65.ガールズ・プレイ ① ー エタナール・サイン ー
Girl's pray(少女の祈り)と Girl's play(女の子の…)
の二重の意味にしたタイトル。
──死んだら、『星』になるって、本当かな。
そんな言葉が、胸の奥でじわりと疼いた。
冷えた風が焚き火の熱を撫でていく。
夕方まで降っていた雨は止み、濡れた地面には草の匂いが滲み出していた。
木々の隙間から覗く星々が瞬き、雲の切れ間に顔を出した月が、どこか寂しげに夜空を漂っている。
ボク……リノフィーは、毛布にくるまりながら焚き火を囲む仲間の声を聞いていた。
ユカ、アカツ、ヨキ、ジシュウ。
かけがえのない、ボクの仲間たち。
体はだるくて、喉の奥がひりつくように痛む。
微熱もあるみたい。
……たぶん湯冷め。
久しぶりに帰った故郷タイオーの温泉で、はしゃぎすぎたせいかもしれない。
でも、それだけじゃない。
胸の奥、ずっと沈めてきた【憤怒】の悪魔の気配が、今にも溢れ出しそうに脈打っていた。
ごく普通の女の子だったボクが十二歳を過ぎた頃からだ。
大男も吹っ飛ばす異常な力を発揮するようになった。
それが悪魔の“魔力”と疑われ、エル教会が調査に来た、十三歳の誕生日に──宣告された。
ー 『リノフィー・エターナル。魔力測定の結果、貴様は【憤怒の悪魔】の生まれ変わりだ。十五歳になれば、力が暴走し、死ぬ。死と共に災厄が起こる。よって、その前に処刑する』 ー
ボクは──生まれながらに、死の定めを背負わされた。
あの日から、逃げ続けた。諦めかけた夜もあった。
……けど、今は。
「……水、いるか?」
低く、けれど不思議と優しい声。
顔を上げると、ユカが膝をつき、水筒を差し出していた。
ヤンキーみたいな目つきで、不器用なハーフリザードマン。
でも……誰よりも、ボクのことを気にかけてくれる、最初の友達だった。
「ありがと、ユカ……」
「気にすんな。……つーか、声ガラガラじゃねぇか。次の街で薬、もっと買っとくか」
焚き火の明かりに照らされたユカの横顔が、ほんのり赤く見えた。
照れくさそうに視線を逸らすその表情に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
火を囲む仲間たちの声が、夜の空気をやわらかく染めていく。
アカツはギターを爪弾きながら、守りの秘術を張っている。
ハーフマーメイドらしく雨に濡れた自分に酔っている。ナルシストぶりが、普段より酷く、何度も髪をかき上げている。
ヨキはチーズを焼きながら、目を細めて幸せそうに笑っている。
背の低いホビット族らしく手先が器用で何人分の食事を用意している。……アレが全部自分用なのだと思うと、彼の胃袋はどうなってるのかいつも不思議に思う。
ジシュウは火の番をしつつ、どこかで拾った賭け事雑誌をめくっていた。
年齢以上に大人びたドワーフ族。発言もどこかボクらより落ち着いていてジジイ臭いが、ギャンブルになると年相応にはしゃぐ所が可愛く見える奴。
「……うまい、これは……焚き火で焼いたチーズの表面がカリッと、中はトロッと……まるで、ワタクシの人生のようですなぁ……」
ヨキが満面の笑みでチーズを頬張る。彼のあたたかい笑顔を見ると、心が安らぐ。
「チーズが人生? 溶けて終わるのか? 良き良き、ヨキの人生はその程度で“良きかな”ってね」
アカツが軽快にギターを弾きながら、キザに駄洒落を飛ばす。
少し癇に障ったのか、いつもニコニコしてるヨキの顔が一瞬、真顔になった。
「相変わらずカッコいいですなぁ。どうしたら酒だけじゃなく、自分にも酔えるんです?」
「誰の話?」
「お前や!」
「お前(you)って誰? 俺?」
「お前(you)やー!!」
アカツとヨキのいつものやり取りに、思わずボクも、くすっと笑った。
喉が痛むのに、笑顔がこぼれる。
なんだろう。心が、少し軽くなる気がした。
「お前ら、ガキみたいな喧嘩すんなよ。あれ? ワシのチーズがねぇ」
ジシュウが焚き火の横で小さく笑って、ヨキに目を向ける。
「おじいちゃん。あなたの分は、さっき食べましたよ?」
「誰がおじいちゃんだ! ワシはまだ十四だぞ! 同い年! ドワーフは老け顔なんだってば!」
皆がまた、笑い出す。その輪の少し外、ボクは静かに空を見上げていた。
──この時間が、ずっと続けばいいのに。
声に出したいけれど、喉が痛くて出ない。言葉が、出せない。
気づけば、右手の指先が震えていた。
押し込めてきた不安が、言葉にならず、拳の中に詰まっていた。
そして、その“気配”に気づいたのだろう。
ユカが、ボクの方を見た。
「……体調、どうだ?」
低くて、温かい声だった。
普段は口が悪いのに、今は不思議と柔らかい。
「……ちょっと、寒いだけ……」
そう言ったら、彼は無言で、ボクの額に手を当てた。
