52.ひとりじゃない【ザキヤミ編】
漆黒の闇を貫く一条の光。
ザキヤミの大地に降り注いだ《ダイヤモンド・バージン》の神秘が、【明けない魔夜中】を切り裂く。
それは夜明けのような光景だった。
人々は信じられないものを見るように、天を、そして中央の光源を見上げていた。
その中心で、ユーサが神秘と魔力が混ざる彼の選択、《ブラック・ピストル》を撃ち放つ。
悪魔の叫び、鮮烈な閃光。
全てが終わったと、誰もが思った。
……静寂の中、膝をついたザドキエルが項垂れ、意識を手放す。
そのすぐ隣、まだ消えきらないサキュの体が、へその緒のような黒い瘴気でザドキエルと繋がっていた。
サキュの身体は崩れかけ、灰に変わろうとしている。
「……まだよ。……まさか、三手先まで考えて、隠し玉を使うなんて……」
サキュは苦しそうに呟く。その目には、なお諦めの色はなかった。
だが、サキュの“最終手段”は、もはや自分だけの勝利を願うものではない。
死を悟った彼女が取ったのは、せめてものあがき——下級悪魔を大量に召喚し、混乱に乗じて逃げ延びるための策だった。
「……」
ユーサは何も言わずにその光景を見つめていた。
全ての魔力と秘力を使い果たし、もはや身体は動かない。
( ——絶望を見せてはならない。悪魔は、絶望を見ると強くなる)
そう自分に言い聞かせて、無表情を装う。だが、体の限界はすぐそこだった。
「フフフ……ユーサ・フォレスト。戦いというのはね、『あんた一人で全て解決できるもの』じゃないのよ」
サキュが指先に最後の魔力を込めると、空間が軋み、次々と下級悪魔たちが現れ始めた。
それを見ていた市民達が青ざめる。
普段であれば、誰かが倒せそうな程の所謂、雑魚悪魔。
その悪魔すら、倒せる人物はその場に立っていないかった。
——しかし。
《 ー 〇 呪文 ●秘術 ◎召喚 ー 》
どこからか響く呪文の声が、混乱の只中に一筋の光を差し込んだ。
広場の片隅、まだ幼さの残る修道服姿の少年が、決死の覚悟で前へと駆け出す。その手には瓢箪。
少年は震えながらも、声を張り上げて呪文を叫ぶ。
《 ー ネコ忍者!! キチュネ!!! ー 》
瓢箪の口先から、もくもくと白い煙が噴き出した。
煙はまるで生き物のように渦を巻き、瞬く間に忍び装束を纏った巨大な猫と、着物を着た狐へと形を変える。
「!? ママ!! パパ!! みけぞうと、キチュネだあ!!」
マリアが、可愛い救世主の名前を叫ぶ。
その名前を知っている者達から、希望の笑顔が生まれた。
「やれ!! 三毛蔵!! みだれひっかきだ!!」
「フシャー!!!!」
白く鋭いオーラに包まれた猫——三毛蔵が、大地を蹴って悪魔たちの群れに躍りかかる。
「ニャニャニャニャニャー!!!」
その瞳は猛獣のように鋭く、しなやかな体が宙を駆けると、空気を切り裂く音と共に、鋭い爪が振り下ろされた。
「そして、キチュネ!! 必殺……結魂、体当たりだ!!!」
花嫁のよう愛らしい着物を着たキチュネ——狐が白銀の尾を逆立て、魂をぶつけるような凄まじい勢いで悪魔たちへと突進する。
「「「 AAA!?!? KUUAA--!! 」」」
突如として現れた異形のネコと狐に、下級悪魔たちは為す術もなく、体中に白い傷痕が刻まれていく。その傷痕は、まるで闇を切り裂く聖なる光のように輝いた。
少年は震える手で更に叫ぶ。
「アユラ!! ガケマル!! 出番だ!! 傷痕の箇所を狙え!!」
「オトキミ様! 承知!! 狙い打ちます!!」
「ま、か、せ、て(マッチョポーズ)」
修道服の少年――オトキミと呼ばれたその背後から、弓を持った陰陽師装束の美青年アユラが、風のような動作で矢を番える。
一方、屈強な忍者ガケマルは、重いバチを高々と振り上げる。
アユラの放つ矢が、空気を裂いて白い傷痕を正確に貫いた。
ガケマルの一撃が、雷鳴のような太鼓の響きと共に、悪魔たちの急所を容赦なく打ち砕く。
