58.生まれ変わり、歩き始めた世界【リ・バース】
ザドキ・エルは、静かに目を開けた。
——「ここは……ザキヤミ……戻って来れたのか、私は。……え?」
彼女は、自分の体を見て驚きの声をあげる。
体は、悪魔の禍々しいものではない。
天使の翼もなく、ただ一人の人間の少女。
——両親が処刑された、あの悲劇の夜にいた、まだ幼く、純粋だった日の姿だった。
悪魔だった者が、人へと戻る。
それはエル教会の神すらも「不可能」としていた奇跡。
「……昔の、わたし……」
白くなった指先を見つめ、呆然とつぶやいた。
信徒たちも、市民たちも、その姿に息を呑む。
人は悪魔に堕ちたら戻らない。誰もがそう信じていた。
だが、今ここに、その“当たり前”が否定された。
何が起きたのか理解できない。
何が正しいのか、誰も答えられない。
その中で、ただ一人、喜びに顔を歪めたのはシ・エルだった。
「最高だ……最高の結果だ、ユーサ……!」
言葉より先に笑みがこぼれ、立場を忘れて純粋な少年のような歓喜を見せる。
映像越しに見ていた天使たちも、驚愕の声をあげた。
「悪魔カラ、人に戻るなんて……アリエルノカ?」アン・エルが機械音声で呟き。
「ふぃふぃ……殺す以外の選択肢。俺たち戦闘狂な天使にはできない、新たな選択か。世界が変わるぞ……ユーサ・フォレスト」 イフ・エルが、映像に映る青年を静かに見つめた。
それは、ただの勝利ではない。
全世界にとって、悪魔に対する“新たな救済”という、かつてない選択肢が示された瞬間だった。
その希望の中心にいたのは、ユーサ。
「良かった。戻って来れた、意識があるということは、、決意は決まったのかな?」
ユーサがザドキ・エルに歩み寄り、優しく声をかける。
「天使ではない私が……罪を償えるのか? 死で償う以外に、何が……できるんだ」
少女の姿に戻れるとは思っていなかった彼女が震える声で問う。
「僕が言うことじゃないかもしれないけど……この街の復興と、市民を守ってくれないかな?」
ユーサが周囲を見渡す。
瓦礫に埋もれた街。血を流す人々。悲鳴もない、ただ疲弊した沈黙。
ザドキ・エルは、自分のせいだと知り、目を伏せ、自らの手を見下ろす。
「……私の手は、もう真っ赤なんだ……汚れてる……『壊れた』、悪魔に壊された……ちっぽけな人間なんだ……」
そのとき——
「パパ。マリアのペンダント、なおして」
マリアがユーサに差し出しのは、昨日、悪魔の襲撃で壊された、大切な誕生日プレゼント。
全てが終われば、修理すると約束した、マリアの宝物。
「え? あ、うん……でも、マリア……」
躊躇うユーサ。言いかけた言葉を、マリアの強い声が遮る。
「パパ! おねがい!」
その一言が、ユーサの中に眠る記憶を呼び覚ます。
——「パパ、あのね……」「仕事で忙しいんだ! 後にしろ!」
前世・典安の記憶。娘の声を無視したあの日の自分。
「……ああ、うん。わかった」
今度こそ、違う選択をするために。
ユーサはメンテナンス道具を借り、応急処置を施す。
十字架のペンダントは、完全ではない、歪な形でしか修復できなかった。
けれど——確かに形を取り戻した。
「わあ! ありがとう、パパ!」
無邪気に笑うマリア。
そのペンダントを、彼女はザドキ・エルへと掲げた。
「てんしさま! みて!」
「……?」
「こわれても、なおせば、もどるよ!」
その言葉に、ザドキ・エルの瞳が大きく見開かれる。
傷跡の残る十字架。それは完璧な修復ではない。
けれど、その“歪さ”が、逆に教えてくれた。
完璧ではない。 だが、それゆえに伝わるものがあった。
「なおしたココをみたらね。もうこわさない! だいじにしよう……って、おもえるよ!」
少女の純粋な言葉。
それは、その場にいた全ての人々の胸に届いた。
人々の心に、再び火を灯す祈りのようだった。
壊れた街。
傷ついた人々。
もう一度始められる。
そして、大切なのは、その先をどう生きるか。
その言葉に、人々が立ち上がろうとしていた。
