67[2-1]. 太陽の花《フラワー》
第二章 カーテン・フォール編
序章
──まるで、花のようだ。
吹きすさぶ風の中、血の香りが染みついた雪原の静寂。
凍てつく白の世界で、彼女だけが……あたたかかった。
そのぬくもりが、少しずつ遠ざかっていく。
傲慢だった自分の、どうしようもない無力さだけが残る。
──太陽の光がなければ、花は咲かないように。
命の輝きもまた、誰かの“光”なしには咲けないのかもしれない。
だからこそ、あのとき思った。
「……ねぇ、“ ”。……あなたは、家族を」
息が白く霞むほどの寒さの中、彼女の声は不思議とあたたかく、心に沁みた。
雪に覆われた大地のただ中で、彼女の笑顔だけが……燃えるように輝いていた。
──彼女の笑顔は、ボクにとって、太陽だった。
「……大事に、して……ね……」
壊れかけた声でそう言った彼女は、もうこちらを見ていなかった。
彼女が最後に見せてくれたのは、白い息の中で淡く滲む、あの微笑み。
──その光がなければ、ボクは……もう、生きていけないと思った。
その微笑みには、幸せな未来があったのだろうか。
あたたかな日々の夢があったのだろうか。
──それは、まるで……咲きかけた花のようだった。
凍てつく風が、彼女の髪をやさしく揺らす。
季節の終わりを告げるように、彼女の瞳がゆっくりと閉じていく。
紅に染まった雪が広がっていく。
それは咲き誇る花のように、美しく、そして──あまりにも、残酷だった。
「っ……ぁ……!」
止められなかった。
この手で抱きしめたときには、もう、彼女の体から温もりは失われていた。
ただ、泣き叫ぶしかなかった。
彼女の名を、何度も……何度も……。
届かないと、知っていても。
消えていく命の前で、何もできなかった。胸が苦しかった。
きっと、それは──初恋だった。
──もし叶わぬ想いならば、せめて……彼女の“光”で、ボクのすべてが、枯れてしまえばよかった。
知っていた。わかっていた。
ボクには、彼女を幸せにする資格などなかったことも。
──それが、彼女を失うことになる“過ち”だったと、今ならわかる。
それでも、心は嘘をつかなかった。
涙を止められなかった。
けど、本当に止めたかったのは、涙じゃない。
──遅すぎた言葉は、もう……届かない。
後悔に嘆く姿で血に塗れた自分を、
誰よりも愛した彼女が亡くなるのを、止めたかった。
── 「ねぇ、“ ”。いつか、一緒に綺麗な【夜の月】が見たいな」
彼女がそう言った日の記憶の欠片が、胸の奥深くで、微かに揺れた。
それでも、【擬似太陽】は、
凍てつく空の上、どこまでも青白く、永遠の朝を照らしていた。
彼女が願った夢も、ボクの祈りも、何ひとつ知らぬ顔で──。
この話を書きたくて、約2年以上経過しました。
それだけ、お気に入りの話です。気長に待っていただけると幸いです。