次々と、白い傷痕を射抜かれ、叩かれた悪魔たちは、悲鳴を上げながら次々と塵と化し、灰となって風に散っていく。
誰もが絶望しかけていた広場に、わずかながらも希望が満ちていった。
戦いは、まだ終わらない。だが、誰もがその光景を見て、胸の奥に――
『この都市は、もう悪魔の好きにはさせない。』という新たな勇気の火が灯り始めていた。
「ユーサのアニキィーーー!!!! 遅れてすんません!! コイツらは俺達に任せてください!!」
元気よく、オトキミが戦場の中央へ駆け込みながら叫んだ。
その声には、絶望を吹き飛ばすような勢いがあった。
「オトキミ様。ほとんどトドメはオレ達なんですけど……、ちょっと先行しすぎです」
アユラが肩で息をしつつ、苦笑気味に突っ込む。
すかさず、ガケマルも「ブ、ラ、ッ、ク、(企業)」と謎のポーズで続く。
「やかましい!! 俺が囮になって唱えてんだから、頑張って戦っフニャフニャフニャ……」
「オトキミ様。ちょっと、意識を悪魔に向けてください」
「落、ち、着、い、て(呪文が消える……ハラハラ)」
テンポの良いやりとりが交差する中、緊張感の無い彼らの会話とは裏腹に、悪魔たちは次々と灰へと変わっていく。
広場に舞う悪魔の灰。
その光景を、信じられないものでも見るように、サキュが硬直で見ていた。
額には脂汗が滲み、いつもの余裕は影も形もない。
「昨日は世話になったかんなぁ!! この街を守る者として、負けらんねぇぞ!!」
オトキミはどこからかお祓い棒を取り出し、サキュへと向けて構えた。
その紙垂が、まるで雷のようにジグザグに震える。
「な、、なんで。アイツらが? 教会の地下牢に閉じ込めていたのに……」
サキュの唇が震え、絶望と困惑がその瞳に滲む。
気付けば、下級悪魔たちは全て一掃されていた。灰色の残骸だけが静かに広場に散らばる。
「ユーサのアニキ! ギアドの旦那! 破壊の修道士、オトキミ! 以下二名! 稲妻のようにジグザグ参上しました!!」
「オトキミ様。大勢ならわかりますけど、二人ぐらいなら、以下じゃなくて名前で呼んでください。アニキ。旦那。アユラ戻りました」
「ガ、ケ、マ、ル(アニキ! 旦那! 戻りました! マッチョポーズ)」
三人が勝利の余韻をそのまま、ユーサのもとへ駆け寄る。
「ありがとう。オトキミ。アユラ。ガケマル」
ユーサは感謝の言葉を素直に伝えた。その柔らかな声に、仲間たちの顔も自然とほころぶ。
だが――
その光景に苛立ちを覚えたサキュが、鬼気迫る形相で吠える。
「一人で、、何もできない雑魚が、、良い気になってんじゃないわよ!!」
彼女の視線の先には、家族と仲間に囲まれたユーサがいた。
それとは対照的に、サキュの周囲には誰もいない。孤独そのものが彼女を縛っていた。
「気に入らないわ。ユーサ・フォレスト……!! 悪魔のくせに!! 希望に飢えてんじゃないわよ!! いますぐアンタを……アンタ自身を!! 絶望に変えてやる!!!」
サキュは渾身の力を振り絞り、指先に魔力の奔流を集める。
「《 ー 〇 呪文 ●黒魔法 ◎ 悪魔の理性解除 ー 》」
稲妻のように黒い光が、ユーサに向かって放たれようとする――その刹那。
「アユラ! 君の魔力探知型秘術道具なら、あの魔力が解析できるっすよ」
「!? ありがとうございます、ギアドの旦那! ……オトキミ様。あの魔力は……悪魔にしか効きません」
ギアドは自分が作った秘術道具をアユラが持っていることを確認して、最善策を提案する。
アユラは直様に秘術道具を取り出し、サキュの魔力波の性質を即座に解析した。
皆が顔を見合わせ、頷いた。
「よし!! ならやることは一つだ!! ユーサのアニキを守れ!!!」
オトキミが慣れた手腕で即応し、守りの陣形を取るよう指示。仲間たちが、三日月の円を描いてユーサを囲む。
ユーサの隣には、ディアとマリア。
ギアド、オトキミ、アユラ、ガケマル――
頼もしい仲間たちが壁となり、サキュに立ちはだかった。
「がんばれーー!!! 皆ーーーー!!」
