56.【召命⑥】『この一連の召命を、君の娘が七歳になる、あと三年以内に遂行してもらう』
久しぶりのユーサ視点でのジャンヌとの会話です。
召命も残り二つになるが、その前に……。
ユーサ。
君はチェスと将棋、どちらが好きだい?
……ん?
「何ですか、唐突に」って顔をしているね。
うん、唐突だね。
けれど、この問いには理由がある。
チェスと将棋、どちらも盤上の戦いだ。
でも本質的には、まるで違う。
チェスはね、一度取られた駒はもう戻らない。
だからこそ、プレイヤーは駒を大切にする。
一手一手に命が宿るような重みがある。
取られたら戻らないから、死んだ駒はもう動かない。
だからこそ、緊張感と慎重さが際立つ。
一方で将棋は、違う。
取った駒は自分の駒として使えるようになる。
つまり、敵もまた味方に変わる可能性を秘めている。
だからどこに、どのタイミングで、誰を置くのか。
戦術に加えて、再構成の柔軟性が求められる。
……神はね、これから君に授けた神秘術の話をする。
それに、この二つの盤上遊戯は深く関係しているんだ。
《地図に無い場所へ(ウィル)》
それは、天使以上の存在が悪魔となり、
瀕死になった時にだけ発動する、極めて特異な術。
そして、“やり直す決意”を持てるかどうかの神秘術だ。
ウィルを受けた対象には、扉が現れる。
それは目に見えるものではない。
扉の向こうは、このエデン—— 神達がいるこの場所。
夜空には【月虹】がかかり、地上には幾つもの光の花園。
ここで神は、扉を開いた者と対話をする。
過去に何をしてきたのか、なぜ堕ちたのか。
そして——これからどんな未来を選ぶのか決めてもらう。
エル教会の堕天した堕天使ではなく、
神の天使、D天使として新たに再生される試練への術だ。
これは、将棋のように、失ったはずの駒をもう一度使う。
いや、正確には……失われたと思った魂が、もう一度“使える”ようになる。
チェスではそれはできない。
だから君に訊いたんだ。
君は、チェスと将棋、どちらが好きだい?
神は、君が将棋のように“役に立たない駒は無い精神”で、またいつか役目がくる、無限の可能性がある事を知って欲しい。
そして君が、君だけで戦うのではなく、かつて敵だった者さえ味方にできるような寛容さと、覚悟を持ってくれたら……と願っている。
なぜなら——時間がない。
創造神の生まれ変わりである君の娘、マリアは四歳だったよね?
七歳になると、彼女の中に眠る“カオス”が目覚め『ありえない神への成長期』へと突入する。
その時、膨大な秘力と奇跡の力を持った肉体は、人間の器には耐えられず、ほぼ確実に死ぬ。
……なぜ、ディアが七歳までの記憶を失っていたのか?
それが理由だ。
ディアがなぜ生き延びられたのかは、神である神にもわからない。
ただ、それは“偶然の奇跡”か、あるいは“運命の選択”だったのか。
けれど——何度も起きることではない。
だから神は、予言する。
このままでは、マリアは死ぬ。
そしてその瞬間。
召命一
『君の奥さんと子供、どちらも死なせてはならない』が破られる。
ユーサ、君はそれと連動して死ぬことになる。
だから君には——あと三年以内にすべての召命を終えてもらう必要がある。
三年。
……君は「まだ三年ある」と思うかもしれない。
けれど、子どもの成長というのは、驚くほど早い。
親自身は何も変わっていないつもりでも、気づけば大きくなり、親元を離れ、大人になるのが子供なんだ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」——なんて言葉があるけれど、ユーサ。
女の子の成長は、本当に早い。
そして、七歳よりも先の未来を、君は娘に歩ませたいのだろう?
たとえ——君自身が召命七のせいで、生きていなくても。
そのために、神は即戦力が仲間になる可能性がある、ウィルを授けた。
以前、教会の中に悪魔が潜んでいて、神の予想では天使以上の階級、特に最天使長が怪しい、と言ったのを覚えているかな?
しつこく、リマインド。
繰り返すけれど——ウィルは誰にでも使えるわけではない。
対象は天使以上の存在であること。
悪魔に堕ち、なおかつ瀕死。
そのうえで、“やり直す決意”があること。
そして、自ら扉を開くこと。
発動条件は非常に厳しい神秘術だが、上手くいけば君と同等、それ以上の強い存在が仲間になるかもしれない。
……まぁ、やや博打なところもある。
“やり直す決意”が無ければ、仲間にならないからね。術を受けた対象者次第だ。
この神秘術は“捕まえる”ではなく——“救う”が本質だよ。
仲間になっても途中から裏切る可能性だってある。
この術を生かせるのも、殺せるのも君次第だ。
だから今、問いかける。
チェスと将棋。どちらが好きか。
いや、本当はどちらでもいい。
重要なのは、その問いに向き合う君の姿勢だ。
戦う前に、戦う理由を……
守る前に、守る意味を……
怒りを覚えたら、その力の使い方を……
考えて欲しい。
そして、時間がないよ、ユーサ。
なにが言いたいかというとね——計画を立てない目標は達成されにくい。
以前言ったと思うけど、考えて行動しなさい。
つまり、チェスや将棋のように、
戦略を立てないと——終わってしまうよ。
召命も、
君の未来も、
君の娘の命さえもね。
主人公がどうしていくのか、もう少しだけ待っていていただけると幸いです。




