49.罪悪に満ちた慟哭(ギルティ・クライ)③
フランス語を英語にすると…気付く人はyasu好き。
―― その日、空は血のように赤かった。 ーー
灰に染まる教会の前で、信徒たちが一組の男女を縛り、処刑台へと引きずっていく。
「やめてください……父と母は、違うんです……! ……悪魔なんかじゃ……!」
少女は震える手で、司祭の服の裾を掴んだ。
顔は煤で黒く汚れ、涙で濡れていた。必死に、ただ必死に両親を庇う。
司祭たちは言う。「証拠はすべて揃っている」と。
それは皮肉にも、彼女自身が『両親の無実を証明しよう』として集めた記録だった。
「やめてください……お願い……! わたしは……わたしは……!!」
——その叫びは、誰にも届かず、天へも届かなかった。
そして、炎が上がった。
母の口が最後に動いた。
「……お前なんか……産まなきゃ……よかった……」
その言葉だけが、少女の胸に、黒い焼き印のように刻まれた。
少女の名は、ザドキ・エル。
その日、天は__少女を見ていなかった。
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* Je sens mon cœur battre faiblement, prêt à mourir *
——心の鼓動が、静かに消えていくのがわかる
* Personne ici pour me sauver *
——誰も、私を救ってくれない
闇の中に微かに聞こえる天使の歌声。
そして。
ザドキ・エルの口から、崩れ落ちるように言葉がこぼれる。
「私は……両親を庇ったのです。あの子のように……」
その声は、もはや悪魔のものではなかった。黒い翼の羽音の奥に、少女だった頃の面影が滲んでいた。
「『違う。両親が……悪魔に支配されているはずがない。』私は、そう信じて、証拠を集めました。どれだけ夜を削っても、信仰を疑われても……信じていたから」
* Piégée dans des jours de folie *
——狂気に囚われた日々
* L’heure est venue pour moi de finir *
——終わりの時が、ついに来た
瞳に浮かぶのは、遠い日の裁きの広場。
群衆の中に立つ両親の姿。十字に縛られ、黒い炎に包まれたその最後。
「……だけど、その証拠が……私の記録が……両親を悪魔と認定させたのです」
喉の奥から漏れるのは、痛みとも怒りともつかない呻きだった。
「“お前なんか、産まなきゃ良かった”って……母は……そう言いました」
ユーサは、その言葉を聞き。典安の記憶を再び思い出す。
母親に言われた同じトラウマを持つ者として。ユーサはザドキ・エルの事を他人事に感じられなかった。
そして、黒い翼が静かに揺れた。
その身を蝕む闇の波が、まるで魂の奥底から這い出すように、ザドキエルの肩を震わせる。
「……あの顔が、声が……離れなかった」
ザドキ・エルは地に膝をつき、指先を震わせながら、顔を覆った。
だがその掌の隙間から零れ落ちたのは、鮮血よりも黒い涙——かつて神に仕えた証すら濁らせる、深い絶望の雫だった。
* Je fuirai pour ma vie *
__命が尽きるその瞬間まで、私は逃げる。
* Aucune échappatoire au couteau *
__だが、その刃からは逃れられない。
* Je brûlerai, j’irai en enfer *
__焼かれて、地獄に堕ちていく。
* Maudis-moi à travers ce sortilège *
__呪いで私を罰して。
その言葉に呼応するように、ユーサの耳に——否、世界の奥底から響くように、誰かの歌声が聴こえた。
「助けたかった……救いたかった……ただ、それだけだったのに」
空が哭いているような鈍い風が吹いた。崩れかけた黒翼の羽が散り、瓦礫の地に落ちては静かに溶けていく。
* Je prierai jour après jour *
__私は毎日祈り続けるの。でも……
* Dieu dira que je suis la proie *
__神は言う。私が狩られるべき獲物だと。
「どうすれば……良かったの……?」
その声はまるで迷子の子供のように小さく、震えていた。
* Je plongerai dans le déluge *
__私は怒りの中へ飛び込んだ
* Je sacrifierai tout mon sang *
__すべての血を、贖いのために捧げるわ。
「無我夢中で私は……裁きを続けた。そうしなければ、心が壊れてしまうから……」
* Sauve-moi… Je me rends, prends tout ce que tu veux *
__助けて……私はもう抗わないから……。何もかも差し出すから……。
その瞬間——
「そして……聞こえたの。悪魔の囁きが」
ザドキ・エルの目が、ふいに虚空を見つめる。
「『悪いのはあなたの両親じゃない。この世界にあなたを産み落とした神のせいだ』__って」
その囁きは、まるで壊れかけた祈りに寄り添うように、優しく、残酷に染み渡った。
「神は、私を見放した……私は、信じていたのに」
唇を噛み締める。血の味と共に滲むのは、救われなかった天使の心。
「だから、私は……神に復讐するために、裁きを繰り返したの。神が間違って産んだ私の裁きによって、この世界から間違いを一つずつ、消していこうとした。そうすれば、私の存在に意味が生まれると……それが私の復讐」
