43.ギアドの過去 青の未来
遠く、漆黒の闇の中。
傷だらけの祈祷師が、悪魔ザドキエルの巨体に向かって立ち続けていた。
「……呆れたものね。雑魚がどうしてそこまで、足掻くのかしら?」
悪魔ザドキエルの中で、サキュ・B・アークが呟く。
「オレは……」
傷だらけの祈祷師、星の秘術を扱い、秘術道具の制作に長けた男、ギアド。
ギアドの脳裏に、自然とユーサとの出会いが蘇った。
。。。。。。。。。。
ギアド・スターアスト
ザキヤミで今や知らぬ者はいない秘術道具屋の店主。
しかし、その名が世に轟くまでの道のりは、決して平坦ではなかった。
ギアドの生まれは、王国でも名の知れた名門の家。
代々続く名家。
政治の中枢にまで食い込む、力ある一族だった。
高位貴族や政治家を輩出し続ける、絢爛たる血筋。
幼い頃から周囲の誰もが、当然のようにギアドにも「家を継ぐ未来」を押し付けた。
だが、幼い頃からギアドは、敷かれたレールを歩くことに嫌悪していた。
決められた道。約束された未来。それはギアドにとって、鉄の檻でしかなかった。
しかし、彼の心に強く残っていたのは、たった一人。
誰よりも自由に、誰よりも美しく生きる姉の背中だった。
「ギアド、私たちの運命はね、誰かの敷いたレールを走るために生まれてきたんじゃないよ。」
いつも優しい声で、微笑んでくれた姉。
「自由に生きるのは……簡単じゃない。でも、自分の道は、自分で選びなさい」
その言葉が、ギアドの背を押した。
芸術家になった姉は、家を捨て、夢を追い続けた。
親戚中から『裏切り者』『家の恥』と罵られながら、それでも笑っていた。
ギアドはそんな姉を、誰よりも誇りに思っていた。
そして──運命の出会いが、少年ギアドの人生を変える。
幼いギアドが密かに作った、小さな秘術道具。
貴族達の社交場で見せびらかしていたギアド。
「子供の遊びだ」「出来損ない」
『子供が作った玩具』として大人達は見ていた。
出来損ないのその品を、偶然一人の天使が手に取り、言った。
『これは良い。——君は、常識を壊す才能がある、最高の秘術道具屋になれる』
その天使の名は、シ・エル。
ギアドは初めて、自分の存在を肯定された気がした。
神の使いの中で、最も神に近い存在の『最高』の二つ名を持つ、破壊神の天使。
上級を超える階級の人間しか住む事が許されない都市ガーサの最天使長。
その天使が自分を認めてくれた事が、ギアドは嬉しかった。
「俺は、常識を壊して、この道を行く」
誰に何を言われようとも、そう心に決めた瞬間だった。
だが、家は当然猛反対。
「愚か者」「勘当だ」と罵られ、ギアドは一族から追放される。
。。。。
薄汚れた看板。入り口の鈴は壊れ、扉の建て付けも悪い。
それが、ギアドの店【常識壊し屋:デストロイ・クラッシャー】だった。
立派な名前だけはあった。
だが、来る客は一人もいない。
棚に並ぶ秘術道具は、埃をかぶり、錆びつき、もはや売り物には見えなかった。
一人きりで始めた秘術道具屋。
今までに無い、常識を覆すような斬新な道具が並ぶ為、万人に受ける商品は無かった。
そして、客は来ず、食うや食わずの生活。
何度も、心が折れかけた。
夜のザキヤミは、まるで濃い墨で塗り潰したように暗かった。
だが、あの頃のギアドにとっては、昼だろうが夜だろうが、街の景色は同じに見えていた。
ただ、冷たい灰色の世界。
ギアドは、いつもそう思っていた。
(……どうして、こうなったんっスかね、姉さん)
姉の顔が浮かぶ。
唯一の理解者。家を捨て、芸術家の道を選んだ人。
あのとき、姉は笑っていた。
ー 「ギアド、あなたの作った道具は、きっと誰かの役に立つよ。」 ー
けれど、現実は夢とはほど遠かった。
政治家の家に生まれ、跡を継げと言われ続けた日々。
そんなレールの上を歩くのが嫌だった。
だから飛び出した。
「オレは……自分の力で生きるっス」
だが、それは、想像を遥かに超える孤独だった。
夢は、遠く、手の届かない蜃気楼のようだった。
「……姉さん、オレ、間違えたのかな」
何度も、何度も思った。
──そんな時だった。
店の扉が、きぃ、と鳴いた。埃っぽい空気が舞い上がる。
ギルドの駆け出しだった青年が、ふらりとギアドの店を訪れた。
振り向いたギアドの視界に、女性のような見た目をした、ひょろりとした青年が立っていた。
細い体、どこか頼りないのに、目だけが強く輝いていた。
