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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第1章 リ・バース編

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46.キラキラ 天使の細やかな祝福



ーー カラーン ーー


「鐘の……音?」


ユーサと悪魔が対峙する刹那。

ディアの耳に、ふいに微かな鐘の音が届いた。


黒き空がうねり、空間の裂け目を撫でるような、鈍く、低く、重たい音。

それは、ザキヤミの遥か天の彼方——混沌とことわりの狭間から、かすかに世界へと漏れ出していた。


それは、空の悲鳴でありながら、同時に希望の残響でもあった。

心の奥底を静かに震わせる、世界の深層から響く『目覚めの鐘』


沈黙を破るその響きの中、ユーサはゆっくりと顔を上げた。

ブラック・アウトの空間により。

右手に宿る悪魔の魔力が、熱を帯びて静かに脈動している。

まるで、内なる何かが呼応しているかのように——


そしてユーサは、ぽつりと呟いた。


「……そういえば、シ・エルは?」


その声は、空虚に溶けるように放たれた。

返答したのは、愉快そうに肩をすくめるサキュ・B・アークだった。


「ん? シ・エルなら、悪あがきをしてるわよ?」


艶やかに笑いながら、彼女は細い指を天へと向けた。


漆黒の雲が渦巻く空。

その先、幾重もの闇を突き抜けるように、一点の光が、淡く震えていた。


◯ ● ◎


世界と悪魔領域の境界。

現実と呪い、希望と絶望の交わる空の狭間に

——蒼色の片翼を出した天使が立っていた。


蒼と黒のコーンロウの髪が、薄い風に揺れる。

軍服コートをなびかせながら、彼は静かに『一角獣』の紋章がついた鐘を掲げていた。


天使の名は、シ・エル。


その左手にあるのは、土星の輪を模したサタン

天より授かりし、神の奇跡を導く彼が持つ『最高』の天使武器。


天空に浮かぶその姿は、まるで黙して祈る美しい彫像のようだった。

だが、張り詰めた沈黙の奥で、天使の神経は極限まで研ぎ澄まされていた。


右手は、広がる闇へと真っ直ぐに伸ばされている。

暗闇の領域が、それ以上広がらないように動きを止めた。

額には、一筋の汗。

指先は、かすかに震えていた。


それでも、彼は笑っていた。

ふわりと軽やかに、どこか無邪気な微笑で。


「……余の鐘が届かないとは。……余の勘、想定以上の脅威というわけか」


地上を覆う《ブラック・アウト》。明けない魔夜中。

最悪魔邪神王の下僕、サキュ・B・アークによって生み出された、神と天使を拒む『死の領域』。


そしてそこに堕ちた者——悪魔ザドキエル。


天使でありながら、魔に心を蝕まれ、闇の巨影へと変貌したザキヤミの最天使長。


その領域は、神の奇跡すら拒絶する。

鐘の音は届かず、天使の祈りも沈黙させられる絶対障壁。


それでもシ・エルは、鐘を鳴らし続けていた。

彼はガーサの最天使長にして、『時』を司る存在。

七つの都市に名を知られた『最高』の称号を与えられし者。


ーー カラーン ーー


「《 流れてゆく星の涙よ 幸せに寄り添い 揺れる時を 》」


《サタン》の放つ鐘の音は、都市の外縁で弾かれながらも波紋のように広がり、

そのさざ波に触れた者たちが、静かに息を吹き返す。


完全なる再生や治癒ではなく、まるで『黄泉の世界に行く足を止める』かのように。

死者が出ないように、重症者が負傷者にとどまる。

市民達の首の皮が一枚だったとしても切れないように、まるで『時』を止めていた。


死が満ちるはずの街で、いまだ死者は出ていない。


悪魔の視界に入らないように蒼と黒のオーラが,暗闇に溶け込む。

極微粒な星の奇跡と彼の祈りが、神に届いているかのように、負傷した者に寄り添う。


それが、彼の『戦い』だった。


「せめて……生きるべき命を繋ぐことが、余の役目というもの」


口調は飄々としていたが、その声には静かな覚悟と、ほんのわずかな疲労が滲んでいた。


◎ ◯ ●


その頃、遠く離れた都市・オカフク。


「イったい、あといくつ神の奇跡を持っているダ? ウチの上司ボスハ?」

「まぁ、俺達を束ねる上司なんだ。これぐらいできないとなぁ」


天使専用の奇跡通信リンクを通じて、その様子を映像越しに眺める者たちがいた。


「はっはっは。珍しく褒めてくれるのかい? ありがとう。別に上司が強くなければいけない訳ではないけど、せめて天使としての威厳は一番でないとね」


シ・エルは笑いながら嬉しそうに眺めている者達に視線を向けず答えた。


「ふぃふぃ。大変そうだな、シ・エル。天使共有のリンクを俺達だけに共有しているって事は結構マズイ状態か? そっちに行って手伝おうか?……ズズズ……あぁ、この茶は美味い」


