47.罪悪に満ちた慟哭(ギルティ・クライ)
慟哭・・・声をあげて激しく嘆き泣くこと。
ーー カラーン ーー
「……シ・エルのことは、さておき」
天使の希望の鐘が微かに聞こえる、深淵の闇が支配するザキヤミ。
その静寂を破るように、サキュ・B・アークの声が響いた。
その視線の先、黒曜の気配を纏う青年を睨みつける。
「やっぱり、アンタは“悪魔”じゃない。……その魔力、言い逃れできないわよ」
強気な言葉とは裏腹に、その瞳には確かな怯えが滲んでいた。
自身でも気づかぬうちに、何か大いなる存在と対峙していることを、心が告げていた。
「そうだね。僕は……悪魔かもしれない」
ユーサは一歩も退かず静かに応じた。
静かに、けれど確かに。燃えるような光が、その瞳に灯っている。
その声には、揺るがぬ決意と、どこか慈しみすら滲んでいる。
「でも、たとえ悪魔だとしても、僕はもう……迷わない。悪魔だとしても、『守る』って決めたから」
胸元に手を置き、彼は確かに感じていた。
右手に脈打つ悪魔の力、左手に宿る神秘の証。
その間に、自らの意志が確かに存在していることを。
その言葉に、ディアが息を呑む。
ユーサは彼女の方へわずかに視線を向け、そして正面のサキュを睨みつけた。
「ディアが、市民のみんなに言ってくれたんだ。
『僕が、たとえ悪魔だったとしても——人間に危害を加える者ではない』って。
だから僕は、自分の存在を……否定しない」
ディアが語った弁護。裁判で、世界の否定にさらされた己を、唯一肯定してくれた者。
その言葉が、今も彼を支えていた。
自分の『存在』を否定しなかったあの裁判の光景が脳裏をよぎる。
「もう……人間だとか、悪魔だとか、そんなことはどうでもいい。僕は僕だ」
その声は、凛としていた。
「サキュ・B・アーク……君を、この手で倒す」
言葉と共に、足元の大地が震える。黒き空に響く、低い雷鳴のような咆哮。
その言葉に、サキュは不快げに眉をしかめた。 だがユーサはもう迷っていなかった。
その瞳には、ある“神の言葉”が甦っていた——
——「『人間』が『人間』を殺すこともあるだろう?
『モンスター』が『モンスター』を殺さないとは限らない。
『悪魔』が『悪魔』を殺さないとは限らない」 ——
ユーサを生き返らせた神。ジャンヌ・D・アークの言葉。
それは今、確かに『自分という存在』の本質を照らしていた。
「僕は僕だ。僕の意志で、君達を討つ」
その声が決意に満ちたとき—— サキュの笑みが深くなる。
「……あっそう? ゼロだった魔力が、ブラック・アウト内で少しずつ上昇したからって、良い気にならないで。ここに、希望の朝なんて訪れない。」
その声は、悪魔ザドキエルの背後から、共鳴のように響き渡った。
怒気を孕んだサキュの声と同時に、闇がざわめいた。
「奇跡は無効。 神の奇跡も弱体化。 秘術使いもボロボロになって。あのシ・エル(最天使長)ですら、防戦一方なのよ?」
サキュの声が、まるで闇そのものに乗って増幅される。
「この子は、この闇の中じゃ『絶対』なのよ。やれるもんなら——やってみなさいよ!!」
その瞬間だった。
黒き翼を広げた悪魔ザドキエルが、咆哮と共に巨大な鞭を振り上げた。
轟音。 重力さえ裂くような漆黒の一閃。
——それが、ユーサと悪魔ザドキエルとの戦いの、合図だった。
「理を無視して生き返った 罪人よ——裁きを下す!!」
悪魔ザドキエルの声が空間を裂く。 振るわれるのは、漆黒の大鞭。
ユーサは黒曜石でできた召喚短剣を大鞭に向ける。
それは、男性の睾丸を模したようなガードを持つ、古の暗殺剣。
