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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第1章 リ・バース編

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44.運命が壊れる音


 黒い夜が、世界を包んでいた。

 しかし、それは“夜”ですらなかった。


 《明けない魔夜中ブラック・アウト》と呼ばれる黒魔法が、空も、時間も、感情さえも塗り潰していく。ただ ただ、深く、重く、冷たい闇がすべてを呑み込んでいた。

 その中心に、悪魔と化したザドキ・エルが静かに佇んでいる。


 かつては神に仕え、正義と裁きを担った最天使長。だが今、その身は黒き翼に染まり、神の奇跡と悪魔の黒魔法を 併せ持つ“黒最天使長”という名の怪物と化していた。

 そしてその奥深くには、黒冠位悪魔サキュ・B・アークが潜んでいた。


 巨大な鞭が唸り、瓦礫の街に閃光のような軌跡を描くたび、人々の悲鳴が闇に溶け誰もが、ただ絶望を飲み込まれるのを待つしかない中――

 一人の祈祷師の姿だけが、立っていた。


 「オレは……この運命さえも……壊してみせる!!」

 誰に向けたわけでもない、ただの独り言。


 だがその声は、男の内側から燃えるように溢れ出した。

 血と瓦礫にまみれた広場の中心で、ひとりの男が立ち尽くす。


 ——ギアド・スターアスト。

 ただの秘術道具屋。


 「なぜだ……どうして、あの男は……まだ、ああして立ち向かえる?」


 遠巻きに逃げ惑う信徒たちの間から、そんな声が漏れた。

 道具屋であり、―商人でしかない男が、何のためにそこまでできるのか。

 その理由を知る者など、この場には誰一人としていない。そして、彼が悪魔を倒してくれるとも期待していなかった。


 だが、ギアドは構わなかった。

 誰もが絶望感に飲み込まれた中。

 彼は、何度打ち倒されても、立ち上がる。

 歯を食いしばり、血だらけの手で、崩れた地面を掴む。


 「なんで……あいつ、まだ立とうとするんだ……」

 崩れ落ちた民家の陰で、傷ついた市民のひとりが呟いた。

 「もう、誰も勝てない……あれは、教会の連中すら裁く化け物だぞ……」

 誰かが、絶望の声を漏らす。

 「ギアドさん!! 逃げて!!」

 生き残ったわずかな市民が叫ぶ。


 それでも、ギアドは立った。

 「オレは……ザキヤミが、この街が好きなんだよ……」


 ぽつりと呟いた声は、誰の耳にも届かない。

 ……はずだった。

 その言葉は、空気を震わせた。

 逃げ場もなく、ただ隠れて震えていた人々の心に、ゆっくりと染み込んでいく。


 「こんな街でも……オレを受け入れてくれた。

  貴族でもない、家を捨てたオレを……拾ってくれたんだ」


 黒い鞭が唸り、ギアドを吹き飛ばす。

 だが、ギアドは——何度でも立ち上がる。


 「オレの道具を……誰かが使ってくれて、笑ってくれて……初めて思ったんすよ……。

  夢を諦めずに……続けて良かったって」


 涙か、血か、分からないものがギアドの頬を伝う。


 「だから……オレは、ザキヤミで出会った人達の居場所を……守りたい」


 その時、倒れていた市民や信徒達の誰かが、ギアドを見て泣き出した。


 「どうして、俺たちじゃなく、あの人が……」

 「俺たちは、何をしているんだ。見てるしかできないのか……」

 「ギアドさん……」

 ギアドの言葉が反響し市民達の心に届いた。


 「くだらない……ただの道具屋の戯言じゃない」

 サキュが嘲笑する。しかし。


 「オレは、この窮地の運命すら、壊す……」

 ギアドの声は、誰よりも真っ直ぐだった。

 崩れかけた街の中、ただ一人の男が、誰よりも高く空を仰いでいた。

 その背中に——市民たちは『誇り』を見た。ギアドの言葉が、瓦礫の街に小さな火を灯す。

 絶望の中に、確かに残った『誇り』の灯火だった。


 「フンっ。まだ、負け犬が吠えるわね」

 「吠えてるんじゃなくて……誓ってるんっすよ」

 ギアドの心に、どんな時でも弱音を吐かない自分よりも背丈が小さい男が宿った。

 背丈は小さくても、大きく見える追っていた背中の誰かを心に重ねて、強がった。


