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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第1章 リ・バース編

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45.錆びた心の鎖(ラスティ・ハーツ) 君の声が聞こえる


 血の匂いが滲む漆黒の空の下、悪魔ザドキ・エルの巨体が鈍く軋んだ。

 その内部から、甘く毒のある声が響いた。


 「ふーん……ようやく起きたのね、ユーサ・フォレスト」

 サキュ・B・アークの声だった。

 その声音には笑みが含まれていた。だが、それは喜びではない。

 底の見えない軽蔑と、煮えたぎる憎悪が、ねっとりと絡み合っていた。


 「さっきは無様に吹き飛んで気絶してたくせに……そんなヤツが今さら何をするっての?」

 あからさまな侮蔑。

 しかし、ユーサは一言も返さなかった。

 

 「……何無視してんのよ!」

 苛立ちのまま、サキュは魔力を含んだ風を巻き起こす。

 床に散らばっていた壊れかけの秘術道具が風に巻かれ、音を立ててユーサの足元へと転がる。

 カラン、と、乾いた音が響いた。


 ユーサはその音に、静かにしゃがみ込んだ。

 手に取ったのは、ひび割れた小さな心の鎖。

 もう一つは、胸にハート型のスイッチを持つ、無垢な裸の人形。


 「ギアド。この二つの道具……どんな効果があるの?」

 血を滲ませた唇をゆがめながら、ギアドが顔を上げた。


 「……すみません、あんまり大したもんじゃないっす。ぶっちゃけ、壊れかけなんで……多分、一回しか使えないっす……渡すまで、守れなくて、すんません…………!」

 その声は、荒く、震えていたが、確かな誇りに満ちていた。


 ユーサはふっと微笑み、そっと問い直す。

 「……ありがとう。伝わってるよ。効果を教えてくれるかな?」


 ギアドは小さく頷き、言葉を繋いだ。

 「一つ目、《錆びた心の鎖(ラスティ・ハーツ):召喚延長型》

  召喚した物(武器。召喚獣)の現界時間を1().()5()()()()()()()っす。

  ただし、壊れかけてるから、多分一回使ったらおしまいかもっす……」


 ユーサの手のひらの中で、古びた鎖が微かに震えた。

 それは、まるで『壊れた心臓』が、なお鼓動を諦めていないかのように。


 「二つ目、《裸の心は質問(ヒア・ユア)に嘘をつけない(・ボイス)

  教会が使う尋問用の『看破』の奇跡。それをオレなりに真似てみました。

  相手の心に『真実』を語らせる。嘘はつけない。一度だけ魂に直接響く質問にだけ反応するっす。

  ただ、()()()()()()()()()()()()()()()し、多分使ったら壊れるはず……っす」


 ユーサはその小さな道具を見つめながら、ゆっくりと頷いた。


 「うん。ありがとう、ギアド。やっぱり君はすごいよ」

 その言葉に、ギアドは目を見開き——そして、俯いた。

 血と涙に濡れた顔の奥で、震える肩をかすかに噛み殺して。


 そのやり取りに、サキュが鼻で笑った。


 「はぁ〜? なにそれ? 寒い感動ごっこはもういい? しょうもないオモチャでなにができるのよ」

 サキュは嗤うように声を上げる。


 「ねえ、それって……どこにでも転がってる、壊れかけのガラクタでしょ? そこで血だらけの雑魚と一緒でしょ? AHAHAHAH!! 」

 空気を裂くように高く、下品に響く笑い声。


 「『()()()()()』は、もう()()()()()()()()()()。知らないの? ユーサ・フォレスト」



 その瞬間——空気が変わった。



 たった一拍の沈黙。


 ユーサの表情は何も変わっていない。

 だが、その『静寂』がすべてを飲み込む。


 漆黒の空気が、音もなく揺らいだ。

 ただそこに立っているだけで、漆黒の空気がわずかに揺らぐ。

 空間そのものが、ユーサの怒りに押し潰されそうになった。

 周囲の市民たちが、言葉にならない何かに喉をつまらせ、思わず息を飲む。


 しかし怒りだけではない。圧倒的な『存在の重み』が風のように肌に触れた。


 「……なに……その目は……」

 サキュが、咄嗟に眉をひそめた。


 ユーサは、何も言わなかった。

 ただ『そこにいる』だけで、空間が緊張し、視界が歪む。

 サキュの喉奥に、ざらついた違和感が走った。


 ——その静寂を、破ったのは。

 「そんなことないもん!!」

 

