59.ギアドの台所 出会えたKSK【奇跡】
苦手な戦闘シーンが一旦終わり、やっと話を進めれます。
第二章に行く前の一章の終わりを後数話挟みます。
パターンを複数考えていたのですが、悩んでも仕方ないので、もう全部書きます。少し長いので分割。
ザキヤミの夜は、ようやく静けさを取り戻していた。
長きに渡った混乱と戦火。
その中心で戦った戦士たちと、それを支えた街の人々へ――この夜は、労いのためにあった。
舞台は、ギアドが各都市に展開する飲食店ブランド『ギアドの台所』。
ザキヤミの食文化は、健康面よりも衛生面を優先して油が多く使われる。
そこに、まるで家族の台所から料理が出てくるような家庭の味を描いた、ギアドなりの『外食の常識を壊した』食堂。
そのザキヤミ支部の店内は、木の温もりを感じる内装に、賑やかな提灯の光。
戦いの痕跡を感じさせないほど活気に満ちていた。
「ペーイ! ペーイ! 皆さん、食べてますかー! 皆さんの胃袋と心を掴む家庭の味! 作っていきますぜー!!」
イカついサングラスと短髪、筋骨隆々とした店長・ペイシン。
彼は、器用にもブリッジをしながら上体を反らしながらライブキッチンで調理を始める。
両腕を振り上げて、調理された料理が皿に移る度、店内は歓声に包まれる。
看板には『台所』とあるが、提供される料理はどれも絶品。
店内のウェイターアンドロイドと、ナザ院長が手配したスタッフたちも合流し、療養中の負傷者や医療班にも夜食が運ばれていた。
そんな中、ひときわ異様な存在が目を引いた。
「いやあぁー! やっぱりアニキはすごいんですよぉ〜!! 悪魔に臆することなくぅ〜!! いつもどおりのきれいな顔でですねぇーー!! なぁんとですねェ……! そんときアニキはッ、ズドォォン! と叫んで黒い銃をばぁーーんって!! 悪魔の根源的なところぉ〜ですねぇーー!!!!」
饒舌に語るのは、普段は四文字語しか発しない筋肉男・忍者ガケマルだった。
身振り手振りを交えて、目を輝かせながらユーサの武勇を語る姿は、誰の目にも異様で——そして面白かった。
「ちょ、誰だ!? ガケマルに酒なんか飲ませたのは!!」
オトキミが怒鳴ると、横にいたアユラが淡々と返す。
「オトキミ様。……それ、水じゃなくて焼酎です」
「え、あっ……マジか。でも……まあいいか!」
照れ隠しのように笑い飛ばしたオトキミは、酒瓶と料理の皿を高く掲げたオトキミが店内に叫ぶ。
「さぁ! 皆の衆、飲め飲めぇ! 今夜はアニキのための祝杯だぁーっ!」
杯が交わされ、笑い声が飛び交い、戦いを共にした者たちの絆が深まっていく。
そんな賑やかな店内に、ふと尋ねる声が上がった。
「ん? ユーサのアニキ達は? 今日の主役がいねぇじゃねぇか」
ペイシンの隣にいた、穏やかな目元の青年が答える。
「ユーサさんなら、VIPルームですよ。今日は奥さんと娘さんも一緒ですし」
その男の名はエヂヒカ。
ギアドの仲間であり、ペイシンとは正反対の柔和な雰囲気を持つ男だ。
彼が道を通る度に、女性客から黄色の声が上がる。
「それに……きっと、今日は静かに家族と過ごしたいはずです」
彼の視線は、店の最上階にある特別室へと向けられていた。
「エヂ様、わかってるっすね。ユーサっさんには、今、家族との時間が必要なんすよ」
その声に応えるように、店内に入ってきたのはギアド本人だった。
「家族との時間を、大切にしてあげましょう」
その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。
ユーサがどれほどの決断と痛みを抱えてこの勝利を手にしたのか。
それを知っている者だからこそ、彼の静かな時間を、誰もが尊重した。
「……あの、私も……よろしいのですか? こんなに素敵なお洋服も、お食事も……」
ギアドの背後には、見慣れぬ少女が一人、緊張した面持ちで立っていた。
ザドキ・エルに悪魔と誤認されて処刑されそうになり、ギアドの危機を救った少女、ケイ。
ギアドの用意した、秘術加護の施された衣服を身にまとい、席に着こうとしていた。
「大丈夫っすよ。思いっきり食べて、飲んで、笑って、泣いて……出会えた“KSK(奇跡)”を大事にしよう!」
「……はい!」
ギアドがまっすぐに言うと、ケイは一瞬驚き、そして目を潤ませながら笑った。
「よし! 皆さーん! 今日は、俺からの奢りです! 好きなだけ思いっきり楽しんでください!!」
歓声が上がり、宴はさらに熱を帯びていく。
杯と笑顔、そして再生の祈り。
ギアドの言葉に多くの人が笑顔になり騒ぐ。
戦火を越えたザキヤミに、ようやく訪れた安らぎの一夜だった。
そして。
「ジル(ボス)から聞いたんすけど、ケイちゃん、デイ神社に住むことになったんすか?」
食後の団らんも落ち着き始めた頃、ギアドが茶碗を置きながら隣の席に座るケイへと話しかけた。
「はい。……ジル様が、私には“火星”の秘術の才能があるかもしれないって。……それで、身寄りがない私を住み込みで養子にしてくださるそうなんです。今日から私は、ケイ・レイです」