「フォレストさんを守ってーー!!」
悪魔を倒した街の英雄を守る仲間の姿に、感銘を受けた市民達が応援を送る。
まるで、遠くから見ているユーサのファンが陰ながら声援を送っているかのようだった。
その一瞬、ユーサは静かに、仲間たちの姿を見回し、前世を思い出した。
ー 「なんで私……。結婚したのかしら……。はぁ……」
「なんでアンタみたいなのが、アタシの父親なのよ……。マジ最悪……」
「典安……お前とはもう……やっていけないよ」
「森永……待っていたのに……さよなら」 ー
――かつての自分。
家族も友も職場の仲間も、全てを失い孤独に沈んでいた男・典安。
だが今、彼の周囲には、家族が、仲間が、信頼があった。
やり直しを決意した異世界転生で得た結果の答えが、手の届く距離にある。
「僕は一人じゃない。……もう一人じゃないんだ」
静かな決意と感謝が、ユーサの胸に広がる。
それは、悪魔に打ち勝ったこと以上の“本当の勝利”だった。
「ぐっ!? 虫唾が走るのよ! 気に入らないのよ!! その希望に満ちた顔を見ると!! そんな肉壁で私の黒魔法を無力化できると思うなよ!!」
サキュの絶叫が場を震わせた。
殺気立った悪魔の咆哮。
ーーだが、その直後、戦場の緊張が一瞬ほぐれる。
「おい。ガケマル。お前みたいなマッチョのせいで、俺達まで肉壁って呼ばれてんぞ。……いいか、こういう時はお前が最前線でアニキを守れ!」
純粋かつ真顔で、オトキミが突っ込む。
「え?(困惑)」
ガケマルは一瞬呆然としながらも、内心ちょっぴり嬉しそうにマッチョポーズ。
渋々ながら、分厚い体でユーサの前に立ちはだかった。
「オトキミ様。この場合、ガケマルさんは単純な筋肉バカなんで、褒めた方がやる気出してくれます。もっと上手に煽ってやってください」
「え、ぇ、?(アユちゃん?酷くない?)」
止める訳でもなく、アユラは天然なのか、至極真顔で静かにツッコミを入れる。
傷つきつつも、ガケマルはさらにマッチョポーズで壁役をアピールした。
そのやり取りを見ていたサキュは、信じられないものを見るように目を見開き、顔を真っ赤にして怒りを噴出させる。
「な、何よアンタたち……!! この状況でふざけてる余裕があるとでも思ってるの!? こっちは死に物狂いなのよ!!」
空気の重さが一転、妙な明るさに包まれた戦場。 そんな中、緊張で青ざめていたギアドが吹き出す。
「ブッ! アハハハ!! N・S(ナイス・作戦)っす!」
絶体絶命の中でも、仲間同士で皮肉もギャグも素で言える強さ。
それは、悪魔の絶望の力をも寄せつけない、“人間の絆”そのものだった。
「こ、、この!!! 一人では何もできない、人間め……、__っ!? ぎゃああああAAAAAAAAAAAA!!!!」
サキュの絶叫と共に放たれる筈の魔力波――。
だが、次の瞬間。
サキュの指先が、音もなく、鋭く切断された。
ユーサの方向へ向かう筈の黒魔法の奔流が空へと消え失せ、彼女の最後の一撃は儚くも不発に終わる。
「……何を言っているのですか? 貴女は」
――そして。
「……『一人で何もできない』のは、貴女ではありませんか? ……それに貴女が言ったのでしょう?」
静かな声が響いた。
「……戦いは、『一人で全て解決できるものではない』……って」
緑色の片翼から、花びらのように可憐な羽が舞う。
L字型の取手が付く大鎌を携えた死神のような女性の陰。
今にも悪魔の血肉を欲しがりそうなほどに恐ろしいハエの紋章が刻まれた鋭い刃。
緑色の着物の上に、シ・エルと同じ軍服コートを羽織る美しい美女。
その女天使が、ゆっくりとサキュに歩み寄る。
「ク、、ク・エル……!!」
悪魔は信じられない者を見るかのように驚き青ざめ、死期を悟った。
ク・エルの表情は、悪魔への“死の宣告”そのものだった――。
主人公一人が、全てを解決するのではない。
主人公を守る、周りの人全てが、人生と物語を動かしていく。