 「絶望の中で、ありもしない希望を作る。なんて罪深い事かしら。ねぇ、ザドキ・エル?」

 「罪ある者……私が、断罪する」

 悪魔ザドキ・エルの喉が唸り、サキュが嗤った。


 「最後には泣き叫ぶことになるんだから、せいぜいほざくと良いわ」

 サキュの声に、僅かな苛立ちが混じる。


 「 ≪ ……罪人よ、風に、泣き叫べ…… ≫ 

   ≪ 【神の奇跡(エル・ラーク)】 ≫ 

   ≪ 【罪の方から訪れる(カミング・クローザー)】 ≫ 」


 サキュの指示で、ザドキ・エルが動く。

 ギアドの体が、意志とは無関係に悪魔ザドキ・エルの前へと引き寄せられる。

 

「  ≪ ……捕らえた以上は 裁きを下す それが私の使命……  ≫ 

   ≪ 〇 呪文スペル ●黒魔法ブラック・マジック ≫ 

   ≪ ◎ 強制鞭打ちの刑ブラック・コードネーム・インジャスティス ≫ 」


 BANッ__!!!


 悪魔ザドキ・エルの漆黒の鞭が唸りを上げ、ギアドへと襲い掛かる。

 死の匂いを纏う無数の骸骨の鞭――まともに喰らえば、身体ごと粉砕される。


 しかし、ギアドは星の秘術を駆使し、その瞬間だけ、ほんのわずかに世界の認識を歪めた。

 微細な錯覚と、寸前で発動した秘術道具の効果。

 本来なら致命傷となる一撃を、まるで運命がずれたかのように紙一重で回避する。


 だが、致命症ではなくても、重症のギアド。

 常人なら倒れてもおかしくない状況だった。


 そして、手持ちの秘術道具が破れた服からこぼれ落ちて地面に散らばる。


 「それで? いつまで、そんなオモチャで逃げられると思ってるのかしら?」

 血反吐を吐きながら倒れるギアドを嗤う

 その顔には、恐怖も絶望もなかった。


 「……まだだ、ユーサっさんが来るまで……オレの道具を『渡す』まで……」


 その言葉に、サキュの声が甘く絡みついた。まるで蛇が耳元で囁くように。

 ギアドの視界の先、漆黒の巨躯——悪魔ザドキ・エルが静かに動いた。

 その巨大な腕が、地響きを立てて降りる。

 まるで虫けらでも潰すような、冷たい仕草だった。


 「ふふ……何を『渡す』って? そのゴミみたいなガラクタを?」

 響き渡るのは、ザドキ・エルの体内から響くサキュの声。

 甘く、ねっとりとした嘲笑。

 巨体から放たれる声は、空気ごとギアドを押し潰す。


 「見せてあげる。あなたの『希望』がどれほど無意味かを」

 ズズ……と巨体が動く。

 悪魔ザドキ・エルの巨大な足が、地面に散らばった秘術道具を踏み潰す。

 そして、その中で一つ、二つと摘み上げる。


 「……これが『渡す』道具? こんな錆びた鎖や……人形遊びのオモチャが?」

 「やめろ……返せ、それは……」

 ギアドが小さく呻く。

 立ち上がろうとするが、足は血だまりに滑り、動かない。


 「()()?」

 サキュは、嘲るように笑った。


 「こんな物、返す価値もないけど……そうだ、ウフフ」

 サキュは下品に微笑む。

 ザドキ・エルの巨大な手が、ギアドの目の前で道具を握り潰す。


 「お望み通り()()()()()()わ」

 無造作に指先で圧し潰し、ヒビだけを入れ、放り捨てた。

 ギアドの目の前に、ヒビ割れた秘術道具が転がる。


 「完全には、壊してないわ……貴方の大好きな『希望』をほんの少し残す為にね。AHAHAHAHッ!!」

 それは、ギアドが人生を懸けて作った『希望』が『絶望』に変わる瞬間。

 表情が凍りつくギアド。


 「このほうが、『絶望』の味が深くなるでしょ? ねぇ、道具屋さん。

  私は貴方の泣き叫ぶ哀れな姿を購入するわ。支払いは、この悪魔ザドキ・エル()がするわ」


 ズズズ……とザドキ・エルの巨体がさらに近づく。

 ギアドの背中に、絶望が重くのしかかる。

 砕けそうな心を守る為に、ギアドは唇を噛み震える指先が、転がる道具へと伸びた。


 しかし、悪魔の巨体の足がゆっくりと音を立てて踏み潰そうとする。

 その姿を、ザドキ・エルの頭上から見下ろしながら、サキュは嗤い続けていた。


 「アハハハハAHAHAHAH!! 自慢の道具がもうすぐ、目の前で砕け散るわよ!? それと……」

 黒い鞭が宙を舞い、今にもギアドを串刺しにしようと唸りを上げる。


 「『俺は運命を壊す』? 違うわ。

  貴方の運命を壊すのは、貴方じゃない——この、()()