裁くことで自分を保つ。
断罪することで、信仰の裏切りに意味を持たせる。それが——ザドキエルの堕ちた理由だった。
「そして私は、天使となり、神の奇跡を与えられた。皮肉よね……」
静かに顔を上げるザドキ・エル。
その姿は、かつての威容ではなく、神の奇跡すら憎しみに染めた『断罪者』としての面影があった。
しかし、、。
* S’il te plaît, ne me tue pas pour ta vengeance *
__どうか、復讐のために私を殺さないで。
「神からもらった奇跡で、神を殺す……そのために私は、生きてきた」
背中を丸めるその姿は、『断罪者』ではなく、ただの一人の“娘”だった。
「それが……私の罪。私の祈り……」
ザドキ・エルの声が、風に滲んで消えていく。
「でも……違った。私は、ただ……」
* La mort s’approche lentement *
__死が、静かに、確実に近づいてくる。
悪魔の羽根が崩れ、魔の角が砕けていく。
「私はただ、あの日……あの時の少女として、家族と……もう一度、笑いたかっただけなの……!!」
* Je ne veux pas mourir, pardonne mes péchés *
__死にたくない……罪を、許してほしい。
大地に、涙が落ちる。
それは、もう黒い悪魔の血ではなかった。
淡く、透明な——“人間の涙”だった。
彼女の最後の言葉は、苦しみとも、悔いともつかない囁きだった。
そして——静寂が訪れた。
ザドキ・エルの吐息と共に、深く沈んでいた罪の真実が、ようやく外に溢れ出した瞬間。
悪魔ザドキエルの姿が少しずつ縮んでいった。
罪の真実と共に、体内の魔力が風船のように外を漏れ出し始めた悪魔の巨体。
しかし、、、。
「フフフ……ねぇ、ザドキ・エル。あなた、自分がどれだけ酷いことをしてきたか、分かってる?」
クスクス、と悪魔の声が響く。
縮んだ巨体の代わりに体内から妖艶な悪魔の姿が現れる。
その口元がゆっくりと歪んでいく。まるで血の匂いに誘われた獣のように、唇が喜悦に震えていた。
「『悪魔の疑いがある』ってだけでどれだけの人を裁いてきたの? 子供、親どころか一家を一斉処刑したこともあったわよねぇ。恋人同士を引き裂いたり、ただ信仰が違うってだけで、首を刎ねたり……」
ザドキ・エルの肩がビクリと震えた。
「それなのに、今さら自分が『かわいそう』な顔? なーに泣いてんのよ。……ねぇ、自分が産まれてきたことを恨んでるの? だったら、母親の気持ちがわかるんじゃない?」
サキュの瞳が、まるで氷の刃のように鋭く細められる。
「『お前なんか、産まなきゃ良かった』って言われたんでしょ? ——でも、その通りじゃない?」
その一言が、ザドキエルの胸を、突き刺すように貫いた。
「こんな酷いことばかりしてきた“化け物”を産んだ母親の方が、よっぽど可哀想よ!」
唇の端が、愉悦に震える。嘲笑う声が響く。
「そんな哀れな顔で流す涙、最高だわ……悪魔を興奮させるわね。ゾクゾクするほど素敵よ? もっと絶望して、もっと後悔して、もっともっと、壊れていきなさいよ」
ザドキ・エルは肩を抱え、嗚咽を漏らした。消えかけた黒い羽根が震え、魔力の流れが不安定に波打っていた。
そんな様子すら、サキュにとっては“ご褒美”だった。ザドキ・エルの感情がサキュの魔力を更に向上させる。
「ウフフ……でも、大丈夫よ、ザドキ・エル。安心して」
サキュはゆっくりと耳元に顔を寄せ、囁く。
「私は、貴女を肯定してあげるわ」
その声は、吐息に紛れるほどに甘く、そして残酷だった。
「“今の貴女”を産んだのは、この私よ。だから——生まれてきて、良かったわね?」
そして。
「過去は変えられない。今まで積み重ねてきた、惨めで哀れで汚らしい過去があったおかげで……」
サキュは口を大きく開いて、狂ったように笑った。
「邪悪な『混沌の悪魔』が生まれたんだから!! アッハハハハハハハハ!!!!」
その高笑いは、まるで祝福の鐘のように、地獄の空に響き渡った。
琴が切れたかのように、ザドキ・エルの意識は無くなり、強力な魔力の主導権はサキュが握る。
悪魔ザドキエルを吸収するように、サキュの体が大きく膨れ上がる。
「アハハハハ! それに、、、壊れた天使が、今更、元に戻れるとで思っていたのかしら!!?」
サキュの言葉にユーサの表情に亀裂が走る。
「たしか、壊れた機械は叩くと直るらしいわね」
サキュの体から異常なほどの魔力の波動が現れ、一番近くで触れているザドキ・エルが不気味に呼応する。
最後の絞りかすを取るかのように、一滴残らず悪魔ザドキエルの魔力が尽きようとしていた。
まるで体の汚い膿を取るかのようにザドキ・エルを握りつぶそうとする。
「!? やめて!! てんしさんがないてるの!! やめてー!!」
マリアが必死に叫ぶ。まるでザドキ・エルの代わりに許しを願うように。
「あら、お嬢ちゃん。それならやめられないわ。だって『悪魔は相手が嫌がる事が好き』なの」
サキュが憎たらしい笑みで答えた。
「壊れたオモチャに幸せな未来なんてないの、使い潰されるまで使われるのがオチ。そして……」
ユーサを見たサキュの目が怪しく光る。
「最後は捨てられるの。誰にも干渉されず。ゴミ箱に、ね?」
ユーサの脳裏で、ザドキエルの苦しみが、自らの過去と重なっていく。
かつて責められた父としての自分――その記憶すらも、サキュの言葉が踏みにじっていた。
それが、急激な怒りとなり、ユーサの秘力と魔力が上昇した。
パキン!!