ボロック・ダガー(別名:キドニー・ダガー)。
かつてある国の精鋭部隊が『苦しむ者を安らかに送るため』に使ったとされる、ダークの前身。
親切で残酷な短剣。
対するは死を告げる鞭。
その凶刃を、ユーサは一閃で受け流した。
火花が散る。
パリィ。
鞭はディアたちのいる正反対の方角へ叩きつけられ、大地が爆ぜる。
砕け散る瓦礫。砂塵が舞い上がる中、ユーサの姿が煙に溶けた。
「!? どこに行った?」
「……ここにいるよ」
その声は、悪魔ザドキエルの背後からだった。
振り返るよりも早く、羽根を切り裂く音。 黒き翼に、わずかな裂け目が生まれた。
だが……
「後ろっ!!」
サキュの叫び。 ザドキエルが振り向き様、大鞭を振るう。
その一閃がユーサの髪を掠め、数本の銀糸が宙に舞った。
「ウフフ……偉そうに言って、その程度? 威勢だけね」
怖気は無くなり、勝ち誇るサキュ。
「……フフ。偉そうに言っておきながら、かすり傷一つじゃない」
先程まで怖気ついていたサキュの顔色が変わる。勝ち誇ったように笑う悪魔の声。
「この子の生命力が一万だとしたら、一、だけのゴミみたいな攻撃じゃない。笑わせるわ」
ユーサは黙って距離を取り、体勢を整える。
だがユーサは……微かに笑った。
「なるほど。一万回攻撃したら倒せるんだね。教えてくれてありがとう」
皮肉を交えた返答に、サキュの顔がわずかに歪む。
「いちいち癇に障るわね……。手間取らせるんじゃねえ! ボケェがAAA!!!」
罵声とともに、再び大鞭の猛攻が放たれる。
連撃。鞭の嵐。けれど、ユーサはすべてを紙一重でいなす。
ただ避けるだけではない。すれ違いざま、短剣をわずかに触れさせる。
ユーサは全ての攻撃をギリギリでいなしていた。
召喚した短剣が微かに触れて、すれすれで避ける、まるで舞うような戦い。
ヒット・アンド・アウェイ。
一振り、一斬り。微かでもいい。積み重ねる。
『一万回斬る』と決めた彼は『言葉通り』を実行し始めていた。
一撃ずつ、、、ほんのわずかでも確実に、黒曜石の短剣を当てていく。
掠れるような斬撃、わずかに触れるだけの衝撃。
ヒットアンドアウェイを繰り返せる自信が悪魔に伝わる。
「アンタ、マジで舐めてんの? このゴミクズがAAA!!!」
彼の行動で、悪魔が倒せると思われたことに怒りを覚えるサキュ。
悪魔の攻撃がより凶暴性を増していた。
そして、、、
「 ≪ ……罪人よ、風に…… ≫ 」
悪魔ザドキエルが、神の奇跡を使うために、呪文を唱えようとした瞬間。
「使いたいなら使いなよ。でも……」
ユーサの短剣が悪魔ザドキエルの口元に当たる。
「__っ!?」
一瞬の間に、呪文の詠唱が中断する。
「ブラック・アウト内では、 神の奇跡も弱体化……だったっけ? 予備動作が大きい詠唱だから、わかるよ」
「ぐっ!? このっ….何やってんのよ!!! さっさと唱えなさい!!」
悪魔ザドキエル内で仲間割れが起きる。動きがより不明瞭になる。
相手を引き寄せる、神の奇跡。
しかし、ブラック・アウト内でも、悪魔ザドキエルも対象で、神の奇跡は弱体していた。
呪文が完成すれば逃れられず黒鞭の餌食になるが、呪文を発動させるための詠唱時間の時間を奪うユーサ。
「ユーサっさん……俺たちのことを考えて、敢えて挑発してギリギリで戦っている。スゲェ……」
ギアドが呟いたそのとき、隣にいたディアが尋ねた。
「ギアドさん……渡したあの秘術道具って、武器の威力も高めるの?」
ディアの問いに、ギアドは首を振る。
「いや、延長だけっす」
ディアはきょとんとした顔で聞く。