 甲高く、けれど真っ直ぐな声。

 マリアだった。


 彼女の手には、壊れた十字架のペンダント。

 昨日、悪魔に壊されたばかりの、大切な『パパからの誕生日プレゼント』。


 「こわれても、()()()()()()()もんっ!!」

 震える声。だが、それは必死だった。

 ユーサの目が、ふっと優しさに戻る。


 「マリア……」


 だが、その柔らかな時間を——サキュが蹂躙する。


 「あら、お嬢ちゃん。可愛いこと言うけどね、現実ってのはそう甘くないの」

 氷のような声が続く。


 「『壊れたもの』はね、仮に修理できても、『完全』に元には戻らない。『似たもの』になる」

 下品な笑いが、漆黒の巨体から響いた。


 「つまり、『本物は死んだ』ってこと。わかった?」


 マリアの肩が震えた。

 そのとき、ディアがそっと手を添えた。


 「大丈夫。マリアの気持ち、ちゃんと届いてるよ。たとえ壊れても、気持ちを込めて直せば、()()()()()()()()()()()()よ」

 「ディア……」


 ディアの言葉によりユーサの周りに存在した空気の重みが軽くなる。

 嵐の前の静けさは勘違いだったと思えるほどにディアの言の葉と優しい風が、ユーサの心を撫でた。

 