——未来は、まだ壊れてなどいない。歩き出せばいい。
罪と、痛みと、傷跡を抱えてでも。それが、その場にある全ての救いのはじまりだった。
「ありがとう。子供が言う言葉は、直接胸に来るね……。何故だろうね」
ザドキ・エルが、ふと呟いた。
その言葉に応じたのは、柔らかく微笑むク・エルだった。
「……それは、邪気が無いからだと思いますよ」
戦いの終わり、静まり始めた瓦礫の広場に、少しだけ温かな空気が流れる。
ク・エルは、ザドキ・エルに向き直ると丁寧に一礼し、言葉を重ねた。
「……ザドキ・エル最天使長。……私もこの都市の復興に、助力させていただければと思います」
「ク・エル……私は、もう天使を追放されたんだ。……そして、天使としての力も、無くした」
ザドキ・エルは、その申し出を嬉しくも、寂しげに返した。
しかし、ク・エルは毅然とした態度で首を振った。
「……何を言っているのですか、貴女は。……私は、この街の住人です。……天使としてではなく、ザキヤミの一員として貴女を支えたい」
その言葉に、ザドキ・エルの目が驚きで揺れる。
と、そこに新たな声が加わった。
「天使追放が気掛かりなら、余がどうにかするよ」
シ・エルが、ゆったりと歩み寄ってきた。
「天使教皇様のもとへ連れて行く、最後の司令がまだ残っている。……その際に、余が一緒に掛け合ってみよう。ザドキ・エルに、やり直しの機会を設けるようにな」
その申し出に、ザドキ・エルの瞳がさらに大きく見開かれる。
「体が天使のものではなくなった私を……助けて、何になるんだ……? それに、他の都市の最天使長が黙っているはずがない……」
ザドキ・エルは、苦々しげに顔をしかめた。
各都市に散る、癖のある最天使長たちの反応を予想していたのだ。
だが、シ・エルは楽しげに笑う。
「『最天使長会議』のことかい? 心配ないよ、今回の件で、余の言うことに反対できる者はいない。
余の部下たちが、各都市の問題を解決してきたからね。カードは全部、こちらにある」
まるで、未来を見通しているかのようなその言葉。
そして。
「君の【秘宝石】は原石に戻っていない。君を天使として、まだ認めている証拠だよ」
シ・エルの言葉に、ザドキ・エルはわずかに目を伏せた。
胸元にあるザドキ・エルの【秘宝石】は緑色に美しく輝いていた。
ザドキ・エルは、輝きを抱きしめながら、そっと息をついた。
「……そうか。……ありがとう、シ・エル」
それに応えるように、シ・エルは頷く。
「君にはよく反発されていたが……最天使長同士のよしみだ。気にする事はない。そして——」
彼は視線を移す。
ユーサ・フォレスト、そして彼の家族、仲間たちへ。
「礼を言うなら、彼らに言うべきだよ。ザドキ・エル」
ザドキ・エルは、ユーサ達へと視線を向けた。そして静かに、深く頭を下げる。
「そうだね、シ・エル。……ありがとう、ユーサ・フォレスト。私にできるかは、分からないけど……やり直してみせるよ」
その言葉に、ユーサは静かに頷いた。
あの神の声が、彼の中で蘇っていた
—— 『やり直す決意』が無ければ、仲間にはならない。術を受けた対象者次第だ ——
その言葉通り、ザドキ・エルは歩き出そうとしている。
かつての彼女が守ろうとしたザキヤミ。
そして、今度こそ守り抜こうとする、新しい世界。
その【生まれ変わる】第一歩が、静かに踏み出された瞬間だった。
もう無理、歩けない。でも、何度も挫けながらも、それでも歩いていく。。。
第1章 リ・バース編の集大成。
そして、この話には、僕が、大好きな方への手紙に書いた『大事な部分』が記されています。
マリアの言葉です。
「壊れた器は元に戻らない」と思っても考え方を変えると
直した箇所を見れば『今度は、壊さないように大事にしよう』と思うこともできます。
あきらめないで欲しい。
ただ、その一言を伝えるための長い物語。の一部です。
(・∀・){伝えるのに、約2年以上かかったね。