 サキュの声は甘く、冷たい氷のようだった。


 「罪人は、全て排除する……」

 空から降るようにザドキエルの巨大な鞭がしなり、黒い軌跡を描いた瞬間だった。


 「やめてぇ!!」

 ——少女の悲鳴が、闇を裂いた。


 ギアドの目の前に、震える小さな身体が飛び出してくる。


 「君は……!?」

 無実の罪で囚われていた、ジルの《シャイニング・レイ》によって命を救われた少女。

 恐怖に震えながら、それでも目を逸らさず、ギアドの前に立ち塞がっていた。


 「助けてもらったから……今度は、わたしが……!」

 小さな手が広がる。

 守れるはずもない腕。けれど、そこには守ろうとする意志があった。


 「……罪のある者……ない者、AAAAあああああああアアアア___!!」


 悪魔ザドキエルの巨体が一瞬だけ動きを止めた。

 黒い鞭は軌道を逸らし、空を裂くだけに終わり、紙一重で少女の顔をかすめた。

 ギアドは、目を見開いた。


 「なんで、軌道が……? それと……」

 悪魔ザドキエルが鞭を落として、苦しそうに呻き声をあげて悶える。

 ギアドは何故自分達が助かったのか、悪魔が苦しんでいるのか疑問に思っていた。


 「ギアドさん」

 振り返り、助けてくれた少女の瞳にギアドは目を向けた。

 その瞳には恐怖と、それでも消えない光が宿っていた。


 「ギアドさんの姿に、勇気をもらいました。私も貴方と出会えたこの街を守りたいです」

 その瞬間、ギアドの胸に熱いものがこみ上げた。


 「……ハハ。そういう訳にもいかないっすよ。女の子を怪我させたなんて噂が広まったら商売が大変っすからね。ありがとう」

 少女を守るようにゆっくりと立ち上がったギアド。その姿は痛々しいが、誰もが心を奪われる勇気だった。


 しかし、立ち上がるだけで動くことはできなかった。

 悪魔の次の一撃を少女の代わりに受ける覚悟を決めた目で悪魔を見るギアド。


 「チッ……面倒なガキね」

 サキュが舌打ちをした。

 悪魔ザドキ・エルの巨体の奥から、サキュの指先が突如現れて伸びる。


 「邪魔するなら——消えなさい!!」

 指先から、強大な黒い魔力の波動が少女を狙い、渦を巻いた。


 「やめろ……ッ!!」

 ギアドは叫んだ。


 間に合わない。

 守れない。

 自分を助けてくれた少女の命が目の前で奪われる。

 心が錆びつくような、無力な自分に泣き叫ぶ悲しい結末。

 ギアドが、そう予見した瞬間。


 __()()()()()()音がした。


 黒色に輝く宝石のような円弧(アーク)が、

 少女を貫く()()()()()


 「__なっ!?」

 予期せぬ運命の変化に、サキュが驚きの声を上げる。

 サキュの魔力波動は、魔力とは別の黒く美しく輝く軌跡により、明後日の方向へと向かった。


 「……ありがとう。僕の大事な友達を、守ってくれて」


 その声と共に、少女の肩越しに、黒曜石の召喚武器を片手に持ったユーサの姿があった。

 風を切る音もなく、いつの間にかそこに立っていた。


 「……ユーサっさん」

 「よく耐えたね、ギアド」

 ユーサの言葉に、ギアドの震えた声が漏れる。


 ユーサは、少女にも微笑んだ。

 「大丈夫、君にも手を出させはしない」

 その声は静かで、けれど確かに絶対の自信に満ちていた。


 ユーサに遅れて、

 マリアがギアドを守った少女の手を引いて避難するように誘導し、

 ディアがギアドの状態を診察した。

 フォレスト一家の登場にギアドは思った。


 ——ああ、またこの人に助けてもらった、と。

 そこに悔しさなどはなく、心からの喜びと平穏が訪れた、()()()()()()()()()()瞬間だった。


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