言葉を選びながら、丁寧に答えるケイ。その表情には不安よりも、どこか安堵の色が混じっていた。
「そっか……良かったっすね。ジル(ボス)は、オレみたいな路頭に迷ってたやつにも、めっちゃ優しくしてくれる人っすから」
ギアドは照れ隠しのように頭をかいた。
「えっ……ギアドさんも、そんな……?」
驚きのあまり、箸を止めて目を見張るケイ。
その顔に「あっ……聞いちゃいけないことを……」と気づいたような戸惑いが浮かぶ。
「んー? まあ、オレの話なんてどうでもいいっすよ。今のオレがこうして笑ってられるのは、ジル(ボス)とユーサっさんのおかげなんで」
サラッと、あたたかな感謝を口にするギアド。
それは、どこまでも真っ直ぐな言葉だった。
辛い過去を“誰かのおかげ”で片付けられる、その強さと優しさに、ケイは内心で驚いていた。
そのあまりに自然な優しさに、ケイは、胸の奥がきゅっとなった。
「そういえば……ジル(ボス)はどこにいったんすか?」
ふと思い出したように辺りを見回すギアドに、ケイが答える。
「ジル様は、シ・エル最天使長に呼ばれて、エル教会の方でお仕事されるそうです」
「え!? マジっすか!? ボスがあの“神みたいな天使”と一緒に……!? うらやましいっす!」
目を丸くし、子供のように目を輝かせるギアド。
ギアドの声が一気に跳ね上がる。酒場の熱気を上回る勢いで、興奮があふれ出た。
その勢いにケイも目を見開く。
「ギアドさん……シ・エル最天使長と何かご関係が……?」
問いかけるケイに、ギアドは目を細め、懐かしむように天井を見上げた。
「うん……オレの人生を変えてくれた……神様みたいな天使っすよ、あの人は」
その語り口には、誇張でも美化でもない、素の敬意が宿っていた。
遠くを見つめるような眼差しをするギアド。
その穏やかな横顔に、ケイは思わず見惚れていた。
(この人は、裏表がない……本当に、素敵な人……)
そんなケイの想いをよそに、別の声が会話に加わる。
「ギアドの旦那の気持ち、よくわかりますぜ」
話に割って入ったのは、オトキミだった。
「俺らもシ・エル最天使長には、ずいぶん世話になってます。教会に捨てられた俺をギルド長に掛け合ってくれたのも、ギルドを追放されそうになったのを助けてくれたのも、あの人のおかげです」
オトキミは、笑いながら言い、ギアドは関心しながら頷き聞いていた。
「オトキミ様の言う通りです。そして……今日も、牢獄から逃げる時に助けてくれました」
アユラも加わり、少し離れたところで倒れているガケマルの背をさすりながら続けた。
「時を止めて、時間を稼いでくれました。……って、ガケマルさん!? ダメです、今はしゃべらないで……!」
「し……しエル……天、、さま……俺達……ク……エル……天使、、が……くるまで……指示を、、、くれて、、、おえぇえっ!!」
酔いが回ったガケマルが盛大に吐き、ウェイターのアンドロイドに手洗い場へと連行されていく。
誰一人、それを気にかける者はいなかった。
むしろ、宴のテンションは崩れず、自然な流れの一部となっていた。
ケイはその様子に目を丸くしながらも、どこか温かさを感じていた。
それがこの宴の温かさであり、信頼の証でもあった。
「マジっすか!? オトキミが“肉壁”って言ってたの、時間稼ぎだったんすね!? めっちゃNS(ナイス作戦)だったっすよ! あれもシ・エル最天使長の指示だったんすね!?」
ギアドが驚きと賞賛を込めて語ると、店内にいた他のお客達も笑っていた。
「オトキミ様。シ・エル最天使長が肉壁って言え、みたいになってますけど……」
「ん? あぁ、大丈夫だろうよ。シ・エル最天使長なら許してくれるさ! ガッハッハッハ!!」
「オトキミ様。ク・エル天使長に何かされても、俺は知りませんからね」
「ガッハッ……、あ。え? アユちゃん、ごめん。ちょっと助けて。代わりに弁明して」
オトキミ達のこそこそ話は、店内の音にかき消されていたため、ギアドの耳には届いていなかった。
「明日、ボスに会いに行って、シ・エル最天使長と何を話したのか、絶対聞き出すっす!」
ギアドの宣言に、乾杯の音が再び店内に響いた。
ーーそこへ。
ジリリリリ……ジリリリリ……。
店内の喧騒がひときわ盛り上がる中、奥のカウンター裏で鳴り出した黒電話のベルが、ひとつ異質な響きを放つ。
木目調の古びた受話器を見つめたエヂヒカは、すっと姿勢を正して受話器を取った。
「はい、こんばんは。こちら、ギアドの台所、ザキヤミ支部の……はい?」
その瞬間、エヂヒカの言葉がぴたりと止まる。
受話器の向こうから聞こえてきたある名に、彼の表情が一瞬だけ引き締まった。
そして、静かに目線を上げる。
彼の視線の先――店の最上階、月と星がよく見えるVIPルーム。
そこには、今日の祝宴の本当の意味を抱えた家族がいる。
エヂヒカはそっと口元を引き結び、言葉を抑えるようにうなずいた。
――この夜の宴は、まだ終わらない。
けれどその一方で、次の物語が、静かに、確実に動き始めていた。
人物のモデルになった人達の誕生日が昨日、今日。
祝杯を物語で語ります。
因みに、火星。マーズ。〇〇レイ。おやおや?