粗っぽいようでいて、指先は驚くほどやさしかった。
「微熱。……湯冷めだな。タイオーの湯、懐かしかったんだろ」
「……うん」
思い出す、湯けむりの立ち込めるあの街。
雪に包まれた温泉都市――ボクの故郷、タイオー。
久しぶりに帰ったあの日、湯船で無邪気にはしゃいだこと。
ほんの少しだけ、普通の女の子に戻れた気がして……嬉しくて……だからこそ、今が辛い。
「……なぁ、リノ」
ユカの声が、焚き火の音と同時に届いた。
「次は、どこに行きたい? ヨキは飯の旨いとこ。アカツはダーツで決めるって言ってるし、ジシュウはカジノの街らしいぜ」
「……行きたい場所……」
ボクは答えなかった。
ただ、夜空を見つめていた。
星が、遠くで静かに瞬いている。
「ねぇ……死んだら、“星”になるって……言うよね。ボクは……どうなるのかな」
ぽつりと、こぼれてしまった。
みんなの声が止まった。
「ボク……【憤怒の悪魔】の生まれ変わりで……。
十五歳になれば、死ぬって言われてる。
そんな強大な力……欲しくなかった……。
皆と出会ったから、なおさら……普通に生きたかった……っ」
言い終えたときには、もう涙が頬を伝っていた。
見せたくなかった。
でも――
ぽん。
ユカが、ボクの額に軽くチョップを入れた。
「いっ……!?」
「前ばかり見てんじゃねぇ。横を見ろ」
ユカが怒っているような、慰めているような、普段からは想像できないぐらい真っ直ぐな目で答えた。
「オレたちがいる。ずっと見てるぞ。お前は、オレたちが見えないのか? バーカ」
その言葉に、また涙が溢れた。
「リノフィーさんは歌担当、つまり“顔”ですからね。
下を見てください。ワタクシ達が、両手足として、ずっと支えてますから」
ヨキが微笑みながら、焼いた果物を差し出す。
「左手はミーに任せな! 欲しい物は全部、掴んでやるよ!」
アカツがギターを片手に、にやっと笑う。
「じゃあ右足はワシだな。こけそうになったら、支えてやる」
ジシュウが鼻を鳴らす。
「右手はオレがやる。お前の拳になって、何度でも守ってやるよ」
ユカが最後に、どこか照れたように言った。
「……皆、ありがと……」
泣きながら、笑った。
「人生を豊かにするには、まず笑うこと!」
アカツがそう言って、みんなが何かに気づき、笑った。
「そして、清らかに、楽しく生きる。音を楽しむと書いて、『音楽』でしょ?」
ヨキが果物を口に運びながら、ふふっと言う。
「『音楽』で満ちた終日にする為に……夢を見よう」
ジシュウの低くあたたかな声が、胸に沁みた。
「“だからボクと一緒に音楽をしよう”……痒くなる事を言ったのは、リノフィー。お前だろ?」
ユカが、いつもと違う、真剣な顔で言った。
思い出した。
出会ったあの夜、ボクが最初に口にした言葉。
「……うん……」
そのとき、ユカがふと空を見上げて言った。
「“星”って、願いを叶えるっていうよな。……じゃあ、神じゃなく、“星”に願おうぜ」
「……願うだけで、叶うの?」
ボクの言葉にユカは真剣な目で「んー」と言いながら考える。
「なら、誓おう。悪魔集団を全部倒したら、――星の勇者にしてもらうか」
ユカの言葉に皆が笑う。
「死んでからじゃない……生きて! 星になる! そして、伝説の始まりか!」
アカツがダジャレを重ねて笑う。
「伝説の夢人達、五人の友情は永遠じゃ。フレンド・フォーエバー!! その大博打に乗った!!」
ジシュウがうなずき、叫ぶ。
「五つの星が繋がれば、星座になりますね。距離が遠ければ、さらに大きな星座になる」
ヨキの言葉に、ユカが目を大きく開く。
「“リノフィー・エターナル”から始まる“永遠の星座”だな。
一つ輝くだけじゃ星座になれない。オレ達も負けじと輝こうぜ」
ユカの言葉に、皆が頷いた。
ボクは、震える声で言った。
「生きて、星になる……。
たとえ死んで、星になっても……皆を、忘れない」
そして、ボクら五人は、小指を差し出して重ねた。
焚き火の赤い炎に照らされて、五本の指が繋がり、小さな五芒星を描く。
五人同時に約束を誓う、儀式。
「“運命”が俺達を引き裂いても。
遠く離れても――
それは、永遠の星座を描く、旅の途中なんだ」
ユカのその言葉に、皆が目を閉じてうなずいた。
そのとき。
一瞬。風が通り抜けた。
視界に、ボクの栗色の長い髪と、薄紅の桜の花びらが一枚、空を横切っていく。
雪原の都市とは季節外れの春の名残に、目を奪われ。
その先に、誰にも気づかれぬまま、空に【月虹】が浮かんでいた。
胸の中でそっと、願った。
__「みんなと、ずっと、笑えますように」
あと1話です。
この話は、プロットにずっとあって、どこですべきかずっと迷っていましたが、ここにしました。
森永 典安→フォレスト、エターナル・リノフィー、ユーサ
そして、四人のモデルは、作者の大好きな人達がモデルです。