「《錆びた心の鎖:ラスティ・ハーツ。召喚延長型》は、召喚の現界時間を延長するだけ。ユーサっさんの召喚時間は基本666秒。 俺の秘術道具を使って、ようやく1.5倍に延びるだけっす」
そして、説明を続ける。
「ユーサっさんの召喚武器は【秘術:黒曜石の十三種手札】。 十三種類の珍しいレア武器が召喚できるけど……一度召喚したら、再召喚は一日後。下手に使えば、武器が尽きる。だからこそ……一発一発が命懸けなんすよ」」
ディアは思わず息を呑んだ。彼の戦いの意味を、初めて理解するように。
「そんな制限が……じゃあ、もう道具を使って長く戦うつもりでいるって事?」
「いや、まだ使ってないっす」
ギアドが目を細めて呟いた。
注意深くユーサを見て、秘術道具を使った痕跡を探すが使った形跡は無かった。
「それであそこまで戦ってるんだから、マジでヤバいんすよ……」
戦場の中心で戦う青年の背に目を向けた。
「そして、流石っす。……もうあんなに遠くにいて、俺たちを巻き込まない場所へ誘導してくれてる」
ギアドの言葉に、ディアは驚いた。
ユーサは、自然な流れを装いながら、戦場を一対一の『本当の戦いの舞台』へと誘導していたのだった。
◇ ◇ ◇
足場は悪く、瓦礫に覆われた死地。
そこへ、ユーサは悪魔ザドキエルを誘導していた。
「……自分から、足場の悪い場所に来たなんて、バカな人。さぁ、ザドキエル!! 殺しなさい!!」
サキュは、ユーサがわずかに体勢を崩した瞬間を見逃さなかった。
指令と共に、神の奇跡が発動する。
「 ≪ ……罪人よ、風に、泣き叫べ…… ≫
≪ 【神の奇:エル・ラーク】 ≫
≪ 【罪の方から訪れる:カミング・クローザー】 ≫ 」
風のような引力。
ユーサの身体が引き寄せられた刹那——
「さっきは偉そうな事言っていたけど。唱えたわよ? もうお終いね!!」
その時。
《 ー 〇 呪文 ●秘術 ◎召喚 ー 》
< パチ! パチ! パチ! パチン!! >
ユーサは小声で呪文を唱え、左手の指を鳴らした。
「≪ 僕を狩るつもりが 僕に狩られる…… ≫」
最後に呪文を詠唱し、瓦礫に『召喚罠』を仕込んだ。
そして、召喚した右手の召喚武器を手離した瞬間。
__シュン。
短剣は元々何も無かったかのように消える。
空いた右手でユーサは『召喚罠』付きの瓦礫を持ち上げた。
「 ≪ ……捕らえた以上は 裁きを下す それが私の使命…… ≫
≪ 〇 呪文スペル ●黒魔法:ブラック・マジック ≫
≪ ◎ 強制鞭打ちの刑:ブラック・コードネーム・インジャスティス ≫ 」
「さぁ、来なさいユーサ・フォレスト!! 吹き飛びなさい!!」
「吹き飛ぶのは、そっちだよ」
ユーサは瓦礫ごと、罠を仕込んだ石塊を悪魔ザドキエルへと投げつけた。
風の引力と共に高速で瓦礫が悪魔に接近する。
「ーー!!? な、」
反応が間に合わず、それが悪魔ザドキエルに命中。
瓦礫に仕掛けた召喚罠が起動。
黒い稲妻。
閃光と爆音。
ザドキエルの動きが、一瞬だけ止まった。
「小賢しい!! こんなもの……!!」
黒き雷光に包まれた悪魔ザドキエルの声が、怒りと共に響きかき消した。
少なからず、先ほどの短剣の攻撃よりも、効いている様子を必死に誤魔化すサキュ。
「!? またどこに行った!?」
怒りに我を失ったせいかユーサを見逃す悪魔達。
その瞬間。
上空からブラック・アウトの暗闇とはまた別の影が現れる。
別の瓦礫が悪魔ザドキエルの頭上に現れ重力を増して接近する。
「 ー 連れて行ってあげるよ ー 」
パチ! パチ! パチ! パチン!!
パチ! パチ! パチ! パチン!!