その時。ギアドの秘術道具である、ラスティ・ハーツが音を立てて壊れた。
ユーサは、左手に召喚した黒曜石の十手にギアドの秘術道具を発動させた。
「ユーサっさん!? ここで? でも、どうするんですか? 今召喚してる十手を延長しても……召喚武器の現界時間を1.5倍にして666秒が999秒になるだけ。。」
ギアドの言葉の意味に気づき、邪悪で嫌味な顔をするサキュ。
「あら、今更そんなオモチャを使って….意味わかんない。どうするのかしら?」
サキュの煽りにユーサは、無表情で左手に秘力を貯めていた。
赤色のオーラと稲妻がバチバチと現れる。
「どうするのかって? 悪魔を討つんだよ」
ー 僕を生かせるのも 殺せるのも 自分次第 ー
「神秘術:人間の現界を超える領域」
ユーサが呪文を唱えると、ユーサの左腕が異常な秘力の圧力を生み出す。
ビキビキ、、
左腕の神経、筋肉が弾けそうな音が聞こえそうな程、風圧は上がる。
ユーサの異常な秘められた力に、サキュは冷や汗をかく。
「悪魔を討つ? あらそう。フフフ、なら、手伝ってあげようかしら」
そう言いながらサキュは、苦しく呻き声をあげる悪魔ザドキエルを盾にして構えた。
「ーー!!? ひどい!!」
マリアが涙目になりながら声に出した。
消耗しきった悪魔ザドキエル。
そこには懺悔を済ませた、後悔の念に押しつぶされた少女の亡骸がサキュの手に握られ、無情にも悪魔の盾にされていた。
「あら? 何が酷いのかしら? さっきまで貴方達もしていたじゃない。親が子供を盾にしても、良いのでしょう? お嬢ちゃん」
サキュは、マリアに皮肉と下品な笑みを浮かべ嗤う。
「さぁ、どうするの? ユーサ・フォレスト。オモチャを使ってまで懺悔させた可哀想な、この子を倒すのでしょう? 悪魔を倒すのでしょう? 手伝ってあげるわよ? さあ。さあ。さあ。さぁ!!!!」
負の感情を向けられるほど嬉しそうに笑うサキュ。
サキュの言葉にユーサの秘められた力が、秘める事を知らないかのように溢れ暴風を巻き起こす。
「ありがとう。やりやすくなったよ」
「……は?」
ユーサは左手に召喚した黒曜石の十手を……。
ーーーサキュ目掛けて、、、、『投げた』
「なっ!? AGAAッ!!?」
まるで閃光。
人間の投擲スピードとは思えないほどの光速を超えた、神の領域。
「当てるのは簡単だね。標的が自分から出てきてるんだから」
サキュがザドキ・エルの体内から体外へ出たとこにより、標的が大きくなる。
そこへ、ユーサは召喚武器を『投げ当てた』
宣言通り、ユーサは悪魔を撃った。
役目を終えた黒曜石の十手が、理通り、手放された召喚武器として消えた。
巨大化したサキュの体に致命傷の大穴、空洞が空いた。
「な、、なんでこんな事GA……召喚武器は、、手放せば、、消えるはず……」
「現界時間を伸ばしたんだよ。ーーー『手放して消失するまでの限界』をね」
ユーサの言葉に、サキュだけではなく秘術道具を作った張本人のギアドも驚愕していた。
「君の言うとおり、どうやら僕は悪魔らしい。『悪魔が嫌がるところを見るのが好き』みたいだ」
サキュの先程の言葉に皮肉で返すユーサ。
「そ、、そんな、、BBBAAAKKKAAAnnnnaaaaa—---!!!!!!」
悪魔ザドキエルが作り出した邪悪な魔力。
その力を得て更なる強さを求めた悪魔は、その力を使う事なく、幕が降りようとしていた。