学生服に軍服コートを羽織る美少年、オカフクの天使長。イフ・エル。

豪勢なティーセットの前で、いつものようにハーブティーを啜っていた。

その姿は場違いにも見えるが、彼なりの『いつも通り』が、逆に信頼を感じさせた。


「音を立てるナ。行儀が悪いゾ、ドチビ。……このお茶、変な葉っぱ混じってないダロウナ?」


対するのは、チャイナドレスの女性型アンドロイド天使、モトマクの天使長。アン・エル。

椅子に体を預けたけだるげな様子で、目だけは機械のように冷静だった。


「俺はな、天使になってから定期的にハーブティーを摂らないと死ぬ体質なんだ。……ハーブエッセンス切れたらマジで終わる」


「……つまり、死ぬほど美味いってコトカ?」


「そうとも言う。お前も飲んでみろ。……おい何してんだ戻すな! 行儀が悪いのはお前だポンコツ!」


アン・エルは飲みかけを、イフ・エルのカップに入れ、空になればティーポットに入ってる残りを、まるで、わんこ蕎麦のように入れていく。

イフ・エルは一滴も残さないように、ハーブティーを飲み続けた。


「相変わらず、イフ・エルとアン・エルは面白いね。……余も早く、そのティータイムにあやかりたいよ」


リンク越しに苦笑するシ・エル。

その声音は明るかったが、背景にある緊張感は否応なく伝わっていた。


「ヤバそうな茶はやれないが、応援くらいはしておくヨ。……にしても、転移で何故呼ばない? アン達が行けば早く終わるダロ?」


「そうしたいのだが、今、余が手を離せば——ザキヤミは闇に呑まれ、市民の命が危うくなる」


その一言に、アン・エルの目が細まる。


「……どういうコト?」


「おい、ポンコツロボット。あのブラック・アウト内を解析してみろ」


「黙れドチビ……ふむ。……本当ダ。奇跡は0.1%、神の奇跡ですら1%の干渉力……」


アン・エルの解析が告げたのは、『神の手が届かぬ死の領域』。


それは、天使にとって『戦えない』ことを意味していた。


「ふぃふぃ。俺がそこに入ったら戦えるのか気になるな」

「うわぁ、出たヨ、戦闘狂。アンは、頑張りたくないから入りたくないワ」


「アッハッハ。頼もしいよイフ・エル。次、お願いする時は、頼むとするよ」


 シ・エルの言葉を聞き、イフ・エルは一度真剣な顔になり、ニヤけながら「じゃあ解決したらボーナスは全員分振り込めよ」と何かを察しながら笑った。


「だから……余のティータイムは——全てが終わってからになる。その時はご馳走になるよ」


「ふぃふぃ。その頃には……もう飲み干してるけどな」


いつも通りの軽口。

だが、イフ・エルの目には、静かな信頼が宿っていた。


______そして、数分の間が空いた頃。


「ン? ク・エルはどうしたんだ? ザキヤミの管轄はク・エルだよナ?」


 アン・エルが訊ねると、画面が切り替わる。


石壁に囲まれた、ザキヤミ教会の地下牢。

そこに、鎖に繋がれた天使長——ク・エルの姿があった。


「ふぃふぃ。天使長のくせに牢屋に入れられてんのかよ。何やってんだよク・エル。俺らも雑魚だと思われんだろうがぁ」

「いつも偉そうに、アン達に指示しているクセに……格好悪イ。そういえば、シ・エルの指示を達成してないヨナ? ク・エルの休みをアンにヨコセ」


無遠慮なふたりの言葉に、ク・エルはただ、静かに頭を垂れた。


「……脱出しようにも、サキュの力で奇跡が使えない牢屋に閉じ込められています」


その声は小さく、苦しげだったが、芯は折れていなかった。


「大丈夫だよ、ク・エル。今はゆっくり休んでいて欲しい」


シ・エルの言葉には、責める気配は一切なかった。

ただ、信頼と労りだけが、そこにあった。


「働きすぎの優秀な部下に休暇を与えるのは、上司としての能力——ステイタスだからね。働いて欲しい時には、また声をかけるよ」


「……本当に、申し訳……ありません。皆を……守れず……」


ク・エルの肩がわずかに震えた。

それでも、彼女は瞳を伏せなかった。


「気にすることはない。それに……決着はつくよ」

「……決着、は……つくのですか?」


問い返すク・エルに、シ・エルは静かに、そして確信をもって頷いた。


「ユーサがきっと終わらせる」


ーー カラーン ーー


風が鳴り。高空で、鐘が静かに揺れる。

その音は、誰にも届かぬようでいて——確かに、世界のどこかを震わせていた。


「さぁ、ユーサ。君の怒りを。君が生き返った意味を……君の選択を、見せてくれ」


シ・エルは空の果てに立ち、まるで運命の結末を楽しみに待つかのように微笑んだ。


ーー カラーン ーー


「《零れゆく星の涙 消えてもまた一つ生まれ 心に刻みこむ》」


シ・エルの神の奇跡。

呪文はまるで祈りであり星の祝福。

かつて、『怒り』を失った彼が。

その価値を知り、今、それを誰よりも尊く見守る立場にある彼が。


「《何も 恐れることは ない》」


ユーサ・フォレストに託すのは、怒りではない。

その怒りを、どう生かすのかという、『選択』だった。

元ネタ

twinkle, twinkle


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