左右の指を鳴らす音が、落下する瓦礫の上で鳴る。
「 ー この僕以外には 誰にもできない所へ。 ー 」
「何!? そこにいるのは….」
瓦礫で視界を奪われ、悪魔ザドキエルが一歩遅れる。
「 ≪ 【神秘術】 ≫ 」
ユーサの手の平から黒色のオーラが両手に現れ、二つのオーラが一つになった。
「 ≪ 【狂気的な凶器の扉:ルナティック・ゲート】 ≫ 」
そして、オーラから瓦礫に【黒い月の扉】の召喚罠が現れた。
「!!!? AAAAAAAーーー!!!!!! AAAッ!?」
【黒い月の扉】と接触した悪魔ザドキエルが、扉を突き破り中に入っていった。
そこには、無数の数えきれないほどの珍しい武器がある異空間。
「何よ、、これ、、まさか、、昨日の、、!!?」
昨日、部下の悪魔がユーサの神秘術【狂気的な凶器の扉:ルナティック・ゲート】で絶命したことを思い出すサキュ。
しかし、気づいた時には遅く、無数の黒曜石の武器が悪魔ザドキエルと中に潜むサキュまで貫いた。
「「AAAAAAAああああああアアアアアAAAAAAAAAAああああああああAーーー!!!!!!!!」」
サキュとザドキエル、二重の断末魔が轟いた。
◇ ◇ ◇
無数の黒曜石の武器が炸裂した直後──静寂。
空間に満ちるのは、黒き煤煙と、ユーサの荒い息。
異空間から戻った悪魔ザドキエルも肩で息をしていた。
黒き煙に包まれた体は、確かにダメージを受け、少しずつその威圧感に陰りが見え始めていた。
しかし、、、その悪魔の瞳には、まだ狂気が宿っていた。
次の瞬間。
「 ー 逃れられぬ 運命に もがき苦しめ !! ー 」
悪魔ザドキエルが叫びをあげると同時に、再び黒き魔力が空間を満たす。
「 ≪ 黒魔法【罪悪に満ちた慟哭:ギルティ・クライ】 ≫ 」
断末魔とは違う悪魔の慟哭。泣き叫ぶ声が魔力を帯びて、ユーサの耳に届く。
——ユーサの脳裏に、過去の光景が強制的に再生される。
前世。典安の記憶。
呆れた目をして去って行く職場の仲間たち。
娘の涙、妻の背中、父としての後悔。
孤独に倒れていった自分。
何も守れなかった弱さ。
「ッ……! あああぁぁぁ……!!」
ユーサの心は人形のように無くなった。視界は悲しみの涙で見えなくなる。
激しい頭痛と共に、ユーサは膝をついた。
神秘術の使用による反動と、ギルティ・クライの精神攻撃。
重ねられた苦しみが、彼の動きを封じる。
呻き声はまるで、後悔に塗りつぶされて嘆き叫んでいる、助けを求める声。
その姿を見て、サキュが冷笑する。
「ッチ! まさか、足場の悪いところに来たのも作戦だったとはね。 しかも、一対一になるように誘導していたなんて……賞賛するわ、ユーサ・フォレスト」
だが次の瞬間、サキュの瞳が妖しく光る。
「だから……貴方が絶望するやり方で、殺してあげる」
悪魔ザドキエルが動く。
黒鞭がユーサの身体を絡め取り、そのまま彼を空へと跳ね上げる。
「手間取らせやがって……飛びなさい!!」
ユーサの体が弧を描き、勢いよく吹き飛ばされる。
その先には、ディアとギアド、そして——マリアがいた。
「これで、家族もろとも、一緒に地獄に落ちなさい!!!」
「 ー 罪人は排除する それが私の使命! ー 」
サキュの号令と共に、悪魔ザドキエルの巨大な鞭が再びしなり、一直線にユーサたちを薙ぎ払おうと迫る。
その瞬間。
「やめて!! バリアさん!! 出てきて!! パパを守って!!」
マリアが叫んだ。 幼い彼女が全身で祈るように両手を広げ、神秘術の発動を試みる。
「≪ 神秘術【神鉄の処女:ダイヤモンド・バージン】 ≫」
……しかし。
何も起こらなかった。
鋼鉄の処女像が透き通るダイヤの輝きを持つ障壁も、彼女を包むはずの神秘の結晶は現れなかった。
「……え……? バリアさん……なんで?」
マリアの手が小さく震える。
そのとき・・・悪魔の黒鞭がマリアを襲った。
「ーーーマリア!!?」
意識を取り戻したユーサの叫びが、空間に響き渡った。
元ネタ。
BLOODより、Guilty Cry