 「……マリア、よく言ったね」

 ユーサもまた、マリアの頭を撫でながら微笑んだ。

 その声は、どこまでも穏やかで、優しかった。


 「確かに……壊れたものは、まったく元どおりにはならないかもしれない。でも……それを大事に思える気持ちをマリアは絶対忘れないでね」

 マリアは泣きながら、ペンダントを胸にぎゅっと抱いた。

 ユーサのポケットから知らぬ間に落ちていた壊れたペンダント。

 その形を見て、ユーサは過去の自分と重ねていた。


 「マリア……終わったら、そのペンダント、ちゃんと直すから。約束するよ」

 「……ほんと?」


 マリアは、目に涙をためながら笑った。


 「うん、絶対に。たとえ壊れても()()()()()()()()()()()よ」


 ユーサの言葉に、マリアは声を上げた。

 ディアは静かに頷いて、そっとマリアの肩を抱いた。


 サキュは、その光景に舌打ちした。

 「チッ……感動ごっこは終わった? どうせ、修理なんて叶わないのに」


 その言葉にも、ユーサは一切反応を示さない。

 睨みもせず、怒鳴りもせず——ただ、ギアドに向き直った。


 ユーサは静かに、ディアに言った。

 「ディア、ギアドに回復薬を」

 「でも、あなた……」


 ディアの回復薬は、最後の1つだけだった。

 しかし、それを言えば義理堅いギアドは治療を受けないと知っているユーサは、ディアの言葉をあえて遮った。


 「大丈夫。負ける気がしないから」

 それは確信に満ちた声だった。


 サキュが、けらけらと笑った。

 「ふふ……なによそれ? 何もできず、気絶してたくせに……!」


 だが、ユーサは静かに言う。

 「だからだよ」


 初めて、ユーサがサキュを見た。その言葉に、空気が一段と張り詰める。


 「僕一人じゃ倒せないと思った。でも、今は違う。

  ディアとマリアがいたから立ち上がれた。

  ギアドの道具を見て、勝てると確信した。だから——」


 ユーサは、両手で秘術道具をしっかりと優しく握った。

 誰にも壊されないようにマリアのように。

 そして、壊すのではなく、大事な道具として使うために。


 「君に『宣伝』してやるよ。ギアドの秘術道具の凄さをね」


 ——その一言に、サキュの笑みがピクリと消えた。


 「……は?」

 サキュが嘲るように眉を上げた。

 サキュが何かを言おうとした。



 だが、その口が動いた瞬間——何かが心の奥底で跳ねた。



 サキュは、その視線の先にあるものを理解できなかった。


 ユーサの周りに漆黒の闇と紅蓮の陽炎が揺れ始める。

 サキュの視線が、ふと気づけばユーサの両手へと引き寄せられていた。


 赤の秘力と黒の魔力が静かに、何かを灯りはじめていた。


 「もう何も、誰も壊さない。たとえ壊れたとしても、何度でもやり直してみせる」


 ユーサが、腕を伸ばすのは、守りたいものがあるから。

 その二つの色の力が、まるで呼応するかのように、静かに交差した。


 「昨日言った事を忘れているようだから、もう一度言うよ」


 人間の中で秘力と魔力。交わるはずのない力が、ユーサの中で静かに渦を巻く。


 「僕の大事な人達に手を出したんだ」


 右腕を覆う黒は深淵。感情の渦、怒りの底に沈む影。蠢くのは、封じられた怒りの残滓。

 理不尽な現実に背き、家族を失った過去が形を得た、『赦さない』という黒の意志。

 それは、破壊と怒り、罪と罰。けれど、誰かを傷つけたいわけではない。

 ただ、これ以上、何も奪わせないための『意志』。

 

 しかし、もはやただの怒りではなかった。

 過去の自分を、もう二度と繰り返さないという誓い。


 「()らかに、()に、、」


 そして左腕に灯る赤は、命の象徴にも似た色。炎ではないが、血のように熱い。

 神秘の誓い。他でもない『願い』だった。

 それは、遥か遠い次元から届いた神の恩寵。神秘術。

 ジャンヌ・D・アークから授けられた、人智を超えた力。


 ー 「これを 生かせるも 殺せるも 君次第だ」 ー


 しかし、ただの力ではない。

 それは、生き返ると決めたあの日、ユーサが選んだ「もう二度と大切なものを見失わない」という覚悟の色。

 もう一度、大切なものを守るための力。

 与えられた神秘術に、生き返った意味に答えるための『責任』。


 「()ねると思うなよ」


 【安楽死を運ぶ者(ユーサ・ネイジャー)】悪魔も無視できないユーサの通り名。

 安楽死。

 彼が使う、その言葉の意味が今、新たなステージを迎える為に卑劣な悪魔が最初に味わう。


 「……っ!」


 サキュが初めて、『怖気』を覚えた。

 まるで、自分だけが場違いで、ここにいる資格がないかのような——そんな錯覚。


 サキュは息を呑んだ。

 それは力の奔流ではなかった。

 けれど、その静けさの中にこそ、彼女は本能的に――感じ取ってしまった。


 「……何を、始める気?」


 それは理屈ではなかった。

 理性の奥、魔の本能が警鐘を鳴らす。あの青年の中で、何かが目覚めかけている。

 赤と黒。人間の中に秘められた神と悪魔の意志。

 相反するはずのそれが、なぜか共に息づき、彼の中で……一つになろうとしている。


 「アンタ、やっぱり、そうなのね……」


 サキュの言葉に、ユーサはただ一歩、前に進んだ。

 音もなく、まるで世界がその歩みに空間を譲ったように。

 サキュの喉の奥で、恐怖が形にならないまま、凍りついた。


 ユーサが持つ二つの力が身体に同時に宿ることなど、本来あってはならなかった。

 魔と神秘——矛盾する力が、彼の中で同時に脈打つ。


 それは、光や闇でもなく、正義や悪でもない。

 怒りに呑まれることなく、神にすがることなく。

 己の意志で、二つの相反する力を使う『覚悟』。 

 ただ一つ、ユーサ・フォレストという『人間の選択』。


 神にも悪魔にも与せず、自らの意思で歩む者。人間。

 ユーサの『選択』が、今、世界に新しい渦を、巻き起こそうとしている。

壊れた器は元に戻らない。に対する一つの回答です。

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