「あの、これ全部でいくらですか?」
「……え?」
それが、ユーサとの出会いであり、二人の始まりだった。
「僕、ギルドで働いていて、道具が、必要で」
ギアドは、言葉を失った。
誰も見向きもしなかったガラクタが、今、目の前の男に必要とされている──
「強くなりたいんです」と、真っ直ぐな目で言った。
しかし、自分より背丈が小さい男の背中を、ギアドは必死で追うことになった。
売れ残った道具を買い取ったユーサは、使いこなし、運送と護衛のクエストのたびに成果を上げた。
「ユーサの強さの秘密は、ギアドの道具だ」
いつしか、そんな噂がザキヤミ中に広がり、ギアドの店は繁盛し始めた。
「僕じゃなくて、ギアド自身の成果だよ」
嫌味ではなく、本心でユーサは答えた。
ギアドは出生の影響で、汚い大人達も見てきた。
自分ではなく、家柄に恩を売るために近づく心汚い大人達。
一般的な子供に比べ、早めに処世術を身につけてしまった結果。
嘘や建前を見抜く能力が長けてしまい、人の本質を見抜くようになった。
ギアド自身も自分の性格、顔色を伺う能力を呪った事もあった。
「ギアドは凄いなぁ。人を見る能力が長けてるなんて、羨ましいよ」
しかし、その能力をユーサは否定しなかった。
彼の優しさ、人柄の本質に触れる瞬間でもあった。
家柄で自分を見ない、恩着せがましさもなく、純粋に一人の人間として見てくれた存在。
ユーサとの出会いは、姉がよく言っていた、決まっているレールが引かれた人生と運命を壊す瞬間だと感じた。
そして
貧しい時期を経験した現実主義なギアドは、祈っても神様はいない考えであったが
「神様は祈らなくても気まぐれに恩恵を授ける事がある」
というデイ神社のジルと出会った。
「君は、星の秘術の才能がある。きっと秘術道具作成に役立つ」
と、店の立て直し資金の提供だけではなく、ギアド自身の才能も見抜いたジル。
今まで見てきた大人の中で、人生の恩師として信用できる大人だった。
ギアドは、ジルの影響で、星の秘術を扱う祈祷師としても有名にもなり幸せの絶頂期だった。
──だが、順調にギアドの店が中央都市の貴族にまで噂が広まった時期。
「凄いじゃないか、夢を叶えるとは……あの時はすまなかった」
そのとき、忘れかけていた過去が訪れる。
「ギアド……お前は、我が家の誇りだ。戻ってこないか」
店の経済効果を無視できなくなった疎遠だった家族が、ギアドに頭を下げてきた。
かつて「勘当だ」と吐き捨てた家族が、あの両親が、頭を下げていた。
「ふざけんなよ……今さら、何だよ……」
ギアドの拳が震えた。
──認められたのは、オレじゃない。ユーサっさんだろうが……。
手の平を返した家族に怒りが込み上げた。
「……家族なんだから、すれ違うこともあるよ」
だが、その時。隣にいたユーサが、静かに言った。
「……後悔して謝れるってことは、それは『やり直したい』って事だよ」
ユーサの一言は、ギアドにとって何故か心の奥に届き、説得力があった。
「ギアドは、立派な家族に頼らず自立したかっただけなんだろ? 叶えた夢を褒めてくれる素敵な家族だと思う。やましい事なんてない」
その言葉で、ギアドは泣いた。
きっと心の中で、素直になれなかった自分を理解してくれていたことが嬉しかった。
そして、ギアドは一族と向き合う決意をした。
結果、家族と和解したギアドは「ザキヤミ一番の秘術道具屋」として名を馳せ、秘術道具だけではなく多才な事業をする事になった。
あの日、ユーサが言った言葉は、ギアドの胸に残った。
ギアドの心は変わらない。
「オレがここまで来れたのは、ユーサっさんのおかげっすから」
だから──あの日。
ジルから「ユーサ君が処刑されそうだ」
と聞いた瞬間、ギアドは迷わなかった。
「今度はオレが、助ける番だ」
自分の集大成である秘術道具を抱え、ギアドはザキヤミの街を駆けた。
恩人を救うために、信念は決して揺らがない。
その胸にあったのは、かつて姉に言われた言葉。
──「ギアド、あなたの作った道具は、きっと誰かの役に立つよ。」
「見てろよ、姉さん……オレは、絶対……」
夜のザキヤミを抜け、星空を見上げる。
。。。。。。。。。。
「──この運命さえ、──壊してみせる!!」
ギアドの瞳には、確かに幸せな『青い未来』が映っていた。
必ず、来ると信じている人が。
悪魔を倒してくれる事を信じて、傷だらけの中、立ち上がった。




