗚咽が混じる。


 そのとき、小さな声が響いた。


「パパ! トムさんはパパのパパで、ママでもあるんでしょ!?

 なかせちゃダメでしょ!!」


 マリアが両手を腰に当て、ぷくっと頬をふくらませる。

 子供らしい言葉の純粋さが、空気を柔らかく変えた。


 ユーサは慌てて訂正しようとするが、

 トムはその一言に堪えきれず、涙をこぼした。


 ――あぁ、なんてまっすぐなんだろう。


 血の繋がりなんて関係ない。


 ――そうか。私は、この子たちにとって、確かに“家族”なんだ。


 この子達にそう言ってもらえた時点で、トムは、もう報われていた。

 泣きながら、トムは微笑む。

 その頬を伝う涙は、悲しみではなく、

 ずっと癒せなかった心の傷が溶けた証のようだった。


 静かに、ディアが言葉を添える。

「ふふ……あなたも、私も、皆、()()()()()()()()んだね」


 ユーサはその言葉に小さく頷き、

 マリアの手をそっと握った。


 血ではなく、想いで繋がる――確かな“家族”の温もりが、

 静かな夜の店内を、やわらかく満たしていた。


「ねぇ! みんなでパパのおかえり会しよ!」

 マリアの明るい声に、場が和む。

 だがトムは少しだけ困った顔をして、首を振った。

「素敵な提案だけど、ごめんね。今日は行けないの。シ・エルに呼ばれてるの。

 ナザちゃんと私、それにジルちゃんも」

「シ・エルに……?」

 ユーサの眉がわずかに動く。

 ナザが頷いた。

「これからのことを話すんだって。街の再建と――それ以外の“何か”をね」


 ディアとユーサの視線が交わる。

 沈黙が、嵐の前の冷たい空気を連れてきた。


 トムは笑顔を作り、マリアの髪を撫でる。

「大丈夫。すぐ帰ってくるわ。だから……マリアちゃん、パパとママをお願いね」

「うん! まかせて!」

 その声に、全員の顔がほころんだ。


「じゃあ、“また明日”ね。……おやすみなさい、ユーサ」

「はい。“また明日”。おやすみなさい」


 トムとナザは軽く手を上げ、店内のギルド職員からも見送られ、夜風の中へ消えていく。

 揺れる街灯が二人の影を長く伸ばした。


 その光の尾を見送りながら、ディアはそっと息を吐く。


 ユーサの笑顔の奥で、何かが静かに軋んでいた事を、心に残していた。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。

 ナザ病院。

 

 白いシーツがやわらかく揺れ、窓から淡い光が差し込む。

 トムはベッド脇に座り、ユーサの手を握っていた。

 温かい。けれど、どこか遠い。

 冷たくはない。けれど、あまりにも静か。

 モニターの波形がゆるやかに揺れ、命の輪郭を辛うじて示している。


 トムが小さく息を漏らす。

「“また明日”って言ったのにねぇ……。まさか、こんなことになるなんて」


 窓辺のナザは煙管をくゆらせ、短く頷いた。

「そりゃ、あれだけ戦って、あれだけの夜を過ごしたら、誰でも倒れるわ」


 そのひと言に、ディアの顔が一気に真っ赤になる。

 涙も枯れた瞳が熱を帯び、唇を震わせて俯いた。

「……ご、ごめんなさい……」

 それは懺悔であり、愛と罪の告白でもあった。


 窓辺ではナザが煙管をふかしている。

 ナザは眉間にしわを寄せたまま、しかしどこか優しい吐息で煙を吐く。

「まったく。家族が、愛と血と過労で倒れるなんてね。聞いたことないよ」

 呆れたように言いながらも、声は震えていた。


 モニターの電子音だけが、生の境界を刻んだ。


「なんで……なんでパパ、おきないの!? ママ!!」


 マリアの悲痛な叫び。

 ディアは娘を抱きしめ、震える声で「……ごめんなさい」を繰り返す。

 涙はもう出ない。

 けれど、その目の底には、夜より深い痛みがあった。


 ナザは煙管をくゆらせたまま、ぽつりと呟く。

「さて、どうしたもんかねぇ……」


 目の下の隈は濃く、トムの頬もこけていた。

 昨夜はシ・エルの招集が遅くまで続き、帰ればこの急患。

 二人とも、ほとんど眠っていない。


 それでも――誰ひとりとして、この場を離れようとはしなかった。


 モニター音が静かに響く。

 淡い朝光がカーテン越しに差し込み、

 トムとナザ、そしてディアとマリアの影をひとつに重ねた。

 誰もが、それぞれの想いを胸に、ただ祈り考えていた。



 外では、まだ遠くでハンマーの音が響いていた。

 街は今日も、再び立ち上がろうとしている。


 ……コン、コン。


 病室の扉を叩く、小さな音。

 静まり返った室内で、運命の歯車が静かに――確かに回り始めた。



“君”がいるから

には、“貴方”も含まれていますよ。と大事な人に伝えたい